臨時雇用エンジェル
ー試験会場前
転生を行った場所に沢山の人々がわらわらと集まっていた。
それらの視点は出入り口の扉の横に貼り付けられた板へ向かっていた。
小さな文字が縦に書いてあり、その下に『人間道』『修羅道』と同じく縦書きで書かれている。
それが何段にもわけられてゴマのような小ささで敷き詰められていた。
その結果に魂達は頭を抱えたり、将来に思いを馳せたりしている。
私といえば
「…また、人間道……」
何回連続だろうか。最近人間道にしか入ってない気がする。
小さく鼻から息を吐き出し、踵を返した時ざわめきの中から声が飛んできた。
「11544さん!」
「…はい?」
どこかで聞いたような声。
人混みから無理矢理出てきた声の主は、膝に手を付いて荒く呼吸をする。
やがて落ち着くと、上半身を伸ばした。
肩にかかる程度の長さの黒髪がふわりと揺れる。
かちゃりと鼻の上に乗る眼鏡をかけ直すと、その少女は笑顔で口を開いた。
「どうでしたか!結果」
「ふえ………」
「笛坂です!」
「ああ……『人間道』でした」
「またですか!凄いですね!」
「?今までの私の結果知ってるんですか?」
「全部は知りませんけど…すっごい連続記録だって聞いてます!」
私は照れていいのか謙遜すべきなのか迷い、明後日の方を向きポリポリと頬をかくしかなかった。
「笛坂さん…は?」
「いやーあたしなかなか出来損ないで……『修羅道』です」
「『修羅道』…」
「はい!またバンバン戦ってきますよー。でもあそこ楽しくて好きなんです!ゲームみたいで!」
「ゲーム…」
六道の好みを持ってる人なんて初めて見た。
こんな人もいるのか、凄い感性だ。
「じゃああたしはここで!また!」
「あ、はい」
笛坂さんは手を振り、駆け足気味に私の前から遠ざかっていった。
私も帰ろうか。試験始まるまでまた少し寝よう。
そう思い、帰路に着こうとした時。
「11544番様」
「え?」
また声をかけられる。今度も後ろから。
だが笛坂さんと明らかに違うのは姿を見なくてもわかった。
鈴の音のような、高く、澄んだ声。あの人達だ。
「少々お時間、よろしいでしょうか」
「は、はい」
このざわめきの中で凛と通るその声に緊張しながら、私はそれに従う。
青い髪を後ろでまとめた、綺麗な人だった。
その髪の軌跡に付いて行くように会場の中に入り、右へ左へ上へ。こんな広かったのかと初めて気が付くほど歩いた末、一つの扉の前でその人は止まった。
「11544番様をお連れした」
「どうぞ」
ノックすると、中から声が返ってきた。
それを聞くと青髪は黙って扉を開け、お入りください、と私を入れる。
まず目に飛び込んだのは正面に設置された長方形の机、その後ろには窓があり、その逆光によりその色は黒で染まっている。
両サイドには戸棚がズラリと並び、持たなくてもわかるその重量を訴えていた。
「えー…11544番…だね?」
「は、はい」
ここに来て初めて聞くような重く、低く響く声。
それにおっかなびっくりして声が震えた。
「ハッハッハ、緊張しなくていい」
「お前が怖いからだろ」
「え、マジで?そんなに?」
「まず天使の癖してなんだそのダミ声は」
「ダミ声じゃない、イケボと言え」
いつの間にかダミ声の横に立っていた青髪が話しかけ、私はこの部屋に一人ぽつんと残された。
ここではおおよそ聞かないようなワードが行き交い、懐かしさと違和感を覚えていた。
「大体なんだお前は上司に向かってその口の利き方は!」
「わざわざ人間界に降りてお忍びで美少女フィギュアを買ってくるような奴を上司とは思いたくないものでな」
「おま…いつそれに…」
「サーシャからの報告だ」
「あの間延びクソノロ野郎……っ!」
「……まぁその件はおいおい詰めるとして、まずは客人に説明をしろ。戸惑ってるぞ」
「始めたのお前だろが!」
一つ咳払い。
「あーすまん。で、早速だが君をここに呼んだ理由を話そう」
「敬語を使わんか敬語を」
「俺はいいの!つかいい加減黙れお前!」
青髪の合いの手を振り払い、ダミ声は続けた。
「君に特務員を任せたい」
「特…務員?」
「ああ。君の最近の成績は目を見張るものがある。『人間道』連続二百回なんてのは、まぁ…俺達が判断してやってる事だが、異常だ。だから君にこれを任せたいんだ」
「…特務員…っていうのは?」
「それは私が説明しよう」
先程まで響いていた低音と対照的な高く綺麗な声が発せられる。
「敬語はいいのかよ」
「今はいいんだ。………ではまず、私達の事から説明しよう。私達は天使だ」
そうだったのか。いやまぁ大体予想はついてたけど。職員とかじゃないんだ。
「それでこの特務員というのは…いわば『臨時雇用』の天使みたいなものでな。好成績を残している者に期間を設け、その期間中は輪廻を解脱し、その代わりに私達と同じような仕事をしてもらっているのだ。いわばボランティアだな」
輪廻を解脱する、という言葉にピクリと私の体は反応する。
青髪はそれを見てニヤリと笑った。
「興味があるみたいだな。どうだ?嫌だったら他を当たるが」
「その期間は…いつまでですか?」
「まぁ…具体的な期限が決まっている訳ではないが…。頼める範囲の仕事が大体片付いたら終了だ」
「……」
無言で顔をうつむける私の頭を今度は低い音が揺らす。
「どうだ?やってくれないか?」
「…私、で……よければ」
「そうか!ありがとう!仕事は後日回す。今日はもう帰ってくれてオーケーだ」
許諾を得るが早いか、私はさっさとこの建物から追い出された。
特務員、臨時雇用の天使…。魂が天使になれるものなのだろうか。
…よくわからないけど、解脱できるならめっけもんだろう。
外のざわめきはもう消え、静かな街には私一人。
私は今度こそ踵を返すと、自宅へと歩き出した。




