黒猫の道案内
前で真っ黒な尻尾がゆらゆら揺れる。
肩の動きに合わせて、右へ左へ。
気まぐれな黒猫の様に中空でそれを踊らせる。
真っ白な日光に照らされそれは自身を高貴に、魅惑的に主張していた。
尻尾に合わせて私の視点もふらふら揺れる。
五円玉の催眠術にでもかかったように目を動かす。
目に痛かった白と全くの対極にあるそれは、今の私の目には優しく映った。
左右の動きというのは妙に人を魅了する。
いや、単調な動きにこそ深い意味があるのではないだろうか。
スポーツの準備運動、楽器を吹く前の基礎練習。
単純で単調なものがその分野の深い部分に確実に触れているのではないだろうか。
催眠術だって例外ではない。
この左右の動きが人の深層心理に触れるのだ。
シンプルイズベストというのはあながち間違っていないのだ。
ではその観点で言語について掘り下げてみよう。
「英語」「ドイツ語」「フランス語」「日本語」
様々な言語が存在する。
その時点で複雑なのだが、さらには同じ言葉で複数の意味を持つ単語なども存在する。
例えば『やばい』。
現代の日本人の若者が言うこれに、一体どれ程の意味が含まれているのだろうか。
その数は使う本人達すらも把握していないだろう。
そんな言葉を使い続けていていいのだろうか。
便利なのは事実、響きとして楽しいのも事実。
だが言語としての本来の意味を見失ってはいないだろうか。
私達はーーーー
「あの〜すいません」
「ひゃいっ!?」
「…だ、大丈夫ですか?」
「は、はい。ど、どうしました?」
「着きましたけど…」
黒猫がおずおずと指さす先を見る。
白い家。
周りの風景と全く同化したような色。
それの横にも、向かいにも、同じような形の家。
なんだ、こりゃ。
個性のへったくれもない。
「…やっぱり、びっくりしますよね」
完全な個性の欠如に口を開いていると、おさげの彼女がこちらの心情を悟ったように言葉を放つ。
「ここ、全部同じような家なんです。私の家もこんな感じで…あ、デコっちゃだめですよ!怒られますからね!」
こんなおさげで清楚系な女の子から『デコる』なんて言葉が出てくるとは。
言語の異常な発達を感じる。
いや、突っ込むのそこじゃないか。
「あ、ありがとうございました!」
「いえいえ、困った時はいつでも聞いてください!私、これでも先輩ですから!あ、えっと…11544番…さん?」
眼鏡をクイッと上げながらグイッと胸を張る彼女が妙にたどたどしい口ぶりで放った番号が、自分を指すものだと気付くのには少しだけ時間が必要だった。
「あ、私の事…か。は、はい?」
「あたし。269番です。家…近くなんで、また会えたらいいですね!」
「そ、そうですね!」
「……」
「……」
お互い、沈黙。
このまま自宅に入っていいのか、それとも相手が別れを切り出すまで待つべきか。
彼女も同じように迷っているようだった。
「じゃ、じゃあ…道案内、ありがとうございました!」
「は、はい!」
打開したのは、私。
黒猫はそれに救われたかのように尻尾を振って返事をする。
彼女は踵を返し帰路につく。
私はそれを見届けるとネームプレートに『11544』と金の文字で書かれた家の扉に手をかけた。




