第8話『正体』
みんなのかせを外すのに大分、時間がかかった。それでも、苦労した分、解放された彼女たちから抱き着いて喜んでもらえた。「ありがとう」的な言葉は聞き取れなくても嬉しかった。
馬の軍団たちに捕らわれた奴隷商人は、使っていたかせを自分自身に取りつけられている。いい気味だ。人を拘束し、勝手に売りつけようとしたやつらに同情なんてしなくていい。
「お待たせしました」
牢屋を開けた夏希はわたしに向けて爽やかにほほえんできた。あれだけ派手に暴れたのに大した怪我もなさそうで良かった。まあ、それはいいとして聞かなければならない点がある。
「で、夏希くん、説明してくれる? あなたとジャックって本当は何なの?」
これだけの力を見せておいて、ただの奴隷だとは思えなかった。ちゃんと説明してもらわないと納得できない。夏希は顔をそらして遠くに目を向ける。
「そうですね」
どこを見ているのか気になって、夏希の視線をたどると、遠くのジャックが馬から降りた人と話しているところだった。
そして、ジャックは黒い布を手渡される。ためらうことなく、その布を羽のように大きく広げて肩にかけた。風を泳ぐマントの中心に刺繍されていたのは、紋章だった。馬と槍をモチーフにしたのか、半々の割合で刺繍されている。
目を離せないでいたら、夏希の息がこぼれた。
「我々はシャーレンブレンドの騎士です」
「騎士って」
王様に仕える人だったような。それくらいの知識しかないけれど、とにかく、選ばれた人という感じがする。
遠くのジャックが黒い馬の上にまたがる。その姿は辺りにいる騎士とは違っていた。彼は鎧と兜を纏っていない。奴隷服に黒マントを羽織っているだけなのに、数倍にも大きく見える。
「あの紋章は騎士団の証。そして、あの御方はジャックではなく、ジェラール・フェブルア……騎士団の団長です」
何か、それを告げた夏希の瞳の奥が熱っぽく感じる。ずいぶんとジェラールを尊敬しているらしい。冷静な子だと思っていたせいか、温度差がすごい。
混乱する頭をどうにか整理する。ジャックことジェラールはシャーなんちゃらの騎士団の団長。そして、夏希も「我々」と言っていたから、騎士団に入っているのかもしれない。
「つまり、夏希くんは異世界人にして、騎士団の人ってこと?」
「ええ、僕も下っぱですが、騎士団のうちのひとりです」
――やっぱり。
「もしかして、奴隷商人を捕まえるために奴隷になっていたってこと?」
だとしたら、これまでのわたしがバカみたいだ。夏希も「そうです」なんてうなずくから、わたしのバカが完全に確定した。
「だから、言ったでしょう、『大丈夫』って」
夏希は自信満々にほほえむ。結果的には「大丈夫」だけど、あの時にわかるわけない。
「疑ったのは悪かったとは思ってる。でも、あの時点で信じろっていうのが無理な話だから」
「まあ、そうでしょうね」
ちょっと、鼻につく言い方だけど、わたしは突っかからずに流した。もっと、知りたいことがある。
「で、これからどうするの?」
「我々はあなた方を連れて、シャーレンブレンドに戻ります」
「あー、あれ、あなたたちの国?」
「そうです」
シャーレンブレンド。やっぱり耳にしたことがない国だ。
夏希の話によると、異世界人は取り調べを受けたあと、難民指定されるらしい。シャーレンブレンドに保護されて、3年は暮らしていける。その後は働くなり何なり自由だと教えてくれた。確かに、限りある国庫をずっと使うわけにはいかないので、後は自分で何とかしてねということだ。
「他に質問はありませんか?」
「今のところはないかな」
「意外ですね。元の世界に戻りたいと騒ぐと思っていました」
「うーん」
まあ、戻りたいと思うのが普通だろう。だけど、まだ、ここが異世界であるという実感が足らない。ほら、まだ一夜も過ごしてないのだから、おいおい感じてくるものかもしれない。
「そのうち騒ぐかもね」
わたしの適当な言葉に夏希は声を上げて笑った。