第7話『包囲網』
ジャックを取り囲むおっさんたちは、ふざけるなと言っているように見えた。それに対してはわたしも同感だ。どう考えても奴隷のジャックにお金が出せるとは思えない。
なぜ、こんなバカなことをしているのだろう? いたずらや冗談で済むわけがないのに。
しかし、ジャックは手を挙げたまま、わたしを見つめる。そして、人相の悪い顔でニタリと笑った。笑顔は和むどころか、めちゃくちゃ怖い。
そんな笑顔で解決するわけがなく、周りのおっさんたちがジャックに殴りかかった。
――そりゃそうなるだろう。おっさんたちにもまれて、ジャックの姿は消えてしまう。さすがにあの屈強な腕を持っていても、数人相手では難しいだろう。殺されたりはしないといいけれど。
ジャックに気をとられていたら、馬の駆ける音が聞こえてきた。それもものすごく多くの音だ。
誰かが叫んだような大きな声がした。それを合図に、会場にいた人々が一斉に動き出した。身分の高そうな者たちは我先に逃げようとしている。急いで馬車を走らせようと乗りこもうとするが、すべては遅かった。
馬とその背に乗る人々が市場を包囲していた。鎧と兜を身につけた集団がおたけびを上げながら、一気に攻めこんでくる。軍勢に、奴隷商人たちも追い詰められたらしい。用心棒のような屈強な男たちが剣を抜き、辺りは戦場になった。もはや、巻きぞいを食わないように、牢屋に入っていたほうが安全かもしれない。
「マキさん」
いつの間に距離を詰められたのか、目の前には夏希がいた。わたしの手かせと足かせを解いてくれる。
「どうなってんの?」
「詳しい話はまた後で」
夏希はわたしを牢屋に入れて、外側から施錠した。こちらはまったく納得していないのに。
「ちょっと、待ってよ!」
「大人しくしていてくださいね」
そう言い残して夏希は離れていってしまう。
「え、うそ」
驚いた。わたしが目を離していた隙に、なんと、消えたはずのジャックがおっさんたちをほぼ倒していた。しかも、ジャックは長い棒を槍がわりにして、突いたり払ったりする。敵の人も痛そうだ。彼は奴隷というより、武人っぽいほうが似合う。
夏希は軽々と相手の攻撃をかわしながら、ふところに入り、確実に気絶させた。ずいぶん、戦い慣れているふたりだ。
牢屋のなかには心配そうに見つめる女の子たちの姿があった。わたしはかせがなくなったけれど、彼女たちにはまだつけられている。まずは一番近くにいた女の子に目を向ける。
「あの、それ」
言葉はわからなくても彼女のかせを指差してみたら、相手にも伝わったようだ。震える手をわたしの前に差し出してきた。とりあえず、夏希がやったようにかせの留め具をゆるめる。案外、意図も簡単に外れた。しゃがんで足かせも外してあげれば、もう彼女は奴隷ではない。誰かに売られることもない。自由だ。
「これで大丈夫」
そう微笑むと女の子も笑ってくれた。今にも涙を流しそうなほどに青い瞳が濡れている。
――恐かったんだよね。わたしもわかる。あんな風に振る舞ったけれど、内心はびくついていたんだから。
周りの子達も外してほしいというようにみんな手かせを差し出してきた。もちろん、外してあげるに決まっている。自由になった女の子も手分けして、かせを外していった。