第69話『今の生活』
団長さんの手紙を読み返したとき、「出して良かった」と心から思えた。何だかんだで忙しくて出せなかった手紙。1日の疲労でひーひー言いながら書いた手紙にとうとう昨日、返信がきた。
苦労した分、この喜びを隠すのは難しい。嬉しくて嬉しくて。だから、朝の起き抜けの頭にもう一度、手紙の内容を読み入れた。
そのせいで同室者のエイダに「男?」と疑われてしまった。けれど、わたしは否定できない。本当のことだから。
「男だけど」
「彼氏?」エイダはベッドから起き上がると、欠伸を噛み殺しつつ聞いてきた。
「彼氏じゃない」それだけは否定できる。団長さんの存在は友人とも言えないくらい複雑なものだ。
「へえ。マキの顔……とろけてたけどな、こんな感じ」
エイダは自分の頬を両手で押し潰してひどく歪んだ顔を作る。それのどこがとろけた顔だ。絶対に違う。
「そんな顔してないから」
「してたよ」
「してない」
しばらく同じやりとりをして、団長さんともそんなことがあったなあと、懐かしい気持ちが胸に流れてきた。何でこの瞬間に思い出すのだろう。
離れれば、記憶は薄れていき、やがて消えて行くと思っていたのに違っていた。記憶を少しずつ取り出しては脳に焼きつけて、思い出を都合よく美化している。そのうち団長さんの容姿も自分が好きな細マッチョにしてしまうかもしれない。美化に走る自分の記憶が怖い。
「マキ?」
エイダはにやにやを引っこめて真顔に戻っていた。ふっくらとした唇をつき出して、首を傾げる。揺れている気持ちをエイダに知られたくない。自分の他の誰にも気づかれたくはなかった。そのせいで、何でもない振りをして、首を横に振った。
「そろそろ準備しなきゃ」
部屋に時計がなくても、したっぱの朝は早い。上級使用人が起きる前に朝ごはんを食べて、待機していないとならない。納得していないようなエイダもそれをわかっているからか、どうにか灰色の仕事服に袖を通した。
メイド――使用人の服には2種類ある。
1つはフリルのついた、いかにもメイドらしい接客用の服。もう1つはフリルの少ない灰色のエプロンドレス。これは掃除や料理人の手伝いのときに着る。
大体、接客を担当するのは容姿が優れている人だ。もちろん、優れていない方のわたしは灰色のエプロンドレスに身を包む。
後は、邪魔になる髪の毛を両手で掴みあげてひとつに結めば、使用人のわたしができあがった。
「マキ、そのリボン、似合ってるね」
「そう?」
ネイビー色のリボンは団長さんからもらったものだ。まあ、何となく身につけているだけで、男女の関係に対して騒ぎたがるエイダには内緒にしておく。
「わたし、猫っ毛だからさ、うらやましいよ」
確かにエイダの髪の毛はふわふわしていてまとまりがない。でも、ソフトな触り心地は癒されるし、わたしも好きだ。そう言うと顔を真っ赤にして照れ出すので、今はやめておいた。




