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第6話『奴隷市場』

 夏希とはもう話したくなかった。できれば、その忌々しい存在を視界の端にも入れたくない。だから、他の場所に目を向けた。


 奴隷となった女の子たちはみんな、お通夜のように下を向いていた。正面に座る女の子なんかは、胸の前で祈る手を作りながら肩を震わせているし、恐怖に耐えきれずに、声を押し殺して泣いている女の子もいた。


 ――本当に、ひどい。


 何か言葉をかけてあげたいけれど、声をかけようにもわたしは彼女たちの国の言葉を知らない。言葉を知っていたところで、夏希のように「大丈夫」なんて無責任に言えない。気休めでしかないだろう。誰もどうなるかわからないし、自分のことを考えるだけで精一杯だ。


 数時間はずっとそんな状態で、息が詰まりそうだった。どうにもならない時間を過ごしていたら、ようやく馬車が止まった。ますます嫌な気持ちがのしかかってくる。もう本当に逃げ出せないのだと突きつけられた気がした。


 馬車の揺れがなくなり、外の騒がしさが耳に届いた。人の声も聞こえてくる。正面に座る彼女の肩越しの鉄格子の間から、同じような馬車が見えた。ここが奴隷たちを売る市場なのだろう。


 夏希が先に降りると、もう一方の馬車からあのおっさんたちも降りてきた。わざわざ、別の馬車に乗りこんでついてきていたらしい。おっさんたちと夏希とジャック(こいつもいたのか)によって、わたしたちは地上に降ろされた。


 奴隷市場はひどい土ぼこりの舞う開けた場所だった。巨大な牢が組まれ、そのなかには外に目を向ける奴隷たちの姿がある。鉄格子に手をかけて、どうにか助けてくれと訴えているように映るが、誰も聞いてはいない。


 それもそうだ。市場にいるこいつらは奴隷を商品としか思ってない。商品の訴えなど聞くはずもない。悔しいけれど。


 人々の集まる中心にはステージが置かれ、牢からひとり、女性が無理やり連れ出された。男3人では抵抗もできぬまま、ステージの中央まで連れていかれる。震える細い足がステージの上に立つと、競りがはじまった。飛び交う声。彼女の今にも泣きそうな小さな悲鳴。


 競りが終わり、落札された。彼女を買ったのはでっぷりと腹に肉をたくわえた男だった。身なりは相当、良さそうだけど、フリルのついたシャツのボタンは悲鳴を上げていた。彼女はもうそんな男の奴隷だった。


 これがわたしの未来の姿かもしれない。それを横目に、わたしたちは足かせの重りを引きずりながら歩かされて、結局、牢屋に入れられた。


 数人が売られていくなか、とうとうわたしの番が回ってきた。嫌だと抵抗するけれど、おっさんの汚い手がわたしの体に触れる。それだけは嫌だった。奴隷だとしても、わたしはこいつらの言う通りになんかならない。押さえつけようとする腕をどうにか払うと、足を引きずりながらステージに上がった。


 会場のすべての目がわたしに向けられている。このなかの誰かが主人になるなんて、想像もできないけれど、わたしは怯えるつもりはなかった。出来る限り、奴隷とは思わせたくない。目に入る人、入る人をにらみつけていたら、誰かの手が挙がった。


 それを皮切りにどんどん声が行き交っていく。たぶん、値段がつり上がっているためだろう。長いやりとりが行われていて、わたしの価値は意外と高いのか。それは少し嬉しいかもしれない。


 でも、ある一声で辺りの人々がざわめいた。「おいおい」「マジか」とでも言いたそうなリアクションだ。勝手なアフレコをしていると、一声の主が前に現れた。


 ところが、この人、絶対に貴族でも金持ちでもない。だって、見慣れた奴隷服に屈強な腕。黒髪に緑色の瞳。顔中が髭だらけのジャックだったから。

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