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槍とカチューシャ  作者: カーネーション


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第100話『暇』

 庭園でのティータイムはかなり久々だった。しかも、エイダやリーゼロッテ様はいない。メルビナ様とふたりきりなんてしばらくなかった。


 白いテーブルセットは、どうしてもメルビナ様が置いてほしいとのことで設置された。テーブルクロスはガレーナのおばさまたちの手作りだ。新しいお屋敷には、こうしたガレーナの人たちの手づくりで溢れている。


 ポットからティーカップへと紅茶を注ぎ、最後には木苺のジャムを落とす。メルビナ様が大好きなレシピは頭に叩きこんである。立ち上る香りを楽しみながら、メルビナ様はティーカップのふちに唇をつけた。ゆっくり傾けてから、カップをソーサの上に戻す。


「おいしい」


 そのホッとしたような笑みがわたしの喜びだ。


「最近忙しくて、お茶を楽しむ暇もなかったんだから」


 確かにメルビナ様はお忙しくて、手紙のお方とも会えないと不満をおっしゃっていた。手紙のお方が仕事で旅立たれるときには「わたしも行きたいなあ」とうらやましそうにこぼされた。


「どこかで息抜きしないとおかしくなっちゃうわ。ねえ、マキ。一緒にどこか遊びに行ってみない?」


 魅力的な誘いではある。でも、わたしは「それは難しいです」と断った。日程的にも、護衛をつけたりなど、様々に気を配ることがあった。


 それでも、メルビナ様は諦めきれないご様子で瞳をうるませる。この瞳が人の意志を動かすほどの効果があることを、ご本人は知っていらっしゃるのだろうか。わたしもうっかり、うなずきたくなる。けれど、負けるわけにはいかなかった。こちらにだって切り札がある。


「メルビナ様は大事な結婚式をひかえておいでです。何かございましたら、未来の旦那様が気の毒です」


「だ、旦那様」


 メルビナ様はお顔を真っ赤に染めて、大きく開いた口元を両手で隠された。


「そ、そうね。旦那様がいるものね」


 どうやら、勝てたみたいだ。ガレーナの心地よい風が吹く。メルビナ様の長い髪が風に舞った。わたしが髪の毛に気をとられている間に、赤いお顔はすっかり真顔に戻っていた。メルビナ様がわたしを見据えた。


「よく考えれば、この2年、あなたに頼りっぱなしだったわよね」


「そんなことは」


 こちらが否定しようとしたのに、逆にメルビナ様が首を横に振られた。


「いいえ、この2年、がんばってこれたのはマキや、ガレーナのみんなのおかげよ。……だからね、もういいの」


「いいってどういう意味ですか?」


「あなたはしあわせになって、好きな人と。この意味わかるわよね?」


 できれば、わからないふりを通したい。わからないまま、メルビナ様が涙を流されたときにお側にいたい。メルビナ様が笑顔を見せるとき、自分も喜びたい。しかし、その気持ちは砕かれた。


「あなたに暇を与えるわ」


「いとま? 今すぐやめろということですか?」


「……わたしだって本当は離れたくないはないのよ。でも、リーゼロッテが言うんだもの。友達なら応援しなくちゃって」


 メルビナ様はお顔をうつむかせた。メルビナ様のお気持ちはわたしにもちゃんと伝わっている。しあわせを願う友達として送り出そうとしてくださったのだ。だけど、わたしにも言わせてほしい。


「メルビナ様、お顔をあげてください」


「うん」


 メルビナ様は素直にお顔を上げた。


「本当の気持ちを申し上げます。わたしも先のことは考えています。わたしの恋人は結構、年齢がいってますし、仕事も危ないことをしているし、正直、明日にはそういう手紙が届くのではないかと不安です。

でも、使用人はやめたくありません。

彼もやめてくれなんて言いません。むしろ、がんばれと言ってくれます。

だから、使用人でいさせてください」


 使用人をやめるか、どうか、眠れない夜に考えてばかりいたことだ。それでも迷いがあって、ついにこの瞬間まで結論は出なかったけれど、メルビナ様からの後押しで決めた。


 わたしは使用人をやめない。


 言うだけ言って、頭を下げた。深く下げすぎて、メルビナ様のお顔を拝見することができない。どうお感じになっただろう。せっかくわたしを送り出そうとしてくださったのに、その思いを無駄にしてしまった。


 強く指を握っているせいでそこだけ白くなった。


 恐怖でいたとき、わたしの手に細くて温かみのある手が重なった。


「わかった。マキはそれでいいのね?」


「ええ、どうか今まで通りでお願いします」


「もちろんよ、マキのしたいようにして」


 顔を上げると、わたしの大好きな笑顔に迎えられた。


「今までありがとう、大好きよ。これからもよろしく」


 メルビナ様は席を立ち、腕を広げ、わたしを抱き締めた。頼りないと思っていたお背中はもう、支えてくれる人がいらっしゃる。メルビナ様が涙を流されるとき、もうわたしが慰めることはない。


 だけど、使用人はやめない。まだ必要とされているから。

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