多数決
「……解散に賛成のヤツは、手ェ挙げろ」
そう言うと、ショウは高らかに手を挙げた。
ピカピカに磨き上げたベースを抱くようにして持っていたマツは俯いたまま、のっそりとした動作でショウに続き、手を挙げる。
俺たち四人は、ライブハウスの楽屋にいた――。
――『THE ROCKETS』。それが、俺達のバンド名だ。
「『THE BEATLES』は“BEAT”と“BEETLE”をかけて名付けられたらしい! だから俺らのバンド名は、“ROCK”と“ROCKET”をかけて、『THE ROCKETS』‼︎ だ‼︎」
ボーカルのショウは、分厚い英和辞典を片手に、そう息巻いた。
「天下、獲ろうゼッ‼︎」
拳を天高く掲げる。目は、ギラギラと輝いていた。
俺は、心が燃えたぎる思いだった。「こいつらとだったら……!」本気で、そう思った。
――五年前のことだった。
――ところが。今現在、俺達は解散の危機にあった。
ここまでコツコツと地道に活動してきて、インディーズでデビューもした。ファンだって、だいぶ増えたと思う。でも――。
「なんなんだよ! あの気ぃ抜けた演奏はッ‼︎」
ショウは今日のライブの後、楽屋に帰ると早々声を荒げた。ギタリスト、テツジの演奏が気に入らなかったらしい。
「ご……ごめん」
髪を逆立てた強面風のテツジはその見た目とは裏腹に、気弱だが良いヤツだった。ただ、それが理由でよく気性の荒いショウからは“八つ当たり”の対象になっていた。
俺はドラマーとして後ろから見ていて、今日のライブのノリがイマイチだったのは、ショウが空回りしているせいだと勘付いていた。悪いのは、テツジのせいではない。
「もう最悪だわッ! もう解散だッ!」
ショウはライブがイマイチだった時の、お決まりのセリフを言った。
――しかし、今日は本気だったようだ。
多数決が、始まった。
ボーカルのショウとベーシストのマツが手を挙げて、解散に賛成の意思を見せつけた。
ギタリストのテツジと、ドラマーの俺は手を挙げない。
……四人では、多数決にはならない。
「なぁ……聞いてるんだろ……シンヤ……」
ショウが言う。
「シンヤッ! お前はどう思うんだよッ!」
……ちなみに、シンヤとは俺のことではない。
シンヤとは、二ヶ月前に亡くなった『THE ROCKETS』の元メンバーだ。生前は、キーボードを担当していた。
ショウがいくら叫べど、“死人に口無し”。シンヤは、もちろん返事をしない。
俺たちは、テーブルの前に置かれた写真立ての中のシンヤを見た。――ライブの際、「俺たちの演奏を見守っていてくれ」という意味合いで、いつも楽屋に持ち込むものだ。
写真立ての前には、線香立てが置かれている。見ると、さっき俺が火をつけて灰の中に突き刺した線香が、今にも倒れそうに傾いている。
一番距離的に近かった俺は、それを立て直そうと手を伸ばす。すると――
倒れかかっていた線香が一人でに――まるで逆再生の映像を見るように、スッ……と持ち上がった。
赤く燃える先端は真上を指し、煙は天井高くまで挙がった。
――俺たちはゆっくり顔を見合わせたが、誰も何かを言い出そうとはしなかった。
その日、俺たちは解散した。