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泣くということ

作者: 文月 岐子


 ゆらゆらと揺れる。水槽の向こう側を見ようとするみたい。そういえば、家の金魚の水槽久しく洗ってないなぁ、なんて場違いなことを考えた。見通せないこの感じ、何かに阻まれているようで、つらい。

 瞳の縁がきっといっぱいいっぱいだ。次瞬きすれば決壊するだろう。あー、何で呼んでないのに涙は勝手に出てこようとするんだ。


 この人の前で泣きたくなんてないのに、この人の前でしか泣けない。


 そんなこと、ただの甘えだと一蹴され続けて大人になったけれど。それでも声を大にして叫びたい。わたしは甘えてなんていない。今だってそうだ。

 瞬きしてしまったので、涙は我先にと飛び出していく。それでも声を上げはしない。上げたら負けだと思う。何に負けるのかは、未だにわからないが。

 目の前の人が、もうどんな表情でわたしを見ているのか確認出来なかった。それでもわたしは歯を食い縛り、もうどこを見ればいいのかわからないけれど、視線は逸らさなかった。


「はぁ……泣く時くらい、力抜けよ」


 無理。そんなこと出来やしない。


「なぁ。おれ別にさ、お前の泣き顔とか見飽きてんの。今更取り繕ったって無駄だろ」


 そう口を開いたのは、わたしが久しぶりに幼なじみである彼の部屋に乗り込んで早十分経った頃だ。

 お隣さんの彼とは、両親が友人同士という生まれた時からの付き合いだった。幼稚園小学校と一緒になり、中高と離れたものの付き合いは変わらず今に至る。主に、わたしが彼の家に乗り込み愚痴を聞いてもらうという、彼にすれば非常に迷惑であろう付き合いだ。

 成人式をこの間終えたわたし達は、その後の同窓会に参加し……あーまた思い出してきた。


「だーっ、もう! 毎回毎回同じ泣き方しやがって」


 そうして、わたしは彼に引き寄せられるまま、胸元へ飛び込む。香る彼の匂いが涙腺を助長するので逆効果だと思う、が言わない。いつものこと。


 二人して部屋のベッドに座り、そのまま身体を倒す。


 小学生の頃を思い出す。わたしより背の低かった彼は、わたしをあやすのがとても上手だった。ベッドに転がって、とりとめのない話をして、泣き止んだわたしにキスをした。唇をくっつけるだけの、可愛い行為は、高校に入るまで続いた。彼に彼女が出来た、というのは母親から知った。

 高校に入ってからは、会ったこともない彼女に悪いと思い、頻度をかなり減らした。けれど彼断ち出来なかった。その時から彼はわたしに唇を寄せることはしなくなった。いつの間にかわたしをすっぽり抱き締められるほど互いの身体に変化は起きていた。


 その頼れる胸板に耳を当てる。

 まるでここが唯一の安らぎであると、そう思えるほどわたしは先程までの力を抜いて彼の心音に聞き入った。




『いい加減、解放してあげればいいのに』


 流せばいいことだった。落ち着いた今ならそう出来た。仲の良い友人の、わたしを案じての一言。久しぶりに会った彼女は、わたしがまだ彼にもたれかかっていることを知ると、ぽつりと、言った。お酒の力もあったんだろう、当の本人がそんな顔をしていたから。

 解放。

 どうすればいい。彼がいないと、わたしは。


「んだよ、今日は収まり悪いな………どーした?」


 シャツに涙が染み込んでいく。冷たいんだろうな。

 広い背中に腕を回した。

 呼吸が苦しい。

 違うや、胸が、奥の方が、酸素を、彼を、欲しがっている。


「ほら、何でも聞くぞー。おれは何でも聞くんだぞー」


 他の人に、彼をとられるのは、嫌だ。


「おねがいしていい?」


 嗚咽混じりの小さな声は、我ながら心許なかった。彼が拒否しないことはもう知っている。

 だからわたしは、ずるい。


「むかしみたいに、きすして」


 私の背中を、一定のリズムで叩いていた彼の手が止まった。息を飲む音がした。


「――お前わかってんの?」


 ややあって問われた声音は低く掠れていた。もう大人になったんだと、嫌でもわからされる。


「わかってる」


「わかってない」


「わかってる! このままあんたに甘えてちゃいけないことくらい、わたしが一番わかってんのよ」


「……わかってねぇよ、やっぱり」


 そう言うと、彼はそれっきり黙ってまた私の背中を叩き始める。

 何がどうなっているのかわからない。

 ため息が聞こえた。


「おれさ、今更言葉にすんのも馬鹿馬鹿しいかと思ってたんだけど」


「うん」


 背中の音と、彼の心音が少しずつ重なっていく。わたしの涙も、波のように退いていく。


「お前のこと好きだから」


「えっ、え?」


「えっ、じゃねーって。気づけよ、おれは好きな子にしかこーゆーことしないの。つまりどーゆこと?」


 ちょっと待って頭がいっぱい。追いつかない。


「お前にしかこーゆーことしてない、つまり? おいおい真っ赤だぞー」


「っ、ふっ…………ばかぁー」


 彼はぎゅっと腕に力を込めて、わたしから離れた。上体を起こすので、わたしも倣う。重力に逆らえない雫達は、尽きることなく流れ出していく。


「ほら、目閉じろ」


 言われるがままに目を閉じ、泣き過ぎてぼうっとする頭を傾ける。腕を伸ばし、彼の首に巻き付けた。

 一度軽く触れ、もう一度。

 わたしを落ち着かせる為だけの、優しい行為。懐かしい。


「好きなの。離れるとか、考えたくない」


 彼は、嬉しそうにまた目を閉じた。


   

彼に恋人がいたのは健全な高校生だったからとだけ。

その頃は、幼なじみとしかあえて思っていなかったのでした。

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