大事なもの 後編
真っ白だ。
何にもない、ただの白だ。白以外はなにもない。あるとすれば鼻をつんと刺す何かの臭い。これも何の臭いが特定できない。
どこまでも続く白の世界、幻想的…な感じはしなかった。白という色は人に神秘的なイメージを抱かせる。雪だってそうだ。だが、この感じはそんな神秘性とは乖離していた。似ているが似ていない、偽物であった。
ところで僕は何をしているのだろうか。今は夏だ。冬でもないのに雪が降るわけがない。といってもこの光景は雪ではないのだが。一面が真っ白に染まる現象など雪ぐらいしか思いつかない。
後は…夢?
それこそおかしい。僕らはバスの中で話をしていたのだからーー
「……あれ、何だっけ」
白い世界に臭いが満ちてくる。その臭いは先程臭っていたものだろう。つんと刺す刺激臭が鼻腔を刺激する。その臭いはーー
「ああ、そうか……」
白の世界にノイズが走る。壊れたテレビのようなものではなく、白に不純物が混ざるような、そんな感じ。次第に染められていく白。赤や灰色、黒や黄色まである。所々に緑も点在している。その緑がひどく僕を安心させた。何故かは判らない。
「これは……」
次第に映像が鮮明になる。視覚情報が復活し、白はほとんどなくなる。黒と灰色の何かが立ち上り、赤い何かが揺れ動いている。よく見れば下に流れる赤いものもある。…聴覚まで回復してきたらしい。ごく微小だが音が聞こえる。パチパチと音がする。実際はもっと大きいはずだが、いかんせん聴覚が完全に回復していないので完全には聞き取れない、がこれが何かが判ってきた。目に見えるものも併せて。
「……事故だ」
バスは山道を走っていた。くねくねと曲がる道に体を持って行かれながら、僕は前を向いていた。隣の幼馴染みは僕の肩に頭を載せて寝ている。よくこのくねくねカーブで寝ていられるものだ、と思っていた。
「まあ旅も長いし、僕も寝るか…」
と思った矢先、
悲劇は起こった。
突然バスがスリップした。それが何故起こったのか全くわからない。だが、バスが大きく揺れ、倒れるのには十分な要素だった。僕は反射的に隣の幼馴染みを庇った。意図的ではない、無意識のうちにだ。彼女は寝ていたところに大きな揺れを感じとって、起きていたがなにが起きていたかさっぱりのようだった。
轟音をたてて、倒れるバス。静かな山道に爆音が響いたようだった。砂埃をあげ、隣に接している森の木々を揺らした。その爆音でセミたちは一瞬鳴り止む。辺りはひどい惨状だった。割れたガラスが散乱し、バスの外装が一部割れて落ちていたり、潰れていたりしていた。傍目から見ても惨憺たる光景だというのは一目瞭然であった。
僕は外へ放り投げ出されていた。一体全体どうして外にいるのかはわからないが好都合ではある。周りの景色が見やすいからだ。それにしても僕の思考やけに饒舌だな。意識があることにびっくりだ。
「う……」
隣で呻き声が聞こえた。首をそちらに動かすと、うつ伏せて倒れている幼馴染みの姿があった。
「だい、じょうぶ、か…?」
掠れ声で僕は話しかけた。思考が饒舌なのは声が出しにくいからか、納得。
「う、うん…何とか…そっちは?」
と言い終わった後彼女は驚愕の表情を見せた。嘆き悲しむような、そんな顔だった。僕は視線を幼馴染みから僕の体へシフトした。そこには、
腹に大きな傷が入り、そこから大量の出血がなされていた。
洒落にならないくらいの量だ。ペンキをこぼしたんじゃないかと思うくらいの量だ。
「……ははっ」
なんだこりゃ。何一つ現実味がない。僕はさっきまで落ち着いた村で生活してたんだぞ?それがいきなりこんな場面だなんて…
「それ、ヤバいよ…早く手当しないと…」
隣で伏せっている彼女が呟き立ち上がろうとする。
「っ」
彼女は苦しげにし、再び倒れ込む。
「お前…」
彼女の足を見るとあってはならない方向へ曲がっていた。両足が見事に。まるで、地面に投げ出された操り人形のようだった。
「お前その、足じゃ…無理だ…どっち、みち僕の、この怪我じゃ助からないし、そもそも、身体が動かない…手が動くお前だけでも這いずって、逃げろ…」
ゲホッと咳き込む。少し長く喋りすぎたか…だが、言ってることは正論だ。その命が助かるのなら、生きればいい。
だが、彼女は首を横に振った。それはその目には決意が込められていた。どうして、と問うまでもなく彼女は口を開いた。
「逃げないよ。もうバスに火が引火してるし、じきに爆発するよ、それに君だけを置いていくなんて、出来ないよ。」
「何で…」
「小さい頃に、あの山の天辺で約束したよね、二人はずっと一緒だって。いかなる時でも二人は決して離れない、今も、未来も。私はその約束を果たさないといけないから」
幼馴染みは笑った。足がねじ曲がり、痛いだろうに。弱さを見せまいと堪え忍んでいた。ずりずりと石やバスの破片が飛び散った道路を亀の歩みのように這い寄ってくる。それでも笑顔は絶やさない。
山の約束。それは二人だけの秘密の登山だった。今に思えばそれは大した高さではなかったのだが、当時の僕にはまるで乗り越えられない壁のように思えた。それを二人で懸命に登り、泣き言も言いながら頂上に到達した。そのときの気持ちを頂上から見える水平線の彼方に投げ飛ばしたのだ。
わたしたちは、これからもずっといっしょにいますーー
そのときの約束を彼女は守り続けてきたのだ。いや、僕も心のどこかではそう思っていたのかもしれない。二人はそのときに一緒となり、固い絆が結ばれたのだ。
「…そう、だな…」
うつ伏せに倒れた僕は手を伸ばす。傷ついた手で、指で地面を探るように。
ガラスで手を切った。
構うもんか。
身体の各所からの血が止まらない。
知ったことか。
止まるもんか。離さないと誓ったんだ。世界で一番大事な約束なんだ、この程度で止まれるか。
彼女も懸命に腕の力だけで這いずり、腕を伸ばす。
やがて、二つは出会う。手と手が触れ合う。指と指を絡め取るように重ね合わせる。
「あは。やっと、会えたね…」
彼女は力なく笑う。今の移動で精力を使い果たしたんだろう。
「これで、私たちは、ずっと一緒…」
バスから火の手が上がった。先程よりもずっと強い真っ赤な炎だ。黒煙を上げながら僕たちを確実に焼き殺す死の炎は確実に勢いを増している。ガソリンに直接引火すれば大爆発が起きるだろう。だが僕らは既にそんなことは考えなくなっていた。ただ前を向いて、お互いを見ることしかしなくなっていた。
「僕は、いつまで、も君と、一緒にいるよ…君の隣に…どんな、とき…でも…」
二人は再び笑い、一層強く握り締めた。固い絆。それが反映されているようだった。
世界が真っ白に染まる。爛々と輝き、拡散していくビッグバンかのようだった。光は当たりを浸食していき、最後にはただ光だけが残った。まばゆい光線。光の残滓。
その光の中に二つの手が残った。それはお互い離そうとせず、固く、繋がったままだった。その手からは幻聴のような声が聞こえてきていた。
いつまでもーー
その手は最後には光に飲み込まれていった。だが、最後までその手は結ばれていた。
連載というより短編2話を連続しただけなんですよね。今回のこれ。
どうもカヤです。おそらく七作目ではないかと。
一週間で七作投稿しました。疲れました。I′m very tired.実際勉強を兼ねながら執筆するのは予想以上に疲れますね。楽しいからいいですけど。
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