恐怖の掃除時間
4月8日、今日は入学式だ。
けど予想外の出会いによって、平穏な学校生活は送れないと確信した。
「なんだあれ…」
「羅王じゃね? むしろバキじゃね?」
「つか女子なのか」
「やばい、携帯持ってくればよかった」
「なにあの人…」
周りは、私の前にいる鬼切さんを見てざわついている。
格闘漫画に出てきそうな屈強な筋肉に2メートルもある巨体、その体に合わない可愛い顔。
着ているセーラー服は今にも破れそうになっている。
「なんか皆ざわついてるね」
「おぃえ!? あ…あぁ、そうだね」
私は急に話しかけられ驚いた。
自分の事を話されていると思ってないようだ。
それにしても、2メートル越えしてるだろう鬼切さんが前にいるから何も見えない。
結局先生の姿もろくに見れないまま入学式は終わった。
教室に帰っている途中、後ろで何かひそひそ話しているのが聞こえた。
「ねえねえ、後で話しかけてみようや」
「えー、怖くない?」
後ろをちらっと見ると、茶色の髪をポニーテールにして結んでる性格のきつそうな子とツインテールの可愛い子が話していた。
「大丈夫やろ」
「でもムキムキじゃん、怖いよー」
怖いのは私の方じゃい!ふっざけんな!と心の中で叫んだ。
鬼切さんは相変わらず自分のことを言われてると気づいてなかった。
いや、背が高いから声が届いてないのか?
「おらおら、お前らさっさと教室入れぇや!」
なぜかサングラスをかけ、蛇柄のシャツを着たチンピラっぽい担任が無駄に声を張り上げて言った。
後ろでヒソヒソ話してた子が驚いて「ひッ」と小さい悲鳴をあげた。
「怖そうな先生だね」
「うん…」
たしかに怖そうだけど、鬼切さんよりは怖くないかもしれない。
というか普通に話しかけられてるけど、もしかして友達認定されているのか。
「ねえ、今話してたよね?」
「あのムキムキな子の友達かなんかやないん?」
「え? そうなの?」
「あ、ユカ聞いてたの?」
「いやだって、2人声デカいし…ていうかあの子、あのムキムキな子の友達?」
「話してたし、多分そうじゃないんかな」
「へえ」
「!?」
どうやら鬼切さんと私は、友達ということになってしまったようだ。
まあ、最初会った時から嫌な予感はしてたけど。
教室に入ると一人一人自己紹介をして、その後委員決めをした。
そして掃除をして帰るというところで事件が起きた。
「おい、鬼切~」
掃除をサボってるチャラいかんじの男子が、ニヤニヤしながら鬼切さんを呼んだ。
鬼切さんは図体に全くあってない小さいほうきで、階段の掃除をしている。
私は巻き込まれないよう遠くへ離れた。
「何?」
「お前何なんだよそれ」
チャラい奴が言った。
それ、とは筋肉のことだろうか。
「それって何」
「いや筋肉だよ、ムキムキすぎんだろ」
「そお?」
可哀相に、現実は無情だと思いながら私は修行僧の如く階段を磨いた。
「つか、下の名前なんだっけ」
「葵だよ」
「あ?」
「葵」
「は? 何?」
「葵って言ってるじゃん」
わざと聞き返しているようだった。
小学生みたいなことをしてるけど、チャラい男子はつねに上から目線で言ってるからウザさが半端ない。
「あ、冬村…って何そいつ!」
通り掛かったチャラい男子の友達らしい男子数人が鬼切さんを見て驚いた。
「こいつ? 鬼切」
「へえー」
鬼切さんが大きいせいか、まるで旅行でガイドさんが観光名所を紹介するような図になっていた。
「デカッ!」
「2メートル越えてね?」
「越えてるよ」
「ぶっふぅ!」
何故か男子の一人が吹き出した。
「ひっひひひひっうぐひひッ」
「声たっけぇ」
どうやら声が高かったのが予想外らしく皆ゲラゲラ笑っている。
「なんで笑うの」
鬼切さんは少し怒りながら言った。
「おまっ…おっぶふぅ!」
何とか喋ろうとしたチャラい男子いや冬村が途中で吹き出した。
こいつらは多分笑いの沸点が物凄く低いんだろう。
ああ可哀相にと思いながらも階段を磨きまくった。
今イジメを見て見ぬふりをする人達の気持ちがわかったかもしれない。漫画とかなら
『イジメ…格好悪い!』
とかいいながら主人公の親友が助けてくれる場面だろうけど、あいにく今日初めて会ったので、そういう展開は繰り広げたくない。
「あのー尾野原さん…」
「え?」
いきなり声がして後ろをむくとツインテールの子が立っていた。
さっきヒソヒソ話してた子だ。
「あのさ、尾野原さんってさ鬼切さんと友達?」
「あぁ…うん…それに近い関係だよ」
「じゃあ友達なんやね!!」
「!?」
どこから沸いてきやがったのかポニーテールの子が大声で言った。
大声に気づいて鬼切さんと男子達がこちらを見る。
「なんだよ槍田、大声だして」
「尾野原さんと鬼切さん友達だってよ!」
満面の笑みで槍田さんは言った。
その言葉がこの後大変なことを起こすきっかけということを知らずに…