バラバラのパパ
たとえばバラバラのパパは、深夜、忍ぶ足音になって帰ってきます。
みし、みし……っと床板を軋ませる。ふーっ、と溜め息をつき、冷蔵庫を開ける。ごそごそと探り、しばし沈黙。椅子を動かし、缶ビールを開ける。
そんな音だけのパパに、ボクは男の誠実さや哀愁を感じ、好感を抱いたりするのです。
翌朝のパパは、居間のソファにふんぞり、広げた新聞紙の上にハゲ頭を浮かべます。そんな偉ぶった態度は、バラバラのパパのなかでは評価が低いです。
八時になると、ママの手を借りて背広を着、サラリーマンに変身、胸を張って出掛けます。ですがママによると、会社のパパはちっとも出世しないらしく、見せかけの威厳とは異なり、偉くなんかありません。
ママが一番嫌うのは、休日昼間、家にいるパパです。
その日のパパは畳の上に寝転び、打ち上げられた鯨のように迷惑です。腐乱する肉のような悪臭を放ち、「おーい、お茶」とか、「おーい、あれ」なんて要求します。それで苛立つママは、チッ、チッ、と舌打ちで応えます。
珍しく帰宅が早いパパが夕食に同席すると、ボクは窮屈でつらい気分になります。
家父長らしく振る舞いたいパパは、ニュースを見ながら道徳を語るのが好きです。たとえばこんなふうに。
「エスカレートする少年犯罪などと言うが、あの頃のワルはけっして弱者をイジめなかった」
あるいは、
「政治家の汚職なんて言うが、昔の政治家は偉かった」
ようするに、昔と今とは違う、と言っているに過ぎない。
それに「あの頃のワル」とか「昔の政治家」とか、あたかも自分がそうであったかのように自慢するのは恥ずかしいことです。
やはりパパは、夕食の団欒を家族と過ごそうなどとセコいことは考えず、足音だけで帰ってきてほしいと思います。
そんなバラバラのパパですから、ママに嫌われ、浮気されるのも当然です。
ある日ママが紹介してくれた男性は、カルチャーセンターの講師で、背の高い、お洒落なナイスガイでした。
まるで本当の親子のように、ボクたちはレストランに入りました。ママはうっとり潤んだ目で男性を見つめ、それからボクに、「ねえ、こんな素敵な人がパパだったらどう?」なんて訊きます。
それからも何度か三人で会いましたが、男性はその度にプレゼントを買ってくれたので、ボクもついつい、「こんなパパだと嬉しい」なんて、バラバラのパパを葬るようなセリフを吐いたりしたのです。