4,大仕事
その、いつもとは違う依頼の内容に、さすがの彼女も動揺した。
「え?あ、はあ……」
「……お願いできますかね?」
「……えっと、上に訊いてみないと分からないので……。また、連絡します」
「あ、はい、お願いします」
受話器を置くと、すぐに彼女は立ち上がった。
「……まあ、とりあえず訊いてみるか」
湧奈は、夢集めが一段落し、部屋に戻っていた。伸羅は、まだ帰ってきていない。今までは、基本的に二人で行動していたが、仕事に慣れてきて、最近は別々に行動している。
今、部屋にいるのは湧奈と宏忠の二人だけだった。
「……笠石さん」
「はい?」
コーヒーを片手に宏忠は続ける。
「伸羅君とは上手くやっていけてる?」
「え?あ、ハイ」
「二人なら上手くやっていけると思って組ませてたわけだけど、無理してない?私は勧めただけだから、他の人と組んでもよかったんだよ。……今さら言うのもなんだけど……」
湧奈は、なぜ、急に宏忠がそんなことを言うのか疑問に思いつつ、正直に答えた。
「いえ、無理してなんかいません。伸羅はいい人だし」
宏忠は少し間を空けて、
「……北郷君は……」
部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのは、
「阿佐美?」
大学からの友人である湧奈に片手をあげて返事しつつ、阿佐美は宏忠に言った。
「今、いいですか?」
「どうした?」
「BAKUを見学したいっていう依頼が来たんです」
「見学?」
宏忠は、少し驚いたようだった。
「はい、五人。社長に訊いてみましたら、各部門に確認をとって、それでよかったら受けようってことになりまして…」
「なるほど。……ああ、私はいいよ」
「ありがとうございます。……あと、もう一つあるのですが……」
「うん?」
「夢を、こっちで創作してくれないかと」
「?」
「アタシ達で自由に作っていいってこと?」
湧奈が訊いた。
「うん。どんな夢かわからない方がいいんだって」
「……」
宏忠は黙って下を向いている。
「……明後日会議を行うので、その内容を考えておくようにお願いします」
「……分かりました」
宏忠は答え、さらに続けて言った。
「これは大仕事になりそうだな。音沢さん、また後で色々連絡に回ってもらうかもしれないから、その時はよろしくね」
「はい!」
阿佐美は、気合いを入れ直したようだった。
「戻りました」
ちょうどそこに伸羅が戻ってきた。
「あ、伸羅」
「ん?あなたが伸羅?」
阿佐美が訊いた。
「え?あ、はい」
「私は音沢阿佐美っていうの。地味って言われる『応対班』にいるんだけど……知ってる?夢の依頼を受けるとこ」
「そりゃ知ってるよ。……って何?」
阿佐美は伸羅をじっと見ていたが、
「……ああ、いや、湧奈からはよく聞いてるよ。……頑張ってね」
とだけ言うと、
「失礼しました」
部屋を出ていった。
「……何を頑張れっていうんだろね?」
湧奈は言ったが、伸羅は黙ってすぐに自分の席について仕事を始めた。
何で分かるんだよ……?
「さて、忙しくなるぞ」
宏忠が言った。
それからの数日間は伸羅達にとって、一番忙しかったと言っても、過言ではないくらいであった。いつも通りの夢集めをする一方で、見学に来る人たちへの対応を考えたり、夢の内容を考えたり……。
あっという間にその日はやってきた。
社長の西村義忠は、会社の前に立っていた。
時間は午後十一時頃。
しばらくして、五人の若者たちがやってきた。
「あ……野澤憲一さん、ですか?」
「はい、そうです」
「社長の西村と申します。……早速、社内の方を案内させていただきます」
「社長が、ですか?」
憲一は少し驚いた様子を見せた。が、義忠は
「初めてのお客さんですから」
事も無げに言った。
「ビジネスチャンスだからだろ?」
若者の一人が言った。
「おい、准太!」
憲一が注意する。
「……すいません。こいつちょっと……」
「気にしてませんよ。ビジネスのことをまったく考えていない、と言ったら嘘になりますし。……では、行きましょうか」
「お願いします」
六人が最初に向かった場所は、応対部門だった。
「ここでは、夢の注文や相談などを、インターネットや電話を通じて受ける場所です」
「臨機応変に対応しなきゃいけないので、そういうところが大変です」
湧奈と入社した時期は変わらないが、その実力によって班長になった阿佐美は言った。
続いて六人が向かったのはコピー部門だった。
「ここの職員のほとんどは、外に出て夢をコピーしています。そして、屋根の上を移動したり、夢をコピーするためにちょっと変わった道具を使っています」
宏忠はそう言って、社員を二人呼んだ。伸羅と湧奈であった。
「この靴はここを押すと……」
湧奈が説明を始めた。研修の時より落ち着いていた。
「夢をコピーする時には、これを使います」
今度は伸羅が説明する。
「……そして屋根にこれを……!」
伸羅は、何か嫌なものを感じた。辺りを見回す。が、特にそれといったものはない。
「……北郷君……?」
「あ!?す、すみません!」
何だったんだ……?
伸羅の説明も終わり、六人はその部屋を出て、次の部屋、仕分け部門に向かう。
「仕分け部門では、夢を大まかなジャンルに分ける作業をしています。みんな真面目なので、上手くやれています」
こちらも若くして班長になった要が、緊張気味に話した。
次に六人がやってきたのは、編集部門である。
「ここでは、分けられた夢に個人情報が含まれていないかを確認し、また、希望に沿った夢に編集しています。ある意味一番重要な仕事なので、緊張感を持って働いています」
この班の、阿佐美たちの次に若い班長、平河隆介はそう話した。
「平河さんは仕事丁寧ですから失敗とかしたことないんですよ!」
隆介の後ろの方で仕事をしていた明里が口を挟んだ。
「ちょっと、室橋さん!」
「あっ、ごめんなさい!つい……」
「……次、行きましょうか」
義忠は、半ば呆れながら、言った。
最後に六人がやってきたのは配達部門である。
「ここの職員は、完成した夢を運ぶのが仕事です。コピー班と同じような道具を使っています。……おい、矢波、お前説明してくれ」
班長の今塚雅史に、なぜか気に入られている修斗は渋々その指示に従った。
「……これは、屋根の上にこう取り付けて、夢をお客さんに送ります。それから……」
彼の説明が終わり、見学は終了となった。あとは、
「今日の夢、期待してます」
「お任せ下さい」
今日の大仕事を終え、椅子にもたれ掛かりながら、湧奈は天井を見上げていたが、堪えきれなくなって、伸羅に話しかけた。
「夢、喜んでくれるかなあ?」
が、伸羅は答えなかった。伸羅は先ほどのことが気になっていた。
「?……伸羅?」
「……あ、何?」
「だからさ、夢どうかな?って」
「ああ、夢かあ。うん、大丈夫だよ。みんなで頑張って作ったんだもん」
「そうだよね!」
「うん」
……まあ、いいか。
憲一は、どこまでも続く、大草原に立っていた。風が気持ちいい。
「これ……夢か……?」
疑ってしまうほど、意識がはっきりしている。少し走ってみる。自由だ。
「……でも、これだけじゃあ現実とあんまり変わんねえな」
しばらく走ってから、憲一はジャンプした。が、いつまでも足は地に着かなかった。
「飛べるのか……」
不思議な感覚。水に潜っている時のような……無重力とはこういう感覚なのだろうか。しばらく飛んでいると、街が見えてきた。
「すげえ……」
空を飛ぶ夢。幼い頃はよく望んでいたが、叶わなかった夢。
「これだけなのにな」
憲一は満足していた。そして、いつまでも降りずに、飛び回った……。
次の日、BAKUの社内に放送が流れた。『ただいま、見学した方から連絡がありました』
社内にいるほとんどの人間が足をとめて、その放送に耳を傾ける。
『「幼い頃の自分を思い出せました。ありがとうございました。またよろしくお願いします」とのことでした!』
放送の声が大きくなった。そして同時に社内から、歓声があがった。大成功であった。
「やりましたね!推関さん!」
湧奈は半分悲鳴になったような声で言った。
「ああ。君たちのおかげだ」
そう言う宏忠の目は、少し潤んでいた。
「やったね!伸羅!」
「うん。なんか凄いやる気出てきたよ!」
「よーっし!もっと頑張ってBAKUを世界広めよっ!」
「世界って……」
呆れる伸羅に対して、推関は
「いやあ、これでここの将来は安泰だな!」
と嬉しそうに言う。
「でも……よし、僕もやりますよ」
伸羅は、今度はそう言った。
この人たちとなら、きっとやれる。そう思えたのだ。