1,夢を届ける会社
夢の配達社BAKU。十年前に設立されたばかりの新しい会社だが、この地域ではよく知られている。
「あなたの家にも、夢を届けます」
CMも毎日見かける。
この会社の仕事は、夢を見ている人から夢を分けてもらい、それを、夢を見たいと願う人の所へ届ける、というものだ。
社員たちは、その仕事の内容によって五つのグループに分けられている。
契約を結んだ家をまわり、その家の人たちが見ている夢を複製するコピー部門、複製した夢を楽しい夢、怖い夢などに分類する仕分け部門、分けられた夢に個人情報が含まれていないか確認すると同時に、顧客が見たいと望む形に編集する編集部門、それを顧客に届ける配達部門、そして、客の夢に関する要望を受ける応対部門。
北郷伸羅はこの会社に入社して二年目を迎えた。
伸羅は高校時代にその会社に憧れるようになった。高校卒業後、『夢』に関する専門学校に通った彼は、卒業と同時にBAKUに入社することができた。
彼が所属するコピー部門は、夜中の勤務が主となる。今日も午後十時半に自宅を出て、十五分ほどかけて、十一時前に会社に到着した。
「やあ、北郷君」
「こんばんは」
推関宏忠だった。彼はBAKU設立当時からこの会社で働いているベテラン社員だ。そして、二十三の班があるコピー部門全体の部長を務めている人物でもある。温厚な性格で、周りの社員たちからの信頼も厚い。右も左も分からなかった伸羅に、一つ一つ仕事を丁寧に教えてくれたのも彼だった。
「そうだ、君は研修室に行って」
「えっ……?」
「君たちの働きが評価されたみたいで、上からまだ慣れていない新人たちに教えてやってほしいって要望が来てね」
「!」
「そんなわけで、頼んだよ」
「はいっ!」
「笠石さんにも私から言っておくから先に行って準備してるといいよ」
「分かりました!」
自分の働きが評価されるなど、初めてのことだ。嬉しくて仕方がなかった。
「まあ、湧奈のおかげかな……」
笠石湧奈とは、同期であった。そのこともあって、伸羅は湧奈と組んで仕事をしている。彼女は影の薄い伸羅とは対照的によく目立っていた。快活な彼女は運動神経もよく、伸羅が苦労して身につけたコピーの流れも、難なく身につけてしまった。伸羅が目立たないのも、当然のことだ。しかし、伸羅にとって彼女の存在は心強かった。
伸羅は『第二研修室』とある部屋の前で立ち止まった。この第二研修室はいくつかの班と共同で使用しているものだ。
「……なんか、いつもと違う空気だな」
中の雰囲気が、いつも練習にくる時とは違う。
「こんばんは……」
そっと入っていくと、新人たちの指導をしていた男性がこちらに気づいた。
「あっ、口頭での説明が終わったらすぐなんで、ちょっと待っててもらえますか?」
「分かりました」
伸羅は部屋の後ろの壁に寄り掛かり、扉の方を見ていた。……が、徐々に焦り始めた。
湧奈が来ないのだ。
「何で来ないんだろ……?」
時間が過ぎていく。
「……それでは、今から実際にやってみますが、今回は社内で高い評価を得ている北郷さんと笠石さんにお願いしたいと思います」
が、湧奈はまだ来ていなかった。
「……あれ?」
「……すいません、まだ笠石の方が」
扉が勢いよく開かれた。
「ハァ、ハァ……」
よほど急いで来たようで息を切らしている。
「あ、湧奈さん……?」
「ハァ、は、はい……」
とりあえずホッとした伸羅だった。
「……それでは、始めます」
さすがの湧奈も緊張しているようだ。
「えっと、まずはBAKUの歴史から……」
「あの、実演を……」
「え?あ……ごめんなさい……」
顔を真っ赤にして湧奈は下を向く。
「屋根の上を移動する際には、必ずコレの電源を入れます」
湧奈に代わって伸羅が話し始めた。屈んで、履いている靴の踝の辺りを押した。
「これで屋根の上を走っても音はしませんし……」
言いながら模型の屋根の上を走る。
「高いところから飛び降りても大丈夫です」
屋根から飛び降りた。
「慣れないうちは結構怖いですけど。とにかく、これを使いながら、先ほども説明があったように夢の提供を許可されているお客様の家をまわるわけで……」
背中をつつかれ、振り向くと湧奈がこちらを向いて手を合わせている。代わって、と言っているのだろう。伸羅が一歩下がると、彼女が前に出て話し始めた。
「契約されているお客様の家がどこなのか、夢を見ているのか……それを調べる時にはコレを着けてください。情報を確認できます」
湧奈はゴーグルのようなものを装着した。
「……それでは、夢の『コピー』を行います。使うのはこの機械です」
湧奈はいつものウエストポーチから小さな正六角形の機械を取り出した。
「夢が見つかったら、まず、この機械に夢を保存するディスクを入れます。そして次に、その家の屋根の上にコレを置いてスイッチを押します……」
湧奈はそれを慣れた手つきで行った。
「一、二分でコピーは終わります。あとは、夢をコピーしたディスクを仕分け班に持っていくだけです。……以上です」
「……はい、お二人ともありがとうございました」
「あ、いえ……失礼します」
こうして今回の研修は無事に終わった。
「……ゴメン、伸羅!」
部屋を出てから、湧奈は頭を下げた。
「いや、いいんだけど……なんかあったの?」
「昨日会った女の子いたでしょ?」
「?うん」
「あの子に夢届けられたらなあと思って、配達班の人たちに相談してたんだ」
「なるほどね……それで、どうだった?」
「うん、できるかどうか調べてくれるって」
「よかったね」
「うん!」