9,終章
BAKUは元通りになった。事件も解決し、社員たちの恐怖心も収まってきた。湧奈はその分頑張らなくてはならなくなったが。
事件解決から一週間たったある日、湧奈は藤井家を訪れた。
「こんにちは!」
「ああ!バクさん!」
奈々子が彼女を迎えた。
「いや、アタシはバクじゃないから……アタシは湧奈だよ」
「湧奈?」
「うん」
「ああ、どうも」
彼女の母親が現れた。
家に入れてもらい、お茶を飲みながら、二人は話した。
「ありがとうございました。十年前の事件まで解決してくださって」
「あ、いえ、アタシは、別に……」
照れながら、湧奈は応える。
と、そこに沙奈が入ってきた。
「あっ……こんにちはー」
「……」
沙奈はしばらく黙って立っていたが、
「……すいませんでした」
呟くようにそう言い、
「え?……あ、いや、気にしないで」
湧奈の言葉が終わる前に、二階に上がっていってしまった。
「すいません……」
「あ、いや、ホント、もう気にしてませんから!」
湧奈は心からそう思っていた。沙奈も反省しているのだ。それ以上何か言う必要などないだろう。
「じゃ、アタシ、お墓参りに行くんで、失礼します」
伸羅の墓は、BAKUの会社から、さほど遠くないところにある。湧奈は墓に花を添えた。
「伸羅、来たよ。事件解決したよ……」
しばらく、そうして墓に向かって話しかけていたが、目頭が熱くなってきたので、止めた。
「……アタシ、頑張るから。……ありがとね」
最後にそういって、湧奈は会社に戻った。
彼女の仕事場には、修斗が来ていた。
「修斗、どうしたの?」
「ああ、ちょっとな」
と、そこに別の社員がやってきた。
「これ、今とってきたやつ。頼む」
「ああ」
その社員から夢の入ったディスクを受け取ると、修斗は部屋を出ていった。
「どうしたの?」
「よく分かんないけど、夢を仕分け班にもっていってくれるっていうから」
「?」
修斗は、自分の仕事場に戻り、机の引き出しを開けた。そして封筒を取り出すと、その中に先ほどのディスクと一枚の紙を入れた。
「さてと……」
要は、突然部屋に現れた修斗を見て、心底驚いた。
「ど、どうしたの?」
「ああ、夢もってきた」
「え?でも矢波君は配達班じゃ……」
が、修斗はそれ以上何も言わず、夢の入った封筒を要に渡すと、部屋を出ていった。
「……あ、これ……!」
要が修斗に渡した封筒だった。中に入っていた紙を開いてみて、思わず要は笑ってしまった。
「何コレ……」
丸が書いてあるだけだった。しかし、要は笑い続けていた。周りの社員は何事かと不審がっていたが。
自分の仕事場に戻ってきた修斗は
「どこ行ってたんだ?」
雅史に訊かれ
「配達とお知らせ」
素っ気なく言い、そのまま仕事に出ていった。
宏忠は、久しぶりに他の班を回っていた。数年前とは、大分変わっていることに気づいた。
社内が明るくなった。若い班長が多くなってきたことが、その理由の一つだろう。応対班の音沢阿佐美は、今日も冷静ながら、部屋を和やかな空気で満たしているし、編集班の平河隆介も元気がある(……と、宏忠が思ったのは、隆介が明里から逃げているのを見たからである)。
「この会社の未来は明るいな」
たった今、午前〇時を回ったところだ。ある家の屋根の上に、湧奈はいた。
湧奈は、ウエストポーチから夢のコピー機をを取り出して、屋根に取り付けた。そして数分後、すぐに取り外して、またポーチに仕舞った。それが済むと彼女は屋根から飛び降りた。が、物音一つ立てず、軽やかに着地した。
「何してるの?」
「!?」
幼い声に彼女はかなり驚いた。
「こっち」
今彼女がいた家の隣の家。その窓から幼い女の子がこちらを不思議そうに見ていた。
「あちゃあ……起こしちゃった?」
湧奈は片手を頭に当てて言った。
「ううん。眠れなくてずっと起きてたの」
「そうなの。……アタシはBAKUの社員なの。夢をみんなに届ける仕事をしてるんだよ」
〈完〉