8,真実
彼は電話を受けた。
「もしもし」
『もしもし、私』
「文佳か。捕まったって聞いたけど、電話なんてかけられんのか?」
それには答えず、文佳は続ける。
『私、もうすぐ死刑なんだ』
しかし、その声はとても落ち着いていた。
「そうか……」
男は不気味な笑みを浮かべた。
『……あのさ、私の実家に睡眠薬あったよね?』
「?」
『お父さんの遺品っていうと、あれが一番に思い浮かぶの』
「……」
『最期はそれ一気に飲んで死んだ方がいいって言ったら、許してもらえてね。でも、お母さんに探してもらったら、ないって言うの。あの睡眠薬じゃなきゃ意味ないのに、なく しちゃったんだって。だから、結局絞首刑』
「……それは残念だな。でも、遺品はなくなってねえよ」
『え?』
男はそのまま立ち上がり、側にある机の引き出しの奧に手を突っ込みながら、続ける。
「なくなったのは、お前の父さんのやつじゃねえ」
『何言ってるの?』
「お前の父さんの使ってたのは、俺が持ってる」
男はようやくそれを見つけ、手に取る。
『!?……どういうこと?』
「お前だってBAKUの社員を殺したあと、ナイフは部屋に持ち帰ったろ?同じさ」
『ってことはアンタがお父さんを……』
「ああ、だいぶ飲ませてやったからな。よく寝られただろ?」
『許さない!』
「しかし、お前はすぐ死刑。死刑になるやつの話なんて誰も聞きやしないと思うけどな」
『……』
「じゃあな」
男が通話を切ろうとした、次の瞬間、扉が破られた。
「!?」
「准太、お前も終わりだと思うけどな」
悟が言った。
「くそっ!ハメやがったな!?」
そう、これは悟の作戦だった。前の日、湧奈たちから話を聞き、睡眠薬を調べたが、彼の指紋は見つからなかった。しかし、それを使っていたはずの被害者の指紋もないことが分かった。すり替えられていたと考えた悟は、文佳にそのことを話し、半信半疑の彼女に電話をかけさせたのだった。
准太は部屋の奥へと逃げた。
「無駄だ!行くぞ!」
仲間たちと共に、悟はそれを追う。と、突然准太が襲いかかってきた。
「……っ!」
思わず身をひいた悟の頬を血が流れる。
「通せよ」
准太は両手にナイフを持っていた。
「通せるわけねえだろ。お前、どれだけの人泣かせたと思ってんだ!」
「知るかよ!」
再び准太が攻撃してきた。悟はそれをかわす。
が、一撃が腕を掠めた。
「ぐっ……!」
「おら、どけよっ!」
准太が、一歩踏み込んだ。しかし、悟しか見えていなかったようで、他の警官に気がつかず、回り込まれて取り押さえられた。
「くそっ!放せっ!」
「終わったな……」
悟が負傷した腕をもう片方の手で押さえながら、呟いた。
BAKUの社員代表として、警察署に来た湧奈たちは、准太と対面した。文佳と、彼女の母親もいた。悟も准太の隣についている。
「結局、みんな、お前の計画だったってことか?」
「……」
悟の問いに、准太は答えない。
「文佳の父さんをお前が殺し、それをBAKUによるものだと文佳に思わせる。そして自分は社内見学に行き、BAKUの情報を文佳に送り、BAKU社員を、伸羅を、殺させた」
「……」
「社内見学の時の、他のメンバーは」
「あいつらは関係ねえ」
准太が口を開いた。
「……お前は、何でBAKUを恨んでるんだ?」
「BAKUに入れなかったから」
「え……それだけ……?」
湧奈が言った。
「あの後俺は何をやってもだめだった。住むところはあった。だけど、食事する金もなかった。……そんな時に、文佳会った」
「私を、殺人の道具として、使った……!?」
「ふざけんなよ……!」
湧奈は強く拳を握りしめた。准太を睨みつける。
「俺はもう満足だ。死刑で構わない」
「開き直んな!」
「うるせえ女だな」
湧奈は、我慢の限界だった。
「こっ……!」
「止めろ」
宏忠が押さえた。が、湧奈は振り解いて、准太に向かっていく。
「待てっ、だめだ!」
宏忠以外の人間は湧奈の気迫に凍りついて動けない。湧奈は強く握った拳で殴りかかった。
「会社のためでもあるんだ!」
湧奈の手が止まる。宏忠は続けた。
「君が背負っているものは、君が思っている以上に大きいんだ。君の拳は、BAKUの拳だ。それを使ったら、マスコミは何て報道すると思う!?」
湧奈は殴りかかるそのモーションのまま、答える。
「『BAKUの社員が、暴力を振るった……』」
「そういうことだ」
「でもっ、それでもっ……!」
彼女はその手を握りしめたまま言う。
「駄目だ。君のためにもよくない」
「ぐっ……あっ!」
不意に、湧奈が手を開き、その場に崩れ落ちた。
「どうしたのっ!?」
明里が声をかけると、湧奈は泣き出した。
「『恨むな』って、伸羅がっ!」
「えっ?」
「そうだな」
宏忠が納得したように頷いた。
「え、何、どういう……?」
「北郷君が笠石さんに遺した言葉、湧奈さんに『自分を恨むな』って意味で言っただけじゃなくて」
「『人を恨むな』って、もっと広い意味だったんだ……」
湧奈は泣きながら言った。
「分かった……伸羅、分かったよ……」
数分後、湧奈は立ち上がって、准太を見て言った。
「死なせなんかしない。罪は生きてちゃんと償ってもらう」
「ちっ……!」
准太は舌打ちしたが、それ以上何も言わなかった。
「私も……」
文佳だった。
「うん。伸羅の分までちゃんと生きて償ってもらうよ。悟!しっかりやってよ!」
湧奈は涙を手で拭いながら言った。
「おう、まかせろ!」
悟もそれに強く応えた。