009 中世4
さて。
中世の社会モデルは、領主たちの力が徐々に減っていくシステムになってしまっていました。
「なに?」
まず、清貧を是とする宗教的価値観が原因としてありまして。
技術や知識は富の蓄積がなければ意地も発展も難しいんですね。
これは帝国が生まれる過程にも証明されたことだと思うんですけど。
分裂によって、世界は小さな社会が多数併存する状態になりました。
別の領は別の国。別の国は別の世界でした。
人々は土地に根付いて限られた範囲を世界として生きていたのです。
文明初期と同じですね。
とはいえ当時よりは技術も知識も宗教観も変わっていることも事実です。
土地から得られる収入に税をかけて軍事力を維持するのが基本的な領地の構造です。
その収入を外交や不足品の購入などにも使う必要がありました。
鉄製品の原料など、産地が限られる必需品はありましたから、そういう物資を算出する土地は価値を高く見られていました。
領地の規模が小さいために、そういった取引の規模も小さく、一次生産品を生み出す土地こそが何よりの財産でした。
平和な世界ですね。
しかしそううまくは行きませんでした。
災害。疫病。戦。不作。
農業中心の社会は弱点が多かった。
土地や人口、作物へのダメージによって収入が減る事があります。そうなると財産を切り崩したり、借金したりして補填しなければなりません。
多くの領主は借金や他の裕福な領主への借りで首が回らなくなりました。
それを補うためにあらゆるものに税をかけます。
それによって民の生活は苦しくなりました。
これが一般的な中世序盤の領地生活って感じですね。
見てきたようなことを言ってますが、教わった程度のことなので抜山違いもあるかもしれませんが。
「この調子で徐々に消耗して消えるということか」
いえ、もっといろいろありましたね。
まずはそうですね、領主にカネを貸して苦しめる商人について話しましょうか。
宗教以外の蓄財は罪とは言わずとも悪徳でした。
なぜなら清貧が是とされるからです。
なのでカネを稼ぐことに命を懸ける商人という存在は邪悪で卑賤な物でした。
物を右から左へ運ぶだけのやつらが裕福になるなんて許せませんよね。
カネを貸すだけで利息を取ろうとするなんて邪悪ですよね。利息なんて禁止しなければ。借金なんて権力による命令でチャラにしてもいいですね。
と考えられていたんですが、それは大きな誤りでした。
商人について考えてみましょう。
彼らの生計の立て方は、必要なものを必要な場所に移動することで差益を得るというものです。つまり輸送ですね。
それならば、買った時の値段にせいぜい人件費を加えた価格で提供するのが当たり前でしょうか?
はい、そんなわけないですね。
商業は農業などの一次産業と比べると非常に不安定な産業です。
まず商人は土地を持っていません。店とかそういうことではなく。安定した収入源という意味でね。
当時の主要産業は農業であるわけですから、一番強いのは農業ですよね。
領主も、国も、宗教も、農業という土台の上に立っていました。
土地は資源も、社会的信用も、統治の正当性も、軍事力も産む最強のリソースだったわけです。
商人はそれを持っていませんから、頼れるのは身一つ。
そしてカネ。
カネは持っているだけでは増えないので、増やす必要があります。
モデルを考えてください。
人がいます。
人一人が生きるには毎日カネが必要です。厳密には様々な、食料とかですけど、一つ一つ上げていくときりがないんで一旦カネに換算してもらって。
あ、具体的に教えてもらわなくてもいいですよ。頭の中で認識してください。
その金額が一人当たりの最低限の人件費です。
100人いれば100人分。
一人なら一人分。
毎日減っていくのだと考えてください。
土地があれば耕して作物を植えて食料を生み出して食糧費の代わりになってくれますね。
余った作物を売って他の物資も買えます。
農民や領主はそうやって生きています。
商人はそれができないのでもっと積極的にお金を稼がなければ死にます。
稼ぐためにはどうすればいいか。
領主さまに余った物資を売ってもらい、別の高く買ってくれる相手に売って差額を得ることです。
なんで高く買ってくれるのか。
まず商人はそれを知らないと始まらない。
不作だったとかそもそも足りないとかいろいろ理由はありますよね。
さて、そういう情報を得ました。
では運びましょう。
なんでもいいんですが、仮に穀物としましょうか。
目的地に運ぶのに10日かかるとします。
まずこの時点で、その穀物に10日分の人件費がかかりますね?
じゃあ、目的地で穀物の仕入れ値プラス10日分の人件費で売って生活できますか?
「できないのだな?」
できませんね。
だって関所がありますもん。
「なるほど、確かに」
関所で通行税として1割取られるとしましょう。
2つ関所を通ります。
9割の9割で8割1分に減りましたね。
ああ、それから、売り上げた額の1割を宗教に収めなければいけません。
それも加味しましょうね。
「どんどん減っていくではないか。それに複雑になっていくな」
複雑なんですよ。
これは未来でも変わりませんが
そうやって確実にかかる費用だけでもたくさんあるわけなので、安く売っては商人は食っていくことすらできないわけです。
ではこの商人はこのギリギリの価格で売り買いをしました。限界の値段ですね。
彼は生きて行けるでしょうか?
「ギリギリとはいえ、人件費分、つまり自身の生活費分は稼げているのだから、生きて行けるのではないか? と言わせたいのだな?」
その通りです。
つまり早晩死にますね。
彼が通る街道は10回に1回くらい盗賊が現れて商人を襲っていました。何度も荷を運んでいた彼はついに遭遇し、命は助かりましたが無一文に。商人はおしまいです。
後だし情報はずるいですか?
そうですね。
世の中は知らなければ損をすることが多いです。この商人は知らないことで命という財産を失ったのでした。
つまり商人は多くの情報を得て活用しつつ、多くのリスクを背負わなければ成立しない職業なんです。
何か一つ間違えばすべてを失います。
先ほどの商人の、今出ている情報だけで考えた場合、買い取った際の約1.5倍に人件費12から13日分程度加算した価格で売らなければ利益が出ない計算で、売り上げの1割分を安全なところに貯金しておいて、10回に1回が最後に来ればギリギリいきのびることができるのかな。
そういう活動です。実際はもっと多くの費用やリスクがあって、この程度の価格の差では成立しません。
治安が悪ければ悪いほど、価格は上がります。関所が多ければ多いほど。税が多ければ多いほど。
もちろん価格を下げるための知恵もありますが、仕入れ値の五倍や十倍で売っているとしてもぼったくりとは限らない、何なら良心的の場合すらあるかもしれません。
次も商人の話ですかね。
※記録者注
生活にかかる費用をまとめて人件費とするのはいささか乱暴ではないか。
商人はもっと悪辣でずるがしこい者ではないか。そのようなギリギリの商売などしないだろう。
お気に入りと評価してくれたらうれしいな。




