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そして3
楽しい話もした方がいいと思ったので娯楽の話をします。
豊かになると、娯楽に余力を使うことができるようになります。
というよりも、娯楽がなければ社会を維持できなくなります。
「なぜだ」
ひとつはモチベーション、士気の問題です。
豊かになることで、生存という最大のモチベーションが失われます。そんなに頑張らなくても生きていけますからね。
そうなったとき、時間と余力の向ける先がなくなると無気力になります。
あるいは、余計なことを企み始めます。
娯楽はこれを抑制します。
快楽、楽しいということはそれ自体がモチベーションとなりますので。
また、楽しみがなければ不満をため込みます。それは施政者に向きます。
パンとサーカスという言葉があります。
古代の言葉で、食事と娯楽があれば市民は満足して大人しく統治されるというような言葉ですね。これ前言ったような……どうでしたっけ?
次は経済活動としてです。
一定の技術、経済の発展の先に、必需品の飽和に辿り着きます。
生きるに十分な物資が満たされることは豊かさそのものですね。
そして必需品の質を上げる贅沢を始めますが、発展の過程で娯楽に目を付けます。
コストをかける先としてですね。
そして、それ自体が産業になります。
新たな産業はさらなる技術や経済の発展につながります。
そこに進出先があるなら進出するのが資本主義です。
娯楽は楽しいのでカネになるわけです。
続けて、余力の蓄積としての娯楽産業です。
必需品が飽和したとして、その産業は「必需」ですよね。
国民が生活するのに必要十分な規模ということです。
その他、政治であったり、国の維持に必要な分野にヒト、モノ、カネが必要です。
平時はそれでいいでしょう。
ですが戦時体制になるとどうなるでしょうか。
平時と戦時では必要な人の配分が変わります。
しかし、最低限必要な人員は動かせません。
必需品の生産や、国の維持に必要な労働に関わる人々ですね。
流動的に運用する余力が必要です。
それはどこから抽出されるべきか。
「娯楽産業がそれにあたるというわけか」
正しくは娯楽産業がその一例、ですね。
それから、技術発展のパワーとしても娯楽は重要です。
戦争が技術を発展させるということは以前も述べました。
生存欲求は何にも勝る発展の圧力を生むでしょう。
ではその次は?
娯楽もまた技術を発展させました。
一例を挙げると性欲に関わる娯楽ですね。
動画、動く絵という意味ですが、これが生まれた際、普及を最も後押ししたのが性的な動画を収めた媒体を手に入れるためだと言われています。
性以外でもですね、人間は苦痛より快楽に弱い。
楽しいことのために非合理的な判断をする生き物です。心当たりはないですか? 酒や賭博で身を持ち崩した人とか。
娯楽に耽溺するのはいいこととは言えませんが、適度に自制できるならストレスを解消し、生きる意欲につながります。
そして、非合理な部分は、戦争で発達するのとは別の方向性で技術発展に寄与する可能性を秘めています。
戦いに関する技術は合理の塊ですから、試行錯誤や迷走はあってもやはり方向性が偏ります。
遊び心がそういった技術の幅を広げたり、別方向の技術を開発・発見したりすることもあるわけです。
それから、子供がやるごっこ遊びがありますよね。
あれを昇華して、教育に使うということがありました。
座学と実践の間ですね。
戦争する前に軍事演習をしますよね。
それと似たような感じです。
問題の発見や修正の訓練として役に立ちます。
新しい状況に対して頭を柔らかくして対応する練習にもなりますね。
え、賭博ですか?
あらゆるものを賭博にする国があったり、禁止されている国があったりしましたね。
禁止は身を持ち崩すからです。
さらに悪党の組織の収入源にされやすいこともありました。
ただ、完全に禁止すると隠れてやるだけなので、公営の賭博場がありました。
あとは法の穴をついた理屈で堂々と運営してるのになぜか修正法が作られず続いている賭博場もありましたね。あれは癒着だと思いますが。
酒を禁止した国もありましたが、隠れて流通して世紀の悪法と呼ばれてました。
依存性がある快楽を禁止するなら少しずつ時間をかけないと不可能ということじゃないでしょうか。
健全とされる娯楽といえばスポーツがあります。
ルールの下で行われる競技ですね。
体を動かすのは楽しいですし、鍛えられますのでいろいろとよいです。
国家の威信をかけて競い合うようなこともありました。
その観戦も娯楽でしたね。
人が全力で頑張っている姿は何にしても心を打たれるということだと思います。
ほかにもクイズなどですね。知識や発想力を競う知的競技です。
賞金を付けるなどすれば自発的に勉強をしてくれますよ。
物語ももちろん娯楽になります。
情報があふれる時代になると大量の物語が生み出されました。
あれらの一部は将来発掘されて当時の事実と勘違いされたりするんでしょうかね。
通信や輸送技術によって、情報発信が容易になるほど、入力も出力も容易になります。
言語教育も施されていれば、誰でも物語を生み出せるわけですね。
娯楽もまた飽和していきます。それを享受する人間の時間のほうが限られているので。
飽和したものは価値が下がって、質の良いものしか取り上げられなくなり、すそ野が失われて行ってしまうのです。
しかし新しい媒体が作られてそちらに移っていく。
娯楽の次の産業の発展余地は一体何になるでしょうね。
時間が足りなくてそれ以上は伸びることができないのでしょうか。
※記録者注
雑談となったので中断。
お気に入りと評価してくれたらうれしいな。




