024 近代4
最初に、殿下ありがとうございます、ようやく少しだけ扱えるようになってきました。ね、風が涼しいでしょう。あ、すみません紙が飛びますね、やめます。
紙は大事な情報媒体ですよね。軽くて重ねられるから場所を取りにくい。
古代から情報は大事だと伝わってきました。
通信が発達すると、その情報がどんどん増えていきます。
裏付けを取る時間が足りないほどですね。
需要としては国家運営、とりわけ軍事に関わる情報ですが、民間ではまず先物に関わる情報が情報の速さを求められました。
逆に正確さが求められる情報というのもあります。
「どんな情報も正確である方がよかろう?」
敵の工作員は逆ですね。混乱させたいので。
はい。
民主主義において、政治に関する情報ですね。
これが非常に重視されます。
国民に主権がある以上、重要な情報が欠けていては正しい判断が出来なくなりますので。
政治に関する情報というのはつまりこの世の全てです。
すべて国民が正しく多くの情報を取得し、分析し、判断を下せるかというと、それは絵空事、夢の世界でしょう。
考慮すべき情報も多ければ前提とする情報も多く教育の時間がいくらあっても足りません。かつてそれに特化していた特権階級のなかにも出来不出来があったことからも自明です。
ですので志向が近い代表者に託して細かな判断は任せて政治に反映させる議会制民主主義になっていったわけですが。
そうして代表者を選挙で選ぶわけですが、代表者がどういう人物なのかを知る必要がありますね。
加えて、詳細はともかく世にある情報の概要程度は把握しておかなければなりません。
そうでないと誰に任せるのが自分にとって良いのかも判断できませんからね。
そういうとき、情報を得る媒体が必要なわけです。それが対不特定多数の情報発信機関の役目ということで、マスメディアと呼ばれていたんですが。
まあ時代としては新聞ですよね。
紙媒体の日刊紙が一般国民が得られる情報源でした。
掲示する形もありましたし、配布する者もありました。
大量に印刷して、大量に配布するわけですから、紙も印刷技術も輸送技術も必要ですし、執筆する物書き、それに当然情報を集める通信手段も必要なので、十分な規模でやろうとするとなかなか技術力が土台に必要ですね。
しかしですね。
こういった事業も資本主義の影響を受けるんですね。
情報発信事業の本来の価値というのは正確性、早さ、量と言ったところでしょう。
しかし、初期にはそれがありませんでした。
何より事業として成立させるには十分な収益が必要です。
しかし、真面目な記事は売れにくいんですね。
販売数を増やさなければ儲かるどころか維持もできない。
そこで刺激的な記事、たとえば権力者や有名人のスキャンダルだとか、しょうもないゴシップだとかで紙面が埋まっていきました。そういう娯楽性が高くなければ売れなかった。
売れるほうになびくのが資本主義のいいところであり、悪いところでもありますので。
嘘、大袈裟、紛らわしい、そんな新聞ばかりの時期がありました。
政治家がネタになるようなことをしたら大袈裟にかきたててこき下ろしたりするので、第四の権力のような言い方もされたりしました。これは場合によっては有益なんですけど。
ついでに言えば敵国の工作員がね、煽ることもあったかもしれません。
正確な情報を主権者に与えないことは国の足を引っ張ることになりますので。
その後、みんながそんなしょうもない情報に飽きてきたころに、正確な情報を売りにしたビジネスモデルが登場しました。
安かろう悪かろうではなく、必要とする情報を必要な相手に届けることを重視したんですね。先物情報とか。ビジネス情報とか。
その中で情報発信に関する倫理みたいな考えも生まれてきました。
そして人々は正確で速い情報を十分得ることができるようには、まあならないんですけど。
情報を発信したい者が新聞に乗っかるんです。
国などの組織やどこかしらの工作員なんかですね。
欺瞞情報の発信や情報の隠蔽などに新聞を利用することも起きるようになりました。これは前からあったんですが、さらに、です。
特に戦時中やその前夜ですね。
国民の士気高揚のために選別された情報のみを発信するだとか、敵国の悪評をでっち上げて戦意を高めたりだとかですね。
国の権力が強い時はとくにそうなってしまいますよね。
商売できなくなったら元も子もないので。
戦後になって捏造がばれると、マスメディアへの信頼は失われます。
何度でも言いますが、情報発信事業の本来の価値というのは正確性、早さ、量です。
嘘や誇張、捏造、情報を流すのも、流すべき情報を流さないのも、事業の価値を貶める行為であるわけです。
自らが扱う商品の価値を下げるのは合理性を欠く行為でしょう。
だからそんなことをするはずがないと思いますか?
答えは条件が揃えばいくらでもやる、ですね。
自由主義、資本主義の悪いところです。
善意を前提としたシステムは悪意に弱すぎる。
マスメディアは政治を監視するという機能を自認していました。
情報発信を一手に握っているということは、選挙に多大な影響を与えることが可能なんですよね。
選挙に必要な情報を与えるのが役割の一つであるわけですから。
国の規模が大きくなると個人での十分な情報収集は不可能です
ですから、マスメディアは政治に対して権力を持っていると、第四の権力者と言ったのはのちの時代まで続いていました。
逆にマスメディアを抑えられるものは何があるでしょうか。
何もないんですよね。
あえて言えば自浄作用に期待するくらいで。それは善意に期待しすぎです。
あるとすれば資本主義であれば共通の効力がある不買という手段くらいです。国民がその新聞を買わなければつぶれますから。
ですが、情報を与えるのはマスメディア側です。
おかしくないかという情報を広めることができないので止めようがない。
さて、一方的な力を持った存在はどうなるでしょうか。
いつも通りですね。
民主主義、自由主義、資本主義、国民主権、人権重視という時代、一定までの通信技術ですと、マスメディアが一強状態になりまして、それでも内部で競争していればまだマシなんですが、もしもそこがつるんだら。もうあとはわかり切った結果にしかならないわけです。
さらに、国同士の間では常に工作員が足を引っ張ろうと活動しています。
そんな強力な権力を見逃すはずがありません。
なんてことを言う人がいると、陰謀論だ恥ずかしい奴めとみんなで叩くんですね。
と、これが民主国家の弱点、衆愚化の例でもあります。
怠惰だけが理由ではなく、情報の絶対量が増えた時代になると、情報が制限されている状態では正しい判断が出来ません。
国が情報を発信すればいいという考えもあるでしょう。
しかしそれはですね、コストが莫大になってしまうんですね。
それは税金で賄うことになります。増税ですね。国民は増税が大嫌いなので。そんなこと言いだしたら選挙に落ちちゃう。
さらに言えば国ですら、信用できるかというと難しいところです。事実として過去に情報操作をやってますしね。
ええ、わかります、だからと言って他国の工作員に踊らされる余地を作るのはどうなのかと。
これについては巧妙で悪辣な歴史がありまして。
まあつまるところ、これも以前に述べたことですが、法は悪用されたり抜け穴を利用されるんですね。
そしてバレなければ追及もできないという欠陥も。
敵国の工作員であればなおさらで、悪いやつは無限に悪いことをしようと工夫しますし、それを防ごうとしても後手後手になってしまうんです。
それでも限度があるだろうという事例もありますが。
まあ情報が重要すぎるということと、民主主義は不完全で脆弱なので健全でいるためだけでも不断の努力が必要ということでしょうか。今回は今まで以上に中身が少なくて申し訳ないです。
これは感想なんですが、古代から情報の重要性を説いていた偉人は本当恐るべき慧眼ですよね。
※記録者注
再度。転移者は本人のいう所の性悪説支持者であろうから情報抽出の差異は気をつけるように。
お気に入りと評価してくれたらうれしいな。




