019 近世5
※記録者注
この先はここまでの資料よりも危険性が高いため扱いをまちがえないよう。
異世界の歴史にすぎない点。前提条件が違う。
一足飛びに進む弊害が出うる点。
検証がより難しい点。
流出、それも半端なものが特に危険。
それでは続きをはじめますね。
近世から近代にむけて、革命と呼ばれる歴史的流れがいくつか言われています。
そのうち一つは中世から近世につながることになった宗教革命です。
先日お話しした、原点回帰派が生まれて、旧来の権威が下がった件ですね。
宗教対立がきっかけとなった長い戦争の中で、世俗権力の都合が優先されるようになったことで、宗教の力の低下が明確になりました。
新しい派閥と旧来の派閥は互いの存在を認め、領主の信じる派閥がその地域の派閥となるという条約を交わして和解。
こうして、かつては王を破門することもあった宗教権威は、第二の選択肢が生まれた時点でその影響力が下がっていき、のちには政教分離が定番となりました。宗教は世俗権力に関わらず人々の心を支える本来の役目を全うすべしと。
一つは古来からの王権が市民によって打倒された市民革命です。
今回はそちらをお話ししたいと思います。
まずおさらいですが、商業の発展と常備軍によって、諸侯の力が低下しました。
次に台頭してきたのが王と資本家です。
資本家は、つまりおカネを持っていて、おカネを使ってお金を稼いでいる人です。
交易船や事業に出資して見返りを得るなどが代表的ですね。
また、銃の登場により、平民も武力を得ることになりました。
そういった流れと平行して、哲学が発展します。
これは宗教の力が衰えたことからも産まれた流れでしょう。
権威よりも理性によって世界を見るという考えが流行します。
これと前後して、様々な発見があり、発明があったのですが、この流れを科学革命と呼ぶ向きもあります。
宗教的世界観から、目の前の現実を観測し、その結果から生まれた知識や技術が世界に広まっていくことで、彼らは自分たちの正しさを裏付けることができたでしょう。
そんなか、人間とは何か、人々はどう生きるべきか、社会とは何か、などという観点からも考察を深められていきました。
王や諸侯、宗教による支配の正当性はどこから来たのか、とか。
自分たちが権力者に収奪されているのは正しいことなのか、とか。
合理的でないものを改善していくとより良い世界になっていくだろうとか。
このころから思想がどんどん深化していってよく勉強しないとわかんなくなっていきます。
世界のすべてが研究と考察の対象となって、これは自然科学の探求と結びつき、というか順番的には逆なのかな。以降の発展の原動力になりますが一旦置いておいて。
当時の人たちは人権について考察していきました。
古代からあるにはありましたが、あまり顧みられなかったものです。
人が持つ権利。その中でも、自然権という生まれながらに持っている権利があるというものです。これは時代によって追加されていきます。おもに、平民の力が強くなるほど権利が拡張されていきましたが、はじめはささやかで、支配者から与えられるものでした。
法の下で平等に扱われる権利。これは法を制定できる側にとって有利ではありますが、一応身分で扱いが変わらないという重要な権利です。
権力者の権限が制限され、法の力が強くなったとも言えますね。
さらに考察が深まった結果、自然権という考えが出てきたわけです。
生命と、自由と、財産の権利です。
これははじめ、絶対王政を補強するための考えでした。
「王権の補強とは逆の立場に見えるな」
自分もそう思いましたね。
しかし、発想を逆転します。
個人では権利を守ることができないのだと。
守られるべきであることと、実際に守れることは別の問題です。それが通るなら世の中に犯罪者はいません。
「治安維持にはまとまった武力が必要ということか」
まさにそれですね。
そしてその武力の維持には予算が必要。
実際に武力を行使する際には命の危険もありますね。
危険から遠ざけるために自由を侵すこともあるでしょう。
三つの権利を守るために、権力者に一部委任する。という契約を結ぶという考えです。
権力者はつまり王ですね。
「だがそれには穴があるな」
そうですね。
委任先が王である必要はありません。
また、委任先が暴走した場合、止める理屈がありません。
これに対し、王は王権は神に与えられたものであるという説を唱えて正当性を主張しました。
が、これは時流に逆流していますよね。
委任先の暴走については抵抗権という概念が生まれ、制度によって補強されました。
そして、人は幸福に生きる権利があるという考えが先進国で主流となっていきます。
平民が力を持つと、おそらくそうなるのでしょう。
この流れと平行し、法についても考察が深められていきます。
人があるべき姿が見いだされていくことで、それを誰もが享受できるための法の姿も考え出されていきました。
それらの中にある平等という要素が、身分制度とは対立することになります。
これまでの治世の反動として、平等という言葉は抑圧されていた層に浸透していきました。
「それではついに、か」
そうです。
最大の絶対王政国家は不満をため込んだ市民によって打倒されることになりました。
きっかけは今まで話した以外にもあります。
思想、身分制の行き詰まり、そして財政も行き詰っていました。
「商業を振興させていたのにか?」
ライバル国家の植民地が独立戦争を起こしまして、独立側に協力したんですね。
その独立した国というのは人権を掲げ、人民主権国家として独立に成功したんですが。
戦費による財政圧迫を新規課税で解決しようとしたところなんやかんやで暴動が起きました。
まさか独立と同じ年にそれを助けた国で革命が起きるとは思いませんよね。
「主権とはなんだ?」
国家が持つ最高権力という概念です。他国から独立し、国家を統治し、そして国家を支配する権限といいますか。
王がこれを持っているので国で一番偉いんだよという主張でした。
翻って、平等という視点から主権を考える時、人民が主権を持つということになるわけですね。
ここからは民主的勢力と既得権層、王や諸侯の綱引きで、落としどころがどこになるかで体制が若干変わりますが、先進国は議会制民主主義を中心とした国民主権国家が主流となっていきました。
国民国家については少し後にまわして、次回はもう一つの革命についてを離したいと思います。
※記録者注
同紙冒頭を再確認。
お気に入りと評価してくれたらうれしいな。




