怪しい影と夜の散歩
夜の屋敷は、昼間とはまるで別世界のようだった。廊下の絨毯は静まり返り、窓の外からは冷たい風が吹き込み、木々の葉がざわめく音が微かに聞こえる。私は、夜の散歩を勧められた。理由は簡単、ゾンビの嗅覚や感覚を慣らす訓練だという。けれども、まだ慣れない夜の静けさに、心臓が少し早く打つ。
「お嬢様、足元にお気をつけください」
執事の声が背後から響く。ドレスの裾を少し持ち上げ、静かに廊下を歩く。腐敗した足は床に触れるたびに微かにぎこちなく、歩く音が反響している。夜の薄暗さの中で、自分の影が長く伸び、まるでゾンビとしての自分が二重に存在するような錯覚に陥った。
庭に出ると、月明かりが水面に反射し、幻想的な景色が広がっていた。冷たい空気を吸い込み、私の鼻は腐敗した匂いと外界の新鮮な空気を同時に感じ取る。普段なら美しいと感じる庭も、ゾンビの感覚では微かに血の匂いを感じ、異様に敏感になる。
そのとき、ふと気配を感じた。木陰に、何者かの影が揺れる。思わず立ち止まり、目を凝らす。心臓が早鐘のように打つ。影は一瞬姿を現したかと思うと、すぐに消えた。
「誰……?」
小さくつぶやくが、声も届かないほど静寂が支配している。執事がそっと私の腕に手を置く。「お嬢様、この屋敷には、普通ではない訪問者が時折現れることがあります。しかし、心配は無用です。私たちがしっかり見守ります」
その言葉に、少しだけ心が落ち着く。しかし、好奇心も同時に芽生えた。誰が、何のために現れるのか——ゾンビとなった私だからこそ感じ取れる何かがあるのかもしれない。庭の影をじっと見つめながら、私は少しずつ歩みを進める。
散歩を続ける中で、夜の空気の冷たさ、木々のざわめき、遠くで聞こえる動物の声——すべてが私の感覚を研ぎ澄ませ、普段の生活では味わえない世界を見せてくれる。腐敗した体の感覚と、お嬢様としての優雅な所作のギャップは、まだ完全には馴染まないが、少しずつ調和し始めている気がした。
「この世界にも、まだまだ知らないことがある」
そう心の中でつぶやきながら、私は夜の庭を歩いた。腐敗と華やかさの間で揺れる自分を感じつつ、少しずつ、自分の存在を受け入れていく夜の散歩だった。




