鏡の前の葛藤
朝食を終え、私は自室の大きな鏡の前に立った。光が差し込む窓際で、鏡の中の自分とじっと見つめ合う。灰色の肌、血色のない頬、ひび割れた指先——その全てが、かつての私とはまるで違う姿だった。胸がぎゅっと締め付けられる。
「これが……私?」
声に出してつぶやくが、口から漏れるのはかすれた呻きだけ。視線を下ろすと、ドレスの華やかなフリルが体を包み、異常に滑らかで美しい布地が肌に触れている。しかし、その触感が逆に自分の腐敗した体を際立たせる。目の前の光景は悲しくもあり、滑稽でもある——自分の姿があまりにアンバランスで、思わず肩をすくめた。
執事が静かに部屋に入ってきた。「お嬢様、今日もお着替えの準備は整っております」
その声を聞くと、私は自分がまだ日常生活に戻るチャンスを与えられていることを思い出す。しかし、鏡の中のゾンビ姿は、どうしても受け入れがたい。生前ならただの朝の光景でしかなかったドレスの美しさも、今は自分の異形さを際立たせる道具にしか見えない。
鏡の前で悩んでいると、ふと指先に違和感を覚えた。ひび割れた爪がドレスの布地を引っかけ、刺繍がわずかに裂けてしまったのだ。「あ……やっぱり、私には無理なのかも」
涙がこぼれそうになる。しかし、執事の穏やかな声が私を現実に引き戻す。「お嬢様、完璧である必要はありません。重要なのは、お嬢様として努力する心です」
その言葉に、私は小さく頷く。腐敗した体とお嬢様の生活のギャップは、笑い飛ばせるものではないけれど、努力と工夫で少しずつ埋められるかもしれない——そんな希望が、心の奥底に芽生えた。
鏡の中の自分をもう一度見つめる。ゾンビの顔とドレスの華やかさは、まだ完全には調和していない。でも、今日から少しずつ、この異形の体で生きる方法を見つける。倒れそうになったり、失敗したり、笑われたりする日もあるかもしれない。でも、それでも——生きて、学んで、そしてお嬢様として輝く。
私は息を整え、鏡に向かって小さく微笑んだ。腐敗した体であっても、希望と努力を胸に抱く限り、私はお嬢様として生きられる。鏡の中の自分と手を合わせ、静かに誓う。「ゾンビでも、私はお嬢様としてやっていく」
その瞬間、少しだけ自分が大人になったような気がした。腐敗と華やかさの間で揺れる心の葛藤は、まだ完全には消えないけれど、それでも希望は確かにここにある——そう感じられる鏡の前の朝だった。




