紅に染まる屋敷
屋敷の朝は、静寂という名の重さに覆われていた。冷たい石畳に一歩踏み出すたび、腐敗した体の軋む音が微かに響く。指先は硬く、ひび割れた皮膚は朝の光にわずかにぎらつく。まだ完全には乾ききらず、血の色を帯びた部分が生々しく目に映る。息はできない。心臓はもう動かない。でも胸の奥に微かな感覚が残っていて、それが鼓動のように私を揺さぶる。
階段を下りると、使用人たちの視線が私を貫いた。驚き、恐怖、好奇心。混ざり合った感情が、空気を刺すように重い。彼らは口をつぐんだまま、私を避ける。私は微かに首をすくめ、足音を忍ばせて歩く。硬くなった膝がぎしぎしと音を立て、全身の腐敗した感触が増幅される。まるで自分が、ただの異物としてそこに存在していることを教えられているようだ。
庭に出ると、風が冷たく肌を撫でる。寒さは心地よくもあり、痛くもある。腐敗した皮膚が空気に触れると、微かに乾燥の匂いが漂い、花壇の腐葉土の香りと混ざり合う。視界の隅で、木の影がゆらりと揺れる。まるで誰かが私を見ているような気配がした。
友達はまだ現れない。昨夜の約束——朝焼けに溶ける約束——は、今ここでは色褪せて見える。友達がいれば、まだ温かさがあったのに。私は冷たい指先を握りしめ、胸の奥で微かな感覚を確かめる。生きていない体でも、「存在している」という確信はまだ消えずに残っていた。
突然、廊下の奥から小さな声が聞こえる。使用人のひとりが、恐る恐る呼びかける声。「……お嬢様……大丈夫ですか?」。私は無言でうなずく。声を返すだけで、軋む体がさらに冷たく感じる。使用人は目を伏せ、距離を保ったまま去っていった。恐怖と好奇心が混じった空気に、胸の奥がざわつく。
屋敷の奥の図書室へ向かう。階段を降り、廊下を進むたび、硬く乾いた皮膚が石畳に擦れる音が響く。空気はひんやりとしていて、息ができない私の体に微かな振動として届く。机や椅子、書物——すべてが異世界のように遠く、手を伸ばせば触れられそうで届かない。
図書室に入ると、埃と紙の匂いが漂う。静寂は心地よいが、同時に孤独を強く感じさせる。私は棚の前に立ち、指先で古い本をそっと触れる。皮膚がひび割れて硬く、表面の紙に微かに傷をつける。腐敗した手と古い紙の接触感——冷たく乾いた感触が、私を現実に引き戻す。
外から風が吹き込み、カーテンが揺れる。光が差し込み、埃が舞う。腐敗した体の隙間に、光が柔らかく触れる瞬間、私はわずかに息をつく。生きていない体でも、光や風の感覚は残る。胸の奥に、小さな感情の波が立つ。恐怖、孤独、そしてかすかな希望。
突然、物音がして振り返る。庭の窓の外で、影が揺れる。人間か、それとも何か別の存在か。私は指先で本を握り、腐敗した関節の軋みを感じながら、静かにその影を見つめる。目が合う——その瞬間、冷たさと硬さが全身に広がる。生きていない体であることを、再び突きつけられた感覚だった。
影は動かず、ただこちらを見ている。恐怖と好奇心が混ざり合い、胸の奥で微かな鼓動のような感覚が響く。生きていない体で、誰かに見つめられることの意味。孤独と存在の実感が同時に押し寄せ、私はゆっくりと息をつく。
図書室を出ると、庭の光が差し込み、腐敗した肌に反射する。冷たさ、硬さ、軋み——すべてが私の一部であり、否定できない現実だ。それでも、歩き続ける。孤独の中でも、胸の奥に微かな希望が残っているからだ。誰かと歩きたい——その想いだけが、腐敗の中で微かに生きていた。
朝日が屋敷を赤く染める。光と影が交錯する中、私は一歩を踏み出す。冷たい足、硬い関節、ひび割れた皮膚——すべてが、崩壊の前触れであり、同時に生の証でもある。屋敷の闇と光が、私の存在を映す鏡のように揺れ動く。
腐敗と孤独、冷たさと微かな温もり——それが私の今。屋敷は紅く染まり、物語は静かに、しかし確実に崩壊の道へと進み始めた。




