はじめてのドレスの試着
朝の光が寝室のカーテン越しに差し込むと、私の目はゆっくりと覚めた。昨夜の出来事——自分がゾンビになったこと、執事に迎えられたこと——が夢ではなかったと、改めて現実を噛みしめる。眠っていた間も体が微かに腐敗臭を放っていたらしく、鼻の奥に不快な匂いが漂い、思わず顔をしかめた。
そのまま寝室のドアが開き、メイドたちが入ってきた。「お嬢様、お着替えのご用意ができましたわ」
私は視線を手元に落とす。手はまだ灰色のまま、指先のひび割れが生々しい。あの華奢で可憐な手が、今では腐敗の影をまとっている。メイドたちは一瞬目を伏せたが、すぐに柔らかな笑みで接してくれた。「大丈夫ですわ、お嬢様。私たちがきちんとサポートいたします」
そう言われて、私は大きく息を吸い、ドレスの山に手を伸ばす。薄いシルク、繊細な刺繍、フリルの装飾……すべてが今の私には異世界のように感じられた。腕を通すと、布地が肌に触れてひんやりとした感触が伝わる。しかし、腐敗した指先は布に引っかかり、軽く裂けそうになった。「あっ、ごめんなさい!」思わず声を上げると、メイドが手早くドレスの端を押さえ、冷静に補修してくれる。
「お嬢様、焦らなくて大丈夫ですわ。ゆっくりで結構です」
その言葉に少し安心して、もう一度腕を通す。今度は何とかうまくいき、スカートを広げると、ドレスの華やかさに自分が少し溶け込んだ気がした。だが、鏡の前に立つと、ゾンビの顔が映り込む。灰色の肌、血色のない頬、乾いた唇……それでもドレスは完璧に似合うはずだと思い込もうとする。
「お嬢様、少し歩いてみてください」
執事の声に促され、ゆっくりと歩き出す。足の感覚が鈍く、フロアに触れるたびにぎこちない音が響く。ドレスの裾がひざ下でまとまりきらず、何度も踏みそうになる。ああ、これが普通のお嬢様なら、絶対に起きない失敗だ——と思うと、少し切なくなる。
しかし、メイドがそっと手を添え、執事が微笑みながら見守ってくれる。何度も転びそうになりながら、私はゆっくりと優雅な歩き方を体に覚えさせていった。腐敗した体と華やかなドレスのギャップは、笑えて、悲しくて、でもどこか誇らしい気持ちも芽生える。
試着が終わると、メイドは満足そうにうなずき、執事は静かに「お嬢様、お似合いです」と告げる。私は鏡を見つめながら、初めて少し自信を持てた。腐敗した体でも、私にはお嬢様としての生活が始まった——そう実感できた瞬間だった。
窓の外には朝日が輝き、屋敷の庭が金色に染まっている。ゾンビとしての自分とお嬢様としての自分が交錯する中、私は心の中で小さくつぶやいた。「今日から、ここで生きるんだ——ゾンビでも、お嬢様として」
初めてのドレス試着は、少し滑稽で、少し切なく、でも希望に満ちた一日を予感させる出来事だった。




