夜の中庭で聞こえた心の声
夜の校舎は、昼とはまるで違う顔を見せていた。
月明かりが窓を伝って床に銀色の光を落とし、静けさがあたりを包み込む。
私はゆっくりと廊下を歩いた。腐敗した関節が、かすかに軋む。
けれど、その音さえも今夜は優しいリズムのように感じられる。
中庭の扉を押し開けると、夜風が頬を撫でた。
冷たい風——でも、それが心地いい。
腐敗した皮膚が夜気にさらされるたび、なぜだか“生きてる”ような気がした。
中庭の真ん中に一本の大きな木が立っていた。
枝の先に月光がこぼれて、地面に細やかな光の模様を描いている。
その下に、彼女——友達が座っていた。
「来てくれると思ってた」
彼女は笑いながら言った。その声は柔らかく、夜気よりも温かかった。
私は彼女の隣に座る。腐敗体のせいで、動くたびに少し土の匂いがするけれど、
彼女は何も言わず、ただ静かに寄り添ってくれる。
「ねぇ、最近、夢を見るの」
私はぽつりと話し始めた。
「夢の中で私はまだ生きてて……ピアノを弾いてる。風がカーテンを揺らして、みんな笑ってる。
でも、目が覚めると——腐ってるの」
その言葉に、少しだけ笑いが混ざった。
悲しいのか、可笑しいのか、自分でもわからなかった。
彼女はしばらく黙って、夜空を見上げていた。
やがて小さく言った。「……それでも、夢を見られるって、すごいことだよ」
私はその言葉を胸の奥で転がす。
“腐っていても夢を見る”。
“動かない心臓でも、まだ想いは生きている”。
そう思うと、胸の中で何かがぽっと灯った。
それは、ほんのかすかな“ぬくもり”のようなものだった。
彼女がそっと私の手を握る。
冷たい。腐敗していて、少し硬い手。
でも彼女は、指を離さなかった。
「ねぇ、あたしね、あなたの手、けっこう好きだよ」
「え……?」
「冷たいけど、安心する。変に温かいより、正直で優しい」
胸の奥がきゅっと鳴った。
腐敗した心臓が動いた気がした。
生きてはいないはずなのに、確かに“何か”が震えている。
月明かりが私たちを照らす。
白い光の中で、私の影はわずかに揺れ、まるで人間のときの姿と重なって見えた。
どこか懐かしい。
私はそっと呟いた。
「……腐ってても、心は動くんだね」
「うん。だってそれは、あなたの一番きれいなところだから」
風がふわりと吹き抜け、木の葉がざわめく。
その音がまるで夜の子守唄みたいに優しく響く。
二人でただ空を見上げたまま、言葉を交わさずにいた。
静けさが心に沁みていく。
腐った体でも、確かに今、私は生きていた。




