ゾンビとしての目覚め
目が覚めた瞬間、世界は思ったよりも暗く、そして湿っていた。呼吸をするたび、鼻の奥に嫌な匂いが広がり、吐き気を催す。指先を見下ろすと、そこには灰色がかった皮膚と、ひび割れた爪が見えた。手を握ったり開いたりしてみるが、動きはぎこちなく、力もなく、どこか腐敗した感触が指に伝わってくる。私は……ゾンビになっていたのだ。
「……え、これって、夢……?」
声を出そうとしたが、口から漏れたのはかすれた呻きと、鼻をつく悪臭だった。胸が締め付けられるように苦しくなる。事故で命を落としたはずの私が、こんな姿で生きている——いや、死んでいるのか、生きているのかさえわからない状態で目覚めるなんて、誰が予想できるだろう。
背後で静かな足音がした。振り返ると、長身の執事が黒いスーツに身を包み、落ち着いた表情で立っていた。「お嬢様、目覚めましたね。」その声は、どこか安心感を与える冷静さを持っていた。私は言葉を失い、ただ茫然とその姿を見つめる。
「お嬢様……こちらへ」
執事に手を引かれるまま、私は屋敷の廊下を歩く。足取りはぎこちなく、床を踏むたびに音が響いた。家具や壁の淡い照明が、普段の世界では気づかない陰影を描き出している。その一つ一つが、今の私には異様で、怖くて、でもどこか美しい。
やがて広間に通されると、そこには豪華なシャンデリアと、大理石の床、壁には絵画がかかっていた。私の目はその華やかさに一瞬釘付けになるが、すぐに自分の体に目を向ける。灰色の肌、血色のない頬、ひび割れた爪——これが私の体なのだ。鏡の前に立たされると、ゾンビの顔とお嬢様のドレスが並列し、悲しくも滑稽な光景に息をのむ。
「お嬢様、これからの生活には少し工夫が必要ですが、安心してください。私がすべてサポートいたします」
執事は静かに微笑む。私はその言葉にわずかな希望を感じた。たとえ体が腐敗し、普通の生活ができなくても、ここなら生きられる——いや、死んだままでも、何か意味を見つけられるかもしれない。
その夜、寝室で天井を見上げながら、私は心の中で小さく誓った。「腐っても、私はお嬢様として生きる」
ゾンビとしての生活は始まったばかりで、笑いあり、涙あり、予測不能の毎日が待っている。でも、少しずつでも、私はこの世界で私らしく生きる術を学んでいくのだ——そう自分に言い聞かせながら、私は目を閉じた。




