第9話
いかにも気が強い女って感じの鬼姫に向かって、影美が言った。
「名前似合ってるけど、姫というよりは、女王とか女帝って感じじゃない?」
いやいや、確かに俺も思ったけど。
口に出しちゃダメだろ。
鬼姫の目がスッと細くなり、影美を見据える。
ヤバいか? と身構えたが、鬼姫はゆっくりと唇を吊り上げて、ふっと笑った。
「やっぱりそうですか? 気に入ってるけど、それ、アタシも思ったんですよ」
言い方的に、鬼姫って名前も多分、西尾が命名したんだろうな。
そう思って、チラリと西尾を見ると、申し訳なさそうに目を逸らした。
「初めて鬼姫に会った時、おぼろげながら……頭に浮かんできたんですよ、鬼と姫って漢字が」
「別に、気に入ってるからいいんですけど、決め方、なかなか酷くないですか?」
軽く抗議でもするみたいに、文句を言う鬼姫と、ごめんごめんと謝る西尾を見ていると、態度のデカさは凸凹だけど、いいコンビなんじゃないかと思う。
「西尾さん達いいコンビしてるけど、いつからアプリ使ってるんですか?」と、俺は率直な疑問を口にした。
さっきの口ぶりからしたら使用歴短いはずなのに、マジで今日会ったばかりか? ってレベルで打ち解けてるんだけど。
「そ、そうですか?」と、西尾はデレデレと見苦しいくらいに照れて、鬼姫が代わりに答える。
「今日の昼から、ですよ」
「ついさっきじゃないですか!? 打ち解けるの早すぎでしょ」
「影美ちゃんと加藤さんは? いつから?」
今度は鬼姫が質問してきた。
「昨日の夜からです。異界の存在を知ったのは、今朝からですけど」
やれやれといった様子で、鬼姫が言った。
「お二人も十二分に打ち解けるの早いでしょ」
「そうですよ」と西尾が相槌を打って、続けて言う。
「さっき二人が見えた時……僕、死を覚悟しましたから。歴戦の戦友っていうか……相棒っていうか、オーラ出てましたよ」
「そんなことはない」とすぐ否定しようとしたが……。
確かに。俺たちも仲良くなるのが早すぎるな。
時の流れが違う異界で過ごしてるのもあるとはいえ、まだ影美と会って24時間も経ってないのに、なんでこんなに打ち解けられるんだ?
影美が特別だから? いや、俺が寂しかっただけなんだろうな……。
考え込む俺の代わりに、影美が否定。
「仲良しじゃないって。そっちが戦うつもりだったら、洸太君、戦闘私に丸投げして、隠れるつもりだったからね」
「仕方ないだろ。相手が西尾さんだけならともかく、鬼姫さんもいたんだから」
「影美ちゃん達の方が、いいコンビしてますね」と、鬼姫が笑った。
「本当そうですよ。……奇襲じゃなくて、話し合い選んでくれて、ありがとうございました」
西尾が急に、改まって礼を言って頭を下げてきた。
「いやいや、人として、当然のことだから……な」
「そうだよね。平和が一番だよね」
まったく、話す前まではやる気満々だったクセに。
でも、こんなに上手くまとまったのは、影美のおかげだな。
不意打ちしなくて、本当に良かった。
「あと、あの……」
西尾が何か言いたげにスマホを取り出して、もじもじする。
その様子を見て、影美がくすっと笑った。
「ほんと、西尾君って顔と態度が一致してないよね」
「俺も思ったけど、本人の前で言うなって」
そう言いながら、俺もスマホを取り出す。
「連絡先、交換しときましょうか」
「はい。ありがとうございます」
西尾たちと対話を選んだ理由は、単に卑怯者になりたくなかったからだけじゃない。
もう一つの理由は――不可侵条約の締結、できれば同盟関係を築くことだった。
アプリの存在を知ってから、まだ一日も経っていないというのに、こうして他のユーザーと出会った。
ということは、俺たち以外にも――多くのユーザーが存在するということだ。
そいつらが全員、西尾のように友好的とは限らない。
だからこそ、今ここで協力関係を結んでおいて、情報交換や、場合によっては敵対的なユーザーの対処にも備えておきたかった。
まあ、個人間での口約束でしかないから、裏切られたらそれまでだが。
お互いに電話番号交換して、お馴染みのチャットアプリの連絡先も交換しようとしたが――。
「あれ? ネット接続ないから、友達追加できないって……」
「あ、そうだったな」
異界だとこういう時、不便なんだよな。
面倒だけど、現世に戻ってから交換しようと諦めた――が、影美が口を挟んだ。
「大丈夫。エーテルリンクのチャット開いてみて」
言われてチャット画面を開くと、いつのまにかトークリストに「鬼姫」が追加されていた。
おまけに、ずっと空欄だった影美とのチャットの名前欄に、「影美」という名前が、ハッキリと表示されている。
「……便利なもんだなぁ」
そう呟いた矢先、『よろしくお願いします』というメッセージが、鬼姫のトーク画面に届いた。
俺もすぐに『今後ともよろしく』と返信する。
「僕にも、今メッセージ届きました」
トークの名前が「鬼姫」ってことは、やっぱり西尾のスマホと繋がってるのか。
「このチャット、異界と現世でも繋がってるんです。ほんと、便利ですよね」と、鬼姫が補足した。
「へぇ……じゃあ、お互いピンチの時は、すぐ救助呼べるな」
俺の何気ない一言に、西尾と鬼姫がピクッと反応した。
二人の言いたいことは、わかってるつもりだけど……俺は敢えて続けて言う。
「これからは、仲間同士、助け合っていきましょう!」
「そ、そう……ですね」
西尾が、超めんどくさいって顔して返事した。
影美はその様子をニヤニヤしながら見ている。
「仲間同士、親睦深めるためにも今夜、飲み会でもしましょうか?」
西尾と鬼姫が二人揃って、顔をしかめた。
鬼姫が西尾に「なんか言って断れ」と言いたげな目線を送り、無言の圧をかけているのがハッキリわかる。
「んー……ほんと、すごくありがたいんですけど……今日は、ちょっと……」
曖昧な笑みで濁す西尾を見て、影美が堪らず吹き出した。
「冗談、だよね? あまり揶揄うと可哀想だよ」
「はは、当たり前だろ」
俺がそう返すと、西尾が小さく胸を撫で下ろしていた。
「仲間とか助け合いとか言う奴、うさんくせーって思いません? 西尾さんも、そういうタイプでしょ?」
俺が訊くと、西尾は少し言いづらそうに「それは、まぁ……」と答えた。
「俺もそうだから、変に仲良しのフリしたり、無駄に馴れ合うのはやめときましょう」
「ありがたいです。僕は……加藤さんのこと嫌ってわけじゃないけど、人付き合い苦手で」
「俺も西尾さんのこと、嫌ってないけど人付き合いは得意じゃないから。……あと、お互い敬語はやめにしないか?」
「あ、加藤さんは全然タメ語でいいんで! 僕は敬語にしときます。まだ、21なんで」
――この顔で、21歳?
マジかよ、今日一番の驚きかもしれない。
「まだ21って信じられないんだけど。高校出て、まだ三年くらいだよね? 一体何があってそうなった? って感じ」
影美も驚いて、失礼なことを口走った。
まあ、俺も思ったんだけど。
「色々あって、この方が僕はいいな……って思ったんです」
「お、おう。そうか……」
なんて返すべきか分からず、テキトーに返した。
「とにかく、お互い馴れ合いは無しだけど、情報交換やちょっとした助け合い程度はしていくってことで。……それでいいか?」
「はい」と、西尾が頷き、「いいんじゃないですか?」と鬼姫も納得した様子だ。
「あと、ちょっとしたルールだけど……」
西尾がまた顔を顰めた。
「異界でもルールってマジかよ……」とでも言いたげに。
「ごめん。そんな大層なことじゃないんだ」
鬼姫の鋭い視線を手で制しながら、続けて言う。
「まず、当然だけど俺たちは争わないってこと。当たり前だよな?」
西尾と鬼姫が顔合わせて笑った。
「次に、お互いのすることには不干渉。自分に損害でもない限り、文句言わないし、警察にチクリも無しで」
鬼姫が怪訝そうに眉をひそめる。
「それはいいけど、何するつもり……ですか?」
警戒を隠さないその視線に、俺は少し言葉に詰まりかけたが――代わりに影美が一歩前に出て、フォローを入れてくれた。
「大丈夫! こっちから敵対するようなことはしないから。ね?」
そう言って俺を見る影美に、俺も小さく頷く。
「ああ。……正直なところ、俺、この力を使って何かしたいとか、まだそういう目的がないんだ」
「そうなんですか? 僕も同じですけど」と西尾が首傾げながら同意した。
「……俺、マナーとかモラルとか、他人に縛られるのが嫌なんだ。異界なのに他人のルールで生きるなんて、嫌だろ?」
「僕もわかります、それ。……誰かの都合を『みんなのため』って言われて、押し付けられるのが嫌なんですよね」
「真理ついてるけど、二人とも拗らせすぎでしょ」
影美が茶化してくるが、無視して西尾に手を差し出した。
「一言で言うと、ほどほどに仲良くしましょうってことで!」
「そうですね。よろしくお願いします」
そう言って西尾も手を差し出し、握手を交わした。
「じゃあ、私たちも」
「これからも、よろしくね」
影美と鬼姫も俺たちを倣って握手。
こうして、一応? 同盟関係を結ぶのだった。