第13話
俺たちの席の前に立った、年齢不詳の不審者みたいな男が口にした。
「お兄さんも、あのアプリ使ってますよね?」
――“あのアプリ”。間違いなく、エーテルリンクのことだろう。
お兄さん「も」ってことは、コイツもユーザーってことか。
一瞬、どう反応すべきか迷う。
素直に認めていいのか? でも、もし敵意があるなら、こんなふうに話しかけてこずに、最初から襲ってきたはずだ。
ってことは――とりあえず、話くらいは聞いてやってもいいか。
「使ってます」とだけ答えた。
すると、男の顔がパッと明るくなった。
「よかった! やっぱり! 俺以外の選ばれし者、初めて会いました。いやー……本当、嬉しいなぁ。ぜひ仲良くしましょう!」
ハイテンションで捲し立ててきて、ちょっとウザい。
というか、ユーザーのことだろうけど、『選ばれし者』って……中二病かよ。
影美も苦笑いしてて、目が合った瞬間、「ダメだこりゃ」と、肩をすくめるジェスチャーをしてきた。
「なんで俺もアプリ使ってるとわかったんですか?」と、テンションに水を差すように尋ねた。
それは……と、男が影美を指差して答える。
「この子が使い魔だってすぐわかったので。めっちゃ可愛いし、浮いてるっていうか……人間じゃないって、雰囲気でわかりますよね」
影美が目を細めた。
可愛いって言われたけど、嬉しくなさそうだ。
ま、当然か。
男はベラベラと続けて口を開く。
「この子、名前はなんて言うんですか? あ、この子もお兄さんが命名した感じですか? 俺の時もそうだったので! この子も可愛いけど、俺の使い魔も結構いけてるとおも――」
「そろそろ買い物向かった方がいいんじゃない?」
影美が男の話をぶった斬った。
助かった。
俺もそろそろ限界……というか、周りの奴等にこんなのと知り合いだと思われたくない。
「そうだな。じゃ、すいませんけど」とだけ言って、半ば無理やり席を立つ。……が、男も当然のようについて来た。
「あ、邪魔してすいませでした」と、言いつつ、俺の伝票を奪おうとしてくる。
「もう仲間だし、びっくりさせちゃったんでお詫びに奢らせてください」
「いえ、本当に大丈夫なんで」
借りをつくるのも嫌だし、それ以上に関わりたくない。
そう思って断ってるのに、男は謎にしつこく、伝票に手を伸ばしてくる。
「そこまで言うんなら、奢ってもらったら?」
影美が呆れたように吐き捨てた。
「そうですよ!」と、男が嬉々として伝票を奪い取り、自分の伝票とまとめてレジに差し出す。
「……じゃ、ご馳走さまです」とだけ言い、影美にグイグイ引っ張られるまま、足早に店を出た。
「なんなのアイツ? キモすぎ。絶対自分の使い魔に手出してるタイプだよ」
早足でディスカウントストアに向かいつつ影美が愚痴る。
「わかるわ、それ。100パーモテないタイプだよな。なんか影美のことも、そういう目で見てそうだったし」
「そう思ってるんなら、もっと怒ったりしてよね」
影美でも、守ってほしいって気持ちはあるのか。
俺も少しは信頼されてるみたいで嬉しくなった。
俺らが今来ている総合ディスカウントストアは、一階が家電や食料品売り場で、二階は衣服や雑貨売り場になっている。
まずは、影美の部屋着を買おうと、二階で服を物色していた。
「コレとかいいんじゃない?」
影美が手に持った、上下セットのパジャマを身体に合わせながらきいてくる。
グレーの無地がシンプルなシャツと、太もものところがゆったり目のパンツだけど、影美に似合ってて可愛い。
……ただ、パンツが結構ショートだから、目のやり場にちょっと……困るような。
ぐちぐち言うのは恥ずかしいし、「似合ってる」とだけ答えた。
「じゃあこっちは?」
ほとんどさっきのと同じに見えるけど……色がちょっと違うくらいか。
「んー……影美なら、何着ても似合うよ」
「ちょっと、真面目に考えてよ」
俺に、美少女とこんなやりとりする日が来るとは……めんどくさいけど、ちょっと幸せだと思った。
「気に入ったなら両方買ってもいいぞ。もっといい店行った時にも買ってやるから、着やすいやつ選んだら?」
「なら、この二つで」
そう言って、カゴにパジャマを放り込んだ。
「他に服は? 普段着は必要ないか?」
「着替えてもいいけど、スマホに帰還したらその時着てる服消えちゃうし、今の服装が基本だから」
「やっぱりそういう感じか」
便利だけど、気分転換したい時とか困るよな。
そんなこと考えながら、買い物楽しんでいたわけだが、聞きたくない声が割って入って来た。
「あ! よかった! やっぱここでしたか」
さっきの馴れ馴れしい不審者が、俺たちを見つけて駆け寄って来た。
「うわ……出た」
影美が汚物でも見たかのように顔を顰めた。
奢られたわけだし「さっきはどうも」と、一応礼は言っておく。
「いえいえ、こちらこそ」
男は返すと、当然のように買い物カゴを覗き込んできた。
「へぇー……パジャマ可愛いですね。でも、あそこにあるやつの方が似合いそう」
そう言ってニヤけながら、指をさした方にあるのはコスプレコーナーだった。
「ちっちゃくて可愛いし、スク水とかランドセル装備させたら、めっちゃ似合うと思うなー」
「……そうかもしれないけど、俺たちはそんなんじゃないので」
「えー! 勿体無い……こんなにかわい――」
「悪いけど! 忙しいので、また今度で」
発言ウザすぎて、今度は俺が話を遮った。
男が少しムッとした表情になり、不満げに言う。
「忙しい……ですか。この後、なにか用事でもあるんですかねぇ?」
コイツ、今までもこうやって皆んなに避けられて来たんだろうな、と察せられるような反応だった。
「見ての通り、買い物で忙しいので。な?」
「うん」
「あぁ、そういうことですか」
男が影美の方を見て、勝手に何か納得したように呟いた。
「デートの邪魔しちゃって、ゴメンネ」
影美に向かってニヤつきながら、猫撫で声で言ってきた。
二人で買い物してるだけでデートって……恋愛脳すぎだろ。
今時小学生でもそうは考えないだろうに、本物の童貞か?
「そんなんじゃないから。あと、邪魔って自覚あるなら大人しくしてたら?」
影美がすぐに否定した。
なかなかキツイ返しに、男が眉をピクつかせる。
「ハハ、可愛いけどなかなか言うね」
「ま、俺らはヒマじゃないんで。……連絡先だけ交換して、お開きにしましょう」
こんな拗らせた童貞とはいえ、貴重な情報源だ。
まったく絡みたくはないけど、連絡先交換くらいはしてやろうとスマホを取り出してエーテルリンクを開くと――。
チャットのトークリストに『ユナ』という名前が追加されていた。
「ユナって? 変なことしたっけ?」
俺の問いに、影美が「してない」と、首を横に振った。
「あ、ユナは俺の使い魔です」
つまり、アプリが勝手にコイツの連絡先を登録したってことか?
そうなると……。
「じゃあ、このカゲミってのがお兄さんの?」
男が自分のスマホ画面見せながら尋ねてきた。
「違うって。エ・イ・ミって読むの」
影美がちょっとキツイ言い方で訂正した。
「影美ちゃんか。名前も可愛いね! っていうか、アプリが自動で連絡先交換してくれるなんて、初めて知りました」
男が軽口叩きつつスマホを操作して、『よろしくです!』と、俺にメッセージ送信してきた。
昼間、西尾と連絡先が交換出来てたの、影美と鬼姫が操作したからかと思ってたけど、こうやってユーザー同士で絡むだけで交換されるとか、厄介かもな。
俺からは『また今度遊びましょう』と返信しておいた。
「連絡先も交換したし、今日はこのへんで……ってことで」
さっさと失せろって、伝わるように、少しだけ語気を強めて言った。
「……そっすね。じゃ、デートの邪魔しちゃ悪いし、邪魔者は消えるとします」
背を向けかけたその時、急に思い出したように振り返る。
「あ! そういえば、お兄さんの名前は? 俺は、木本タクミって言います。拓くに、己で、拓己。よろしく」
振り向いて、名前尋ねつつ、興味ないのに勝手に自己紹介してきた。
「加藤です。じゃ、さよなら」
名字だけ伝えて、適当に手を振る。
影美は「バイバイ」と言いながら、露骨にシッシッと手を振っていた。
「いやいや、二人ともなんか冷たいですって。もう! まあ、いいですけど。また会いましょう!」
ヘラヘラしながら、そう吐き捨てて、やっと去って行った。
でも……すんなり引き下がる奴とは思えないんだよな。
それからは、やっと買い物再開。
服以外にも日用品とか、お菓子とか、影美が欲しがったものを色々と買い込んだ。
変質者に絡まれた後だったけど、影美と一緒にカートを押して歩いてるうちに、少しずつ気分も戻っていった。
で、買い物を終え、寮へ戻る前に一人で、トイレに寄ったのだが――。
「へへ、また会いましたね。やっぱ選ばれし者って引かれ合うんですかね? 能力者的なアレで」
俺が用を足して手を洗っていたら、木本がトイレに入ってきて、まるで偶然を装うようにニヤつきながら言ってきた。
「……いや。お前、俺らを尾けてただろ。なんか用?」
コイツ、別れてからもずっと、距離をとりつつ、ついて来てたんだ。
反応してやるのも面倒だし、キモい以外に害は無いから無視してたけど。
少しイラついて問い返すと、木本が慌てた様子で口を開いた。
「あ、すいません! 変な目的じゃないです。その……お互いがWin-Winなことっていうか、お互いがハッピーになれる提案っていうか……」
「はぁ? 分かるように言えよ」
「まぁ……その、こういう感じのことです」
そう言って木本がスマホを操作した瞬間――
奴の隣に、影美と同じくらいの歳に見える少女がふっと出現した。