第12話
車を運転中、横目でチラッと影美の方を見る。
外をボーッと眺めたり、カーナビ画面をいじったりしてて……なんか、かわいいな。
まさか、助手席に妖怪の女の子を乗せるだなんて。
人生何があるかわからないものだ。
「ちょっと、ちゃんと前見て運転してよね」
俺と目が合った影美が文句を言った。
「ごめんごめん。影美でも事故はビビるんだな」
「そりゃそうだよ。洸太君に死なれちゃ困るし、私も死にたくないしね」
影美の「死なれちゃ困る」が、ラブコメ的な意味の困るだったらな……実際はそんな要素皆無なのが悲しいところだ。
普通なら、アニメ的なイチャコラとかハーレム展開が始まってそうな境遇なのに、何も起こらないって、逆に俺すごくないか?
……というか、「私も死にたくない」と言った?
それって――。
「自分のこと強いって言いたげだったけど、事故ったら影美も死ぬの?」
「現世だと弱体化してるからね。異界じゃ、まず“死”なんて無縁だけど、こっちにいる時は……まぁ、あり得るかな? ってくらいには弱いから」
「じゃあ、こっちでは俺が守ってやらないとな」
そう言っておいて、自分でも恥ずかしくなった。
「とにかく、安全運転で頼むね」
影美はそう言って、はにかむように笑った。
……影美にそんな気なんてまっったくないだろうけど、なんか、ドライブデートっぽくてドキドキしてしまう。
無言でも気まずくはない。
でも、沈黙の間が気になって、「そういえば……」と、疑問を口にした。
「影美って、俺と契約する前はどうしてたんだ? やっぱ異界に居たのか?」
影美、妖怪だって言うけど……スマホとか色々現代的な知識もあるし、謎が多いんだよな。
俺の偏見だけど、妖怪のイメージとかけ離れてる、というか現代的すぎるし。
少し沈黙があって――影美がプッと吹き出した。
なんだか、わざとらしい。というか、演技がかってる。
「ずっと思ってたけど、洸太君質問ばっかしてるね」
「そ、そうかな? ……って、確かにそうだな」
「うん」
「俺、目的のない会話が好きじゃない、というか……苦手なんだ」
「うん。だよね」
明らかに話逸らされてるけど……まぁ、いいか。
誰にだって言いたくないことはある。
余計なこと聞いて脳破壊されるのも嫌だしな。
それからまもなく、目的地に到着。
青いペンギンがお馴染みの、総合ディスカウントストアだ。
ちょっとばかし客層は悪いけど……気に入ってるんだよな。
なんでもあるし、映画館・ボーリング・ゲーセン・パチンコ、飯屋と娯楽もなんでも揃ってて暇つぶしに最適なんだ。
真隣にドでかいホテルあるせいで、やかましい外国人観光客多いのが玉に瑕だけど。
「着いたけど、腹減ったな。先に晩御飯にしようか。ハンバーグとか、どうだ?」
「いいよ。っていうか、なんでもいいんだけどね」
「じゃ、ハンバーグで」
そう決まれば話は早い。車を停めて、近くのハンバーグレストランへ歩いて向かう。
金曜の夜だけあって、時刻はもうすぐ22時だというのに店内はまだ賑わっていた。
入口をくぐると、店員がすぐに飛んできて「何名様ですか?」と尋ねてくる。
「二人」と答えた。
些細なことだけど、こういう時に「一人」じゃなくて「二人」って、堂々と言えるの新鮮だな。
席に通されると、店員が水と窓枠型メニュー表を置いて「ご注文決まったらお呼びください」と、去っていった。
「なんでも好きなの頼んでいいぞ。酒以外な」
そう言って影美にメニューを渡す。
見た目はどう見ても未成年なんだ。
呑むのは構わないけど、誰かに見られたら俺がアウトだよな。
「じゃあ、コレで」と、指でメニューを示した。
即決だった。トッピングなしのフツーのハンバーグプレート。
「チーズとかカレーとか、トッピング無しでいいのか?」
「いいよ。初めてだし、普通のやつ食べてみたくて」
「そうか。ドリンクとかデザートは? パフェとか頼んでもいいぞ」
「そこまで言うなら……」と、再びメニューに目を通し「じゃあ、コレ」と、チョコートパフェを選んだ。
それから俺も注文を決めて、店員を呼びつけた。
注文伝えてる時、ふと店員の目が気になった。
斜め向かいの一人客の男がずっとこちらをチラチラ見てるのも気になる。
俺たち、周りからどんな目で見られてるんだろう?
歳の離れた兄妹? まさか、親子とは……いや、さすがにそれは無いよな。
こうやってメシが届くのを待つ間、普通のカップルはどうやってヒマ潰すのだろう。
普通だったら、お互いスマホ弄るんだろうけど、影美が持ってないのに俺だけ弄るのはな……。
……って、俺たちはカップルとか、そんなもんじゃないのに、キモいこと妄想してしまった。
何か話そうにも、また質問攻めしてしまいそうでちょっと躊躇する。
「洸太君はさ」
不意に、影美の方から話しかけてきた。
「なんで私に優しくするの?」
「なんでって……そんなの、当たり前のことだろ」
「そうかな?」と、影美が首を傾げて、紙ナプキンを指先で弄る。
「そうかもしれないけど、過剰に優しくない? 昼に、命令したくないとか言ってたけど、それだと洸太君の方こそメリットないでしょ」
「メリットって……もしかして、俺としたくなったのか?」
「……真面目に聞いてるんだけど。なんで無駄に私に優しくするの?」
そう言って、真剣なまなざしを向けてくる。
てっきり冗談だと思ってた。
俺に「好きだから優しくしてる」とか、言わせたくて質問したのだと思ったけど……そんなに気にしてたのか。
ごめん、と謝って続けて言う。
「自分がされたら嫌なことを人にしたくないから……かな」
「うーん……わかったような、わからないような……」
「何もしてない癖に偉そうな奴にはなりたくないんだ。だから、影美となるべく対等でいたいと思ってる」
そう言って、握手の手を差し出した。
「そんなのあり得ないでしょ」
ぶっきらぼうに言いながらも、ちゃんと微笑んで手を握ってくれた
「そうだけど、俺は諦めてないから」
「洸太君って、ことあるごとに握手したがるよね」
「せっかくそれっぽいこと言ってキメたのに、そういうとこ突っ込むなよ」
なんて言い合ってると、タイミングよく注文の品が運ばれてきた。
「じゃ、食べようか。ポテトも食べていいからな。いただきます」
「いただきまーす」
影美が、箸で器用に付け合わせのサラダを口に運ぶ。
て、箸上手く使えるなんて当然だよな。
「野菜おいしいね。ドレッシングが美味しい」
「だよな。……影美は嫌いな食べ物ない?」
「子供じゃあるまいし、野菜くらい食べれるよ。……海鮮系が苦手かな」
「俺と一緒だな」
ふと、影美の目線が気になった。
なんだか俺のフォンデュ風チーズハンバーグを気にしてるような……。
「注文する時、遠慮してフツーのハンバーグにしただろ。俺のまだ手つけてないし、半分食べるか?」
「バレてた? じゃあ、半分ずつしよ」
そう言って、影美がハンバーグを切り分けて俺の皿に乗せてくれた。
俺も半分に分けて、ソースと一緒に皿に乗せ返す。
「そういえば」と、影美がふと呟く。
「口つけた箸で切り分けたけど……ま、いっか。洸太君ならご褒美でしょ」
「自分でそういうこと言うなよ」
ちょっと嬉しいと思ったけど、人獣共通感染症ってワードが頭に浮かんできた。
こうして二人楽しく食事を楽しんだわけだが、途中で問題発生。
影美が、自分のハンバーグが2割ほど残った状態で「もうお腹いっぱい」と言い出した。
「まだパフェくるのに、大丈夫か?」
「デザートは別腹。でも、これはちょっと……」
「仕方ないな。残りは俺が食べるか」
残ったハンバーグを平らげたところで、タイミングよくパフェが届いた。
ガラスの器に山盛りの生クリームとアイス、いかにも“別腹”って主張してくるボリューム。
「俺、もう満腹だから手伝えないぞ」
「なんか想像よりデカいんだけど。頑張って食べるけど、いけるかな」
そう言いつつも、半分ほど食べたところで影美がギブアップして、結局俺が食べさせられた。
「おいしかったんだけど、想像より量多すぎた。残しちゃってごめんね」
「美味しかったならよかった。また今度来ようか」
デザートも片付け終えて、影美は満足そうに一息ついている。
俺も腹はパンパンだが、なぜか妙に心地よかった。
会計して帰るか――そう思って席を立とうとした、その時。
こちらをチラ見していた斜め向かいの男が、急に立ち上がったかと思うと、こちらに向かって歩いてきた。
足取りが妙に速くて、普通じゃない。
明らかに俺をロックオンしていて、思わず身構えると、男が席の前で立ち止まった。
「すいません。ちょっと、いいですか?」
年齢不詳。髪はボサついてて、服装もヨレてて……俺が言うのもなんだが、非モテオーラが滲み出てる。
「は、はぁ……」
誰だコイツ? 突然のことで、つい気の抜けた返事してしまった。
影美に目配りして「知り合い?」と、確認するが首を横に振ってみせた。
「突然すいません」と、男が謝罪し、続いて口にしたのは――。
「お兄さんも、あのアプリ使ってますよね?」