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第10話


 握手が終わった後も、なんとなくその場の空気が解けずに、俺たちはそのまま立ち話を続けていた。


 自然と、影美と鬼姫のペア、俺と西尾のペアに割れて、アプリの話だったり仕事の愚痴なんかで、そこそこ盛り上がってるんじゃないかと思う。


 異界、妖怪、契約――謎だらけの中で、根幹にあるエーテルリンクが何なのか? 俺と西尾が選ばれた理由は? 色々と話し合ってみたけれど、結局わかったのは、「何もわかってない」ということだけだった。

サンプルが二人じゃ、比べようもないよな。


「えー……やっぱ、そうだよね? 西尾君も?」

「そうそう。本当、情けないっていうか、笑っちゃいますよね」


 少し離れたところで喋っていた影美と鬼姫の会話が、耳に入ってきた。


 二人して盛り上がってるのは嬉しいけど、明らかに俺たちの悪口で盛り上がってるな。


「あとね、昨日の夜、初めて呼ばれた時、洸太君私のこと幻覚だと思ってイタズラ――」

「コラっ! 違うだろ。勘違いされるようなこと言うな!」


 影美がとんでもないこと口走ろうとしたので、慌てて止めたが――。


「……じゃあ、影美ちゃん、やられちゃったんですか?」


 勘違いした鬼姫が、影美にそっと尋ねながら、俺を軽蔑するような目で睨んでくる。


「ご、誤解だって! 俺がそういうことする奴に見える?」


 鬼姫は顎に手を当てて一考してから、口を開いた。


「見えるかどうか、じゃなくて、実際に手ぇだしたかどうかが大事なのでは?」

「いやいや、出してないから! な、影美?」

「そうだね。酔い潰れて寝落ちしたから、未遂……かな」


 影美がニヤつきながら言った。

 

 この場面でそのリアクションはマジで危ないって。


「酔ってて変なテンションではあったけど、マジでそんなつもりなかったからな!」


 まあまあ、と俺を宥めるような口調で西尾が言う。


「大丈夫ですよ。僕、約束守るんで。何してても絶対秘密なんで」


 ……これ、もう完全にそういう行為やったと思われてるやつじゃないか。

 そう思うと、西尾に少し仕返ししたくなった。


「……鬼姫さんは、マスターが西尾で安心しただろうなぁ。もし、万が一、西尾が変な気起こしても……」


 そう言って、影美に話題を振ったら乗ってきた。


「あー……それ、すごくわかる」と、影美が続ける。


「もし、西尾君が鬼姫に『おっぱい揉ませて』とか頼んでも、鬼姫が『はぁ? 今、なんて?』と凄んだら、『い、いや、なんでもない』って、すぐ引き下がりそう」


 西尾が顔真っ赤にして、慌てて否定する。


「そんなこと絶対しませんって! 逆に、僕にそんなこと頼む勇気あると思います?」


 したいとは思ってるだろうけど、頼みはしないだろうな。

 視線の向きで、鬼姫のこと意識してるのはバレバレだし。


 鬼姫がフッと笑って、鋭く返す。


「確かに、頼まれるの想像できないけど……やっぱり、そういう願望自体は否定できないんですね」

「いや、それはですね……しないけど、したくないとかではって言うか、その……あっ! 加藤さんはどうなんですか?」


 たじろぐ姿に少しは同情してたのに、なんと俺に無茶振りしてきやがった。


「お、俺!?」

「そうです! だって、二人も気になりません?」

「気になります。友達がこれ以上手出しされないか、心配ですから」


 影美はこのやり取りをニヤつきながら見ていた。


 本当に言ってもいいのか? と、悩んだけど、口を開いた。

 言葉をキレイに整えた分だけ誠実さが死ぬのが嫌だから。


「俺はな、正直に言わせてもらうと、影美のことをそういう目で見る時もあるよ。……ただ! 絶対にそんな情けないことは頼まないけどな」


 しばしの沈黙。


 西尾が苦笑いを浮かべて、口を開いた。


「う、うん。……カッコいいですね」

「こらこら、その反応、絶対思ってないだろ」


 影美が西尾にわざとらしく耳打ちする。


「言ってることヤバいくせに、カッコつけててウザいよね」

「それ、僕もちょっと思いました」

「というか、加藤さん、影美ちゃんのこと絶対好きですよね」


 鬼姫まで俺のこと弄ってきやがった。


 あいつら、好き勝手言い過ぎだろ。

 ……まったく、みんなお子様なんだから。


「とにかく! 俺が言いたいのは、出来るからと言って、なんでも命令するのは違うってこと。わかったか?」


 また、しばしの沈黙。


 鬼姫が口を開いた。


「そろそろ時間なのでは?」

「みんなして俺のこと無視して、もしかしてイジメか?」


 西尾が笑い堪えながら、スマホに目線を落として言う。


「そんなんじゃないですよ。……そろそろ時間なので、僕たち先失礼します」

「露骨に逃げようとしやがって。ま、いいけど」


 影美が軽く手を振って見送る。


「じゃ、またね」


 俺も軽く手を振りながら、言った。


「何かあれば、遠慮なく連絡くれればいいから。助けられるかどうかは別だけど」


 西尾が会釈で返して、それからスマホを操作すると、彼と鬼姫の姿がパッと消えた。


 やっぱり移行の瞬間、側から見てると瞬間移動したみたいに姿が消えてるな。

 あまり目立たないように気をつけないと。


 影美が俺の隣で、ぽつりと呟いた。

 

「あの子たち、いいコンビだね」


 それから数分後、俺たちも時間になったので、リフトを使って戻ることにした。


 ちなみに、リフトとは、MAP上に見えてた青白い渦のことだ。

 

 鬼姫が言うには、渦はゲートとかリフトなどと呼ばれるのが一般的らしく、その中でもリフトっていう呼び名が一番そのものの仕組みを表してるんじゃないか、とのことだ。


 だから、青白い渦のことを今後はリフトと呼ぶことに決めた。


 多分イメージ的に、異界から現世に“引き上げられる”って感覚なんだろう。


 『移行』ボタンを押すと、いつもの工場の構内社の前に戻っていた。


 異界と地形は同じなのに、空の色が一変してるせいで、まるで時間が一気に飛んだみたいだ。

 変な時差ボケみたいで、ちょっと気持ち悪い。


「仕事仕事って、大変だね。まだ長いんでしょ」


 影美が退屈そうに問いかけてくる。


「まあな。でも、今日は金曜だし、予定だと二時間残業で帰れるから」

「その割には嬉しそうじゃないね」

「あくまで、予定、だから……な」

「……なるほどね」


 

 影美がスマホに帰還して、俺も仕方なく職場に戻った。


 持ち場につくと、武口が下ネタオヤジに絡まれていた。


「えー、武口さん彼氏いたことないってマジ?」

「本当ですって。モテたことないですもん」


 あからさまなお世辞なのに、武口が嬉しそうにニタニタしながら否定した。

 このキショいやり取り見せられるの、セクハラだろ。


「なあ加藤君、武口さんがモテたことないって、嘘っぽいよな?」


 オヤジがニヤつきながら話を振ってきて、内心イラっとした。


「んー……年配の方からはモテるタイプなんじゃないすか? あ、ライン流れたんで、作業始めましょうか」


 ウザかったけど、タイミングよくラインが流れたので、こうして無理矢理作業に戻るのだった。


 

 それから約六時間後、時刻は終業予定の十九時半になろうとしていた。

 

 あと三分で仕事が終わって、やっと帰れそうだ。

 みんなソワソワし始めていた。


 でも――世の中そんな甘くないんだよな。


 何故か班長が、ヘラヘラ薄笑い浮かべてやってきて、なぜ今更? ってことを、平然と口にした。


「みんな、申し訳ないけど、今日やっぱり三時間残業で」


 終業三分前になってからの、延長宣言だ。

 

 でも、ムカついても、誰も文句言えない。

 俺も含めて、全員大人だから。

 

 結局は、口を揃えて「了解です」と、言うしかなかった。


 残業代はしっかりと払われるし、それありきの給料形態だから残業するのはいいけど、普通は残業延長が確定した時点ですぐ言うべきだろ。


 班長たちよりもっと上の奴らの指示だろうけど、俺たちにも都合があるって感覚が、そもそも向こうにないんだろうな。

 人として扱われてないっての、こういうとこでわかる。

 歯車が勝手に回ると思ってるんだ。


 十九時半、本当なら帰れるはずだったけど、あと一時間居残りだから休憩になった。


 みんな、班長や他の部署の悪口で盛り上がっている。

「どこかの部署が不良品出したせいで延びた」など、当然の感想だけど、言ってもどうにもならないセリフのオンパレード。


 一応、影美に残業延長したこと伝えたら、『了解』とだけメッセージが来た。


 怒ってるのか? なんか態度が冷たいんだけど。


 休憩が終わってラインが動き出すと、視界の端で違和感を覚えた。

 武口が、涙をこらえるように顔をゆがめながら、黙って作業していた。が――突然、ぽろぽろと泣き始めた。


 オヤジが「どうかした? 大丈夫?」と尋ねると、最初こそ「大丈夫です」と言っていたけど、しつこくきいたら、ベソかきながら理由を話しだした。


「……必死に生きてきたのに、何もないんです……なんにも報われないんです」


 それに対して、オヤジは「まあまあ、武口さんはまだまだ若いんだしさ」とか、テキトーなこと抜かしてるが……。


 要するに、現実と理想のギャップでやられたんだろうな。

 この業界じゃ、よくある話だ。

 まぁ、工場に限ったことではないのかもしれないけど。

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