田舎工場でみた風景は
秘書というものがなくなっていくような気がして書き始めました
社内メールのタイトルは「あなたにぴったりの新しい勤務地のお知らせ」だった。
都心の本社ビルで二十年。スーツとヒールと完璧な笑顔で乗り切ってきた毎日は、あの一通で終わった。男女平等の推進? 聞こえはいいが、要するに「女性だけの職種を整理します」ということだった。秘書業務はAIと自己管理アプリに置き換えられ、私の席は消えた。
で、地方工場の事務職に“再配置”。
泣きはしなかったけど、リモート用に新しく支給されたヘッドセットを見たとき、ちょっとだけむなしくなった。転居なし、現地勤務扱い――それはつまり、「自宅から仮想環境に常駐出勤」ってことだった。
最初は遊びかと思った。ヘッドセットをつけると、目の前には緑の山と、のどかな工場。
オフィスにいるかのような適度な雑音が聞こえる。
窓の外の光が揺れる。
環境フィードバック、というやつだ。
「おはようございます、佐山さん!」
いつの間にか名前を覚えられていた新しい同僚たちは、田舎の人らしい、素朴で優しい空気をまとっていた。会話も穏やかで、業務もコツコツ。請求書の処理、書類の確認と決裁、部品発注の確認──都心のオフィスでやっていたような“映える仕事”とは無縁だ。でも、誰も文句ひとつ言わない。
一ヶ月、二ヶ月、私はオンラインでバーチャル田舎工場に出社した。仮想とわかっていても、リアルよりリアルに感じるこの空間は、気がつけば居心地が良くなっていた。
転機は、ある日の昼休みだった。
「……え、三枝さん?」
あの本社時代、向かいのデスクでバリバリ働いていた、キャリア志向の権化・三枝さんが職場のミーティングに出てきた。カメラ越しに、髪も落ち着いた色にして、地味な服を着て。どう見ても“こっち側”の人間になっていた。
「お久しぶりです、佐山さん。ここ、静かでいいですよ」
穏やかに笑ったその表情は、昔の彼女からは想像できなかった。
最初は、私も感化されかけた。頑張らなきゃ、と。
でも、何かがおかしかった。
人の話す声が、時々微妙にズレる。オンラインんだから?
毎朝の挨拶が、同じような言い回しで、同じようなタイミング。
なんとなくループしている気がする。
普通の職場なら突発的に休んだり遅刻したり早引けしたりとかあるが
そういうものが一切ない。
そしてある日、画面が、一瞬、バグった。
三枝さんの顔が、0.5秒ものあいだ別人のように歪み、戻った。
私は全速で生成AIに接続条件を確認する方法を聞きまくって
なんとか管理サーバーの接続ログにたどり着いた。
「仮想環境:実験モデルB」
「ユーザー数:1」
「仮想参加者:自律型AIアバター 12」
──私以外、全員AIだった。
三枝さんはいたのに?
うわさで聞いただけだったが
オンライン行動ログをもとにAIアバターを学習させ
その人のような行動をとらせることができるというのを思い出した。
数日後、メールが届いた。
「仮想環境勤務お疲れさまでした。本社復帰の話も出てきたのですがお聞きになりますか」
私は答えなかった。
代わりに、いつもどおりヘッドセットを付けたまま仕事を続けた。
優しい同僚たちと挨拶を交わし、静かなオフィスでパソコンのキーをたたく。
「今日もお疲れさまでした」と退出
人間は誰も聞いていないことはわかっていたが
この仮想環境のままの方が良いのかもしれないと思いながら
世捨て人のようになってしまいましたが、次回はもっと明るくしたいと思います