EP.5 剣聖・モルカリア②
空から落ちるあれを、最初は誰もが「綺麗」だと思った。
隕石でありながら表面はキラキラしてて、光を反射してまるで宝石のようなものが、
鮮烈な赤い炎を纏い空を飛んで、そして地に落ちていく。
例えそれが世の終わりでも、喜んで受け入れる人はいるだろう。
しかし、あれはそんな見た目に反して、まったく綺麗なものではなかった。
●
ユーグに戻った俺とモルカリアは、隕石の動向をしっかり観察する。
速度落とす様子はない。そのままぶつかるつもりだ…!
隕石の接近につれて、風が荒れ狂い、体が感じる重力は重くなる。
息苦しいを感じながらも、目を逸らさない。逸らしちゃいけない。
あれが出現した時点で、もう常識で考えてはならない。
「後10秒で衝突する!あれの着地点にもう間に合わないから、とりあえず衝撃に備えろ!」
俺は隣に走ってるモルカリアに叫んだ。
「…はい!」
モルカリアは足を止まったが、その顔は悔しさに満ちる。それはそうだ。
そのまま落ちたら一巻の終わりだから。
5…4…3…2…
1!
ドォンーーーーーー!!!!!!
激しい轟音が鳴り響く。隕石は落ちてーー
来なかった。
隕石はユーグの上空2キロのところで止められた。隕石が「壁」に衝突し、力と速度を抑えられてる。それでもその衝撃波は強く、暴風を巻き起こす。
モルカリアはその様子を見て、先の悔しい顔は一瞬で明るい顔に変わる。
「…!防げた!」
「…ふん、当たり前だ!この『終焉の大予言者』が設置したバリアだぞ!」
邪神が隕石の形でユーグを滅ぼしたパターンから俺が考えた、対隕石用バリア。
それを作れるようになったのは、確か100回目死んだ後のことだ。
それまでは、自分の力が足りなかったせいで、そのパターンに遭った場合、大体即死だった。
運よく生き残ったとしても、邪神と真正面から対抗する力も俺にはなかった。
今は…違う!
俺たちが見守る中、隕石の勢いが急激に消えた。
炎も綺麗に消えたそこに、ただ美しく輝く黒い宝石が浮かぶ。
そしてすぐに宝石が割れて、欠片の中から「少女」一人が現れる。
「へぇ…アタシの突撃を防いた?やるじゃん、人間」
少女が面白がるように笑う。
ほぼ全員が少女の姿をしてる邪神の中でも、髪をツインテールに纏めて、一際幼い外見持ってる彼女はーーー
「ラグドエリザ…!」
「…なんでアタシの名前知ってんの?アナタ誰?」
ラグドエリザは疑うような目つきで俺を見る。それは当然だ。
彼女にとっても、モルカリアにとっても、今回は初対面だ。
逆行する度に、俺以外の存在は邪神を含めて、全員敵味方の正体を知らない状態に戻る。
だから何度戦っても、アイツらにとって俺はただの名も知らない人間で、人間側からすると、邪神は得体の知れない存在。
が、俺が「大予言者」の身分を利用し、邪神に関する情報を事前に発信した関係で、人間側が予め対策を立てられた。
そして何より重要なのは、前回ある程度出来上がったものは残る、という謎の点だ。
先のバリアはまさにそう。元々設置された「ワールドガード」を基本に、俺が邪神の力量を加味し、改良したものだ。おかげでちゃんと隕石攻撃を止められる。でもラグドジェル…あの最後の邪神だけ、今まで一回も通用しなかった。
「…まあいいや、どうせ人間なんてすぐ死んじゃうから、覚える価値ないよね」
「その慢心、今から叩き潰してやるよ。モルカリア!」
「はい!」
俺の指示と共に、モルカリアは全速力でラグドエリザへ走り出し、攻撃を仕掛ける!
「正面からアタシと戦うの?きゃはは、おもしろ」
ラグドエリザの左目ーー鮮血のような赤い目は閃く。
ゾック。
「…避けろ!」
「…!」
俺がモルカリアに叫ぶ。この背筋を襲う寒気。攻撃が来る…!
「串になれ…!」
ラグドエリザの宣言と同時に、モルカリアのいる場所の空から、地から、そして正面から数十を越える柱のごとく触手が突然現れて襲い掛かった。
その先端は針のような形を取り、敵と見なしたものを貫通する!
ドン…
太い触手の攻撃に巻き込まれた建物はあっという間に倒れ、煙を立てた。
「あれ?終わった?つまんない~」
ラグドエリザは得意気に笑う。
(そう、それでいい。そうやって慢心すれば…)
タッタッタッと、彼女の耳に「足音」が聞こえる。走る音ではない。何かを踏んで飛んでるような音。
例えるならば、「高層ビルの外壁を階段のように素早く登ってる」みたいな。
ラグドエリザは視線を左にある高層ビルに向けた。煙はまだ漂っている。気のせいーー
ーーではなかった!
煙の中から人間が武器を持って、建物の外壁を踏み台にして、自分に近づいてくる!
「行け!モルカリア!」
飛べないモルカリアに、上空の敵と戦う手段は限られてる。浮遊術を掛ければ良かったが、慢心を誘って戦った方が勝ちやすいと、邪神相手でも通用するから温存と決めた。
そしてモルカリアは間合いに入ったラグドエリザの姿を確認し、ビルを踏み台として両足で爆発のように力強く蹴り、彼女へ飛び掛け、聖剣を振り下ろすーー!