プロローグ 終焉を迎え
「ぐはぁ…」
口から大量の血を吐き出す。胸ーー心臓を貫かれた。
体は巨大の黒い杭に高層ビルの外縁へ釘付けされ、身動きできなくなった。
ぼんやりした意識の中で、あたりの光景を見る。
火の海に包まれた都市ーーだった場所。今は廃墟と呼ぶに相応しい。
凡そ2200平方キロメートル広いその土地は、今や倒れた建物、炭になった森、そして人の屍だけが残ってる。
ああ、なんと惨めな。
目の前にいる少女…この惨劇の元凶を睨む。
空高く浮かぶ人の姿をしていて、ただ絶対に人とは呼べないものを、睨む。それが今の自分が唯一できる抵抗だ。
「レガス!くっ…遅かったか!」
自分の居場所の下から自分を呼ぶ声が聞こえる。
残り僅かな力で目を下に向くと、彼女がいた。
「邪神め…許さない!」
「世界最強と呼ばれる」剣聖・モルカリアが、聖剣を手に、邪神と対峙する。
ああ、これで安心…
「聖剣よ、私に力を!」
その言葉と共に、大地から、空から、ありとあらゆるものから力が光の粒となり、彼女の体と剣に集まっていく。長い金の髪が風に揺られながら、彼女は静かに呼吸を整える。やがて光の粒が収束し、聖剣の周りに目視できる金色のオーラになった。
「この一撃で、すべてを終わらせる!」
モルカリアの異色の両目がしっかりと邪神を捉え、聖剣の名を呼ぶことで力を発動させた。
「エクス…カリバーーーーー!」
彼女が聖剣を全力で振るい、集まった生命の力が眩い光束となり、邪神へ飛んでいく。
「ふ…」
邪神はその強い力を含めてる光を見て、ただ鼻で笑った。そして避けようともせずに、そのまま光に飲み込まれた。光は邪神を通り越して、空を穿つ。その力の余波に元々壊れた建物はさらに粉々になり、蔓延る火も鎮火され、場に静かさを取り戻した。
「やったか…!?」
直撃。モルカリアは確信した。国一つ簡単に滅ぼせる聖剣の力を正面から喰らった。いかに強大な邪神といえども、無傷で済まない。
…などと思ってるだろう。モルカリアは。
しかし、そう簡単じゃないことは俺は知ってる。
「これがエクスカリバー?大したことないわね」
「な…」
光が過ぎ去った後、モルカリアは見た。邪神は、元の場所に何事もなく浮かんでる。
そう、傷一つもなかった。
「ばかな…!聖剣の攻撃を…」
「その聖剣、弱いわね」
邪神の体から黒い霧が放たれる。彼女はゆっくりと手を天に掲げ、力を凝縮していく。
「戯れもここまでにしようかな。ていうかもう遊べる相手いないもんね」
そう。俺とモルカリア以外に、世界中に戦える人は全員、死んだ。この邪神にではなく、他の地域に同時に出現した他の邪神にやられたか、運良くて相打ちだった。辛うじて勝ち残った人も結局この場所に来て、俺みたいに無様に殺された。目の前のこの、邪神の中でも異様な強さを持つ可愛い外見を持つ少女の手によって。
みんな尽力した。それでも敵わなかった。
物理、魔法、根源に繋がる力ある聖剣も、何もかも彼女の前では無効化される。
力足りないからか、それとも何かの仕掛けあるのか、その原因を究明しない限り、彼女に絶対勝てないだろう。
どの道、今の俺にはもうそれを考える余裕はないんだ。
聖剣の力をちゃんと観察して、次に生かそうと思って無理矢理に意識を保ってきたが、さすがにもう限界。そもそも心臓破壊された状態でまだ生きられるのが我ながら頑張ったと思う。
(どうせもう終わりだから、それを使うか)
邪神が力を集め、彼女の頭上に巨大の剣を形成する。
禍々しい気配を放つあれは、さながら魔剣のよう。
「聖剣を見せてもらってお返しに、ちょっと見せてやるわ。私のお宝を、ね」
邪神がモルカリアを見下ろして、無邪気に笑う。人を殺すことを躊躇わない笑顔だ。それもそうだ。躊躇うぐらいだったらまず世界を破壊しようとは考えないはずだ。
対してモルカリアは冷や汗をかいてるが、その悔しい顔の裏には今も死ぬ気で対抗策を考えてるだろう。さすが剣聖。
俺は必死に右手を上げて、邪神を目標定める。
意識で操作する。詠唱はいらない。準備もいらない。代償は既に捧げた。後必要なのは、「敵」を決めるだけ。
終焉神技ーーエターナ・リイト、発動。
そう思った瞬間、俺の右手に白と黒が混じり合った膨大なエネルギーの奔流が邪神目掛けて走っていく。
「「え?」」
何の前振りもなく繰り出されたその攻撃に、モルカリアだけではなく、邪神も驚きを隠せなかった。
そしてその二色混同の光束は邪神おろか、俺の背後にある建物も、廃墟になった都市も、何もかも全部を破壊し吹き飛ばした。
「きゃ…!?」
予想できなかった強大な攻撃に、モルカリアは咄嗟に床に伏せ、衝撃に飛ばされないように堪える。
シュ…
終焉神技を解き放った俺は、茫然と前を見る。というか笑う気力もうない。
直撃。そう、先の聖剣と同じく邪神に当たった。
けど、効いてるかどうかは別だ。
目の前は煙だらけで状況を確認できない。いや、むしろ反応がないのはいいことだ。
「驚いた…」
が、相手は俺に安心して欲しくないみたいだ。
煙の中から彼女の声が聞こえる。と思った次の瞬間、
「あなた、何者?何の準備もなしにここまで強い神技を放てる人間は初めて見た。いや、あなたそもそも人間?」
ドクン。
俺の隣に出現した。空間転移か。
彼女は俺の横から覗き込み、好奇心に満ちた金と赤のオッドアイで俺を見つめる。そして、
ペロッ。
俺の顔を舐めた。何しやがる。怒鳴りたいがもう反論する力も失った。
「…いい味。久しぶりにこんないい味する人と出会ったわ。あなた、名前は?」
言えるわけがないだろう。話せる余力もない。
「レガスから離れろ!」
「レガス?…それがあなたの名前なのね。覚えておくわ、そして私の髪を傷つけたご褒美に、私の名前も教えてあげる」
彼女は極めて穏やかで優しい声で自分の名前を俺に告げた。
「ラグドジェル」
その名前、その声を聞いた途端、背筋がゾッとする。その名を聞いたことはない。確実だ。しかし自分の身に起きたこの反応…まるで本能から拒絶するような感覚。
ああ、これはきっと「天敵」というものだろう。
俺の反応を察したのか、邪神は微笑んで、ゆっくり俺の側から離れ、魔剣の下に戻る。
「さあ、フィナーレといくわ!滅星剣『セレス』」
彼女は再び魔剣に手を掲げ、魔剣もそれに呼応するように力を増大させる。しかし今度その目標はモルカリアではなく、俺に変わった。
「受けてみなさい!星を両断する一振りを!」
彼女は最後の宣言をし、魔剣を振り下ろした。
「カオス・スフィア・ブレイカーーーーーー!」
向かってくる斬撃に、避ける術はない。視界の隅にモルカリアが必死に俺の方に手を伸ばしてるのを見た。俺を助けようとしてるかな?でも、どうしようもないんだ。何故なら、
この一撃の元、すべて消え去るからだ。
天地変容の爆音が聞こえる。
邪神のその技が、天を裂く、地を割る、海を分断する。彼女の宣告通り、星そのものを両断した。
そして俺はもちろん、星も死に、彼女の完全勝利で災難が終止を迎えた。
●
パチ。
目が覚めた。
ゆっくりと自宅のベッドから起き、顔を洗いに行く。
鏡の中の自分を見つめる。銀のショートカット髪型、爽やかな顔立ち、25歳の好青年。よし。俺はまだまともだ。
そして同じくゆっくりと朝ご飯を作り、リビングでテレビをつけ、今日のニュースを見る。
「本日のゲストはなんと、『終焉の大予言者』レガス・アインシュ先生ご来場していただきました!皆様、ぜひ色んな質問してくださいね!」
ニュース番組は見慣れたものだった。やはり。そしてその右上に書いてる日付を確認する。
全世暦999年11月21日
そこに書いてるのは、やはり見慣れた数字だ。
そう、俺は知ってる。
この日から数えて約999時間後に、人類…いや、「世界」は邪神の侵攻によって滅亡することを。
「これで998回目の逆行か…」
俺が目覚めたこの時間は、カウントダウンの始まり。
俺は隣のベランダに出て、自分が住んでる聯合都市ーー「星願都市」を眺める。天気はよし、空気は新鮮、鳥も元気に飛んでる。あの地獄の光景はどこにもいない。
そう、まるで夢のようだ。
この都市一番高い高層マンション、さらにその一番上にあるこの部屋は、都市全体を見れる景色はもちろん綺麗で、何より遠い場所まで観察できる。
「隣国に邪神顕現の前兆…ちょっと行くか」
そう考えた同時にニュースから緊急放送始まった。
『…星願都市から400キロ離れてる隣国XXXXの近郊に邪神種が突然大量発生の情報が入りました!今状況確認中…』
「確認終えてから行くのはもう手遅れだよな、経験上は」
自分に言い聞かせるように、部屋の中に転移用空間を作る。目標はもちろん隣国の、「兆し」の現場。
俺は深呼吸して、暗闇の中へ歩き出す。
さあ、再び終焉を迎えよう。