親を躾直していたものの、大人げがないから逃げられた〜次女を念入りに可愛がるのはダメ〜
男女はひたすら無言で互いに向き合い、互いをひたすら見つめあっていた。
電柱の鳥がピチュピチュと鳴こうが、自転車の走る音が通り過ぎたとしても。
口火を先に開いたのは苦痛を和らげるような温度を宿した男。
「おれが雑誌に載ろうがテレビにのろうが、全く音沙汰もなかったのは想定外だった」
「無理だよ」
女も口を開く。
肩に乗る重みが男の口を硬くする。
「わたしは、無理だよ」
男は辛うじて考えていた最悪のシナリオ──この世に居ないのではというものが外れて良かったと己を慰めた。
しかし、思っていたよりも色々違っていて、今事態をなんとか飲み込もうとしている。
彼女は鈴を転がした声音で帽子の位置を微かに直す。
日差しは強い。
しっかり被らねば。
やわくてツルツルの肌を紫外線から守る為に。
「JCとは、その、まぁ、似合ってる」
「似合ってるの使い方おかしくない?あと、小学生って言ってよ」
ピカピカのランドセルを抱えて白い靴に身をやつした小学生の女児は首を傾げた。
「小学生が県を跨げるわけないし、電話番号なんて今時載ってないからねぇ。プライバシーもここまできたら凄い」
「有名になりすぎただけだ」
「どうしてわたしの居場所が分かったの?」
男、ナオキはグッと黙る。
「能力を使った」
「あー、ソナーみたいに?」
「昔ほどじゃないが、使えるんでな」
ふうん、と彼女は気にしてない様子で次を投げかける。
それにホッとしたのは永遠の秘密にしたいところ。
「でも、やっぱりわたしはこの通りだからもう連めない。かつての仲間達は揃ってるんなら、そっちで元気でいて」
もう関係ないとばかりに相手はスタスタと歩き出す。
それに焦るのはナオキだ。
「待て、せっかく会えたのに……それだけなのか?」
「他にどう言えと?会えて良かったよって?それはまぁ、うん。良かった。けど、わたしにはもう違う生活があるからね」
歩きながら答える相手に少しずつ腹が立ってきた。
「どうしてそう素っ気ない。喜ぶかと思ってたぞ」
「素っ気ないかな?わたしは普通だと思うよ。昔は仲良くしてたけど、もう別の人生になってるんだから別々に生きていこうって言うの、可笑しいの?」
その真面目な顔つきについ怯む。
冒険者の時代なら、どんな手を使っても洗いざらい吐かせた。
「何を考えているのかわかるよ。今の私は小学生。年上の貴方が横着したら警察の制服を来た人達にうんと叱られちゃうよ?」
現代社会における恩恵をさらりと述べるランドセルっ子に喉が鳴る。
「毒舌がアップデートしたようでなによりだ」
「ありがとう」
褒めてない。
「……で……お前はどこに行くんだ」
「家に帰るんだあ。着いて来ないで」
「行きたい」
「だーめ」
首を振る彼女にどうしても頷いてくれと、懸命に説明する。
この界隈でとても不可解な事件が起きている事を。
「アニメじゃあるまいし、私になにを期待してるの?なにもできない」
腕を掴もうして、現在の法律が頭を掠める。
つらつらとスマホのニュースに現中学生が女児に云々というものが浮かび、強張った。
「だが、おれはお前を諦められそうにない」
その台詞に前へ動こうとしていた片足が中途半端にピタリと止まる。
悔しいくらい心がガタガタいう。
悔しい悔しい悔しい。
諦めねばという自分と、話したい、逢いたい、抱きしめたいという心がぶつかっている。
私にも愛が確かに横たわっている。
世界を超えても会えて良かったというくらいの、それくらいの嬉しさもあるのだ。
しかし、だめなのだ、と歯がゆくなる。
それをなだめかして、ナオキへ向く。
「私のことは死んだと思えば良いの」
ニコッと笑みを浮かべ、誤魔化す。
家に帰るとやけにガチャリという鍵の音が聴こえる。
「ただいま」
というが、聞こえるのは幼児の声の母親の楽しげな声。
また、か。
何度体験しても心臓を引き絞るような感覚に陥る。
私の家庭は所謂再婚。
父親が浮気して離婚したらしい。
赤ん坊の頃の話らしいので、親の顔など知らない。
私が育つ間、母親は今の義理の父親と結婚して、子供を儲けた。
2人の子供、片方だけ血が繋がった私と両親の血が繋がった義理の妹。
ネグレクトとか、そういう強い言葉で表すようなことではないのだが、親の発する気配が私を宙ぶらりんの立ち位置にしている。
義理の父親と私は仲良くもなく、悪いわけではなく。
同居人だ。
母親は私にしなかった可愛がりを妹にしていた。
私の時は離婚や生活の変化で余裕がなかったみたい。
(気まずいなんてもんじゃない)
母親がフォローするべきなのに、私の育児は終わったかのような扱いにびきりと青筋が立つ。
私は前世もある大人の精神を持つ。
過去、冒険者だったとしてと大人としてのやるべきことをすることくらいは分かっている。
両親を私は自信を持って役割を放棄していると認知していた。
だから、嫌がらせに家族団欒に無理矢理ねじ込んでやってる。
そうじゃないと今世の私が可哀想だ。
私が私をよしよし、して、今世の親を、義理の妹をざまあするのだ。
「ただいま!」
「あ、お、お帰り」
「おやつは?食べるね」
「ええ」
母親はびっくりしていた。
楽しそうにしていた空気は飛散。
内心、にやりとして真顔でリンカは通り過ぎる。
ふふん。
おやつを貪り食べて、やけ食い風にしてやると母親はちらちらと気にしながらも妹に話しかける。
「ねーの食べう」
妹は私の食べているおやつが食べたいらしい。
「あの、おねーちゃん」
母親の姉になった覚えはない。
おねーちゃん呼びは妹が生まれた時から始まった。
バカな話があるものか。
いつ、私が妹が欲しいとか、姉になりたいとか、お姉ちゃんという名前に変えたと申告した?
「母さん。あのですね。私はおねーちゃんではありません。名前がちゃんとあるんです」
説教と圧で母に言い聞かせる。
お前は馬鹿だという目も忘れずに。
これを習慣化すると妹に年下の妹が生まれた時、妹がぐれるか、反抗期まっしぐらになるだろ。
「ひっ。ご、ごめん」
「名前を忘れたのなら、ほら、ここに名前書いてるでしょ?読めるかな?」
ランドセルについたネームプレートを指で指す。
相変わらず親がゴミでおやつが美味しい。
因みに義理の父親が説教という名の折檻を与えてきた場合、私は反撃の策があるので、社会的にぬっ殺す準備をしている。
「はあ。本当の父親が妊娠中に浮気発覚で大変だったのは分かるけど。私を呪物扱いするのは別だろうが」
嫌味ったらしくねちねちと母親にぶつけた。
「っ、はい」
母親は妹をぎゅっとした。
妹を精神安的にするのヤメロ。
「幸福の象徴扱いするのも一つの命に対して失礼でしょ。手を緩めて」
ぎろりと睨んだ。
母親はビクッとなって妹を体から離す。
子供は親の逃げ道じゃないんだ。
大人としてこうして母親を躾ける日々をこうして送っている。
父親も帰宅して4人で家族の夜ご飯。
私はひたすら無言。
父と母は妹を肴に会話をしている。
「ピーマンやーなの」
妹が苦手なピーマンを拒む。
母親は苦心しながらピーマンをたべさせようとする。
しかし、食べない。
困ったようにこちらを見てくる。
「おねーちゃんはしっかり食べてるよ」
だ、か、ら!
おねーちゃん言うなっ。
姉みをどうしても押し付けたいみたいだな。
「私に妹は存在しない」
一言言うと、2人はぴしりと固まる。
妹は空気がわからず呑気にピーマンをぐちゃぐちゃにしている。
「リンカ」
「私の名前知ってたのか」
「リンカちゃん」
おや、義理の父親、ついに説教の皮を被った子供を大人げなく言い負かせる自分親だかっけえムーブするの?
ん?ん?
「母と結婚したことはお祝いしましたけど、まともに会話したのいつでしたっけ?で、私とのまともな会話が今ですか?なんでしょうか?私を負の遺産扱いする再婚相手さん」
父親が青ざめて会話が止まる。
私が言っているのはいけずでも意地悪でもない。
彼は私との対話を回避して、母親と妹ばかりと話している。
この3年以上、毎日こんな空気。
「分からないでもないですよ。元夫の子供なんていう、めんどくさい七拍子の私と暮らすなんていう苦痛を送る自分を憐れむ気持ち。念願の愛娘が可愛すぎてふと目につく汚れた野良猫って、扱いに困るし、かといって処分もよそに預けるのも体裁を考えて、人間的にやれないですよ。私も人間なので苦労くらいはふんわり分かってます。だから、いつもは何気なく空気を読んで気配を薄くして住んであげているでしょ?」
お箸を置いて、母と父に目を向ける。
「大学に通わせろと図々しい真似はしませんよ。高校を卒業したらこの家から静かに出ていってあげますから、貴方達も私を利用したい時だけ目を向けるなんてことを止めてください。私はおねーちゃんでも、妹の姉でも姉のいる妹でもない」
ため息をつく。
「2人が付き合った時、結婚した時の人生設計に義理の娘と元夫の娘が居るという現実を取り入れなかったことが現在の家の異様な実態の結末なんですよね」
お冷なお家、製作者はわたしです!
「16歳で出ていくので、その後の人生設計でも立てといて下さい。」
ピーマンを当てつけにバクバク食べて立ち上がる。
キッチンへ行き、皿を洗って乾かし、テーブルのところでもタオルで拭き、自分のことを済ませる。
完璧な片付けに親達は固まったまま、呼び止めることも出来ずに見送ることしか出来ない。
こうして、大人のリンカは愉悦とざまあに生きていた。
数日後、またナオキに道を塞がれていた。
ため息を吐いて、剣道の道具を背負う男を見上げる。
「またなの?」
「何度も来るぞ。おれはしつこい男だからな」
ナオキは楽しそうに笑い、私をからかう。
「今すぐは無理だろうだが、傍にいずれ来い」
「私は今世は普通に生きたい」
要望を述べていると、男は頷く。
「今の家族が邪魔で、恐らくこの地域からも離れることになる」
「それも予定に組み込んでおく」
そりゃ、過去凄い体験をしていた彼にとっては私の今に比べたら割と普通の域だ。
彼の生い立ちや、苦労話は有名だった。
仲間内じゃね。
「ナオキ、私はね、もう普通に暮らしたいの。放っておいて。そもそもこの現代では私たちのスキル、何か有用?どこらへん?」
「いや、おれが立ち上げる」
「立ち上げる?なにを?」
「コウメイ研究所。おれの思想によって立ち上げられた団体」
「ふうん」
「興味なさげだな。調べたところ、家族仲は悪そうだ」
「うちは赤の他人しかいない。ギスギスしてて、それを切り込むのを楽しみに生きてるって感じ」
「お前にしては手緩いな」
「しょうがないよ。じゃあ、なに?貴方が報復してくれるの?ん?」
「やってやってもいい。お前がこっちにきてくれるんならな?」
「バカ言わないで。私だけでもケリが付けられるんだから、貴方に頼まなくとも好きに三人をどうとでも出来る。それなのに有料で頼むのはやらない」
ナオキを睨みつけて、彼の横を通る。
もう話は終わったもん。
彼は私を通せんぼしなかった。
「待ってる。ずっと」
お熱いお誘いだ事。
冒険者時代を深く思い出す。
「待ってなくていい。待ってなくていいよ。待たれたくない」
彼に言うでもなく、私は独り言を呟く。
家に帰るとまた母は妹と遊んでいた。
「ただいま」
遂にお帰りさえ言わなくなった。
ため息をこれみよがしに吐いてやる。
これもばっちりスマホで撮影されているので、母親が娘を無視している動画がハッキリくっきり、写っているのだろう。
(どうしてそうも頭が悪いの)
私は呆れる目を相手に向ける。
びくりと肩を揺らす彼女はまた、妹を抱っこしようとする。
「ねえ、数日前のことも忘れたの?」
「!──そ、そう、ね」
妹を盾にするなという注意を思い出したらしい。
子供はお守りじゃないんだよ。
「わかってるんなら二度とするな」
睨みつけると、冒険者時の威圧が出てくるのか、めっためたに怯える。
私は別に怯えられるのは構わない。
だってもう私たちは家族じゃない。
家族なら気にするけど、勝手に除け者にしてくる家族は家族じゃない。
お金を出すATM。
「はあ」
さっさと家を出たい。
もう学校はスキルでズルして、ナオキがいう立ち上げた組織に入ろっかな。
彼ならば弁護士を用意してくれているのだろうし、こちらには親の娘への仕打ちを写した動画がたっぷり持っている。
それを出したら、もう世間に出られなくなるかもしれないね。
知ったことではないけど。
生まれた時から力や異常なところを出していたり、変な事をやって気味悪く思われたのなら自業自得だが、至って普通の子だし、8歳に記憶が徐々に出てきたので気味悪く思うのは時間的に矛盾。
何故なら普通に擬態していたもん。
周りにいる子達に習って学習した。
今はまだ12歳にも満たない子供なのが歯痒い。
そろそろ本格的に弁護士にだけは相談するべきかな。
悩む。
小さいのがネックだよね。
どうしようかなぁ。
私はこの不甲斐ない親を見て、諦めの瞳を空に向けた。
1年後、彼がまた現れた。
私は外で途方に暮れていた。
実は学校の行事で2泊3日したところ、家に帰ったらその家が空っぽだった。
探すことは可能だが、檻から出た猿を探す気にはならなかった。
「どーしようかな」
「どうする。好きに選べ」
「来ると思った」
「そうか。遂にやらかしたんだな。まあ、出ていくところまで全てみていたし、この一眼レフでも動画でも撮影していたけどな。ふん」
どうやら元家族に大激怒しているみたい。
私よりも怒ってる。
私は怒りよりも呆れが強いけど。
彼の説明を聞くと異能を使ってトラブルを解決するのだそう。
男はにやりと、やんちゃな顔でフレキシブルな雰囲気を浮かべる。
手を出し、ほらいくぞと声をかけられる。
「はは。色んなやつらがお前を待ってる。首を長くしてな」
ドヤ顔でポーズを決めるその様がなんとなくイラッときて、子供用シューズの履いた足を上げる。
「おっと、蹴ろうとしても無駄だ。なにせ、今のおれは背が高い」
そういえば、彼は昔は私とそんなに背が変わらなくて、背が伸びないだろうかと願っていたような事をブツブツ言っていた。
「異能力とか漫画でしょ」
「お前も本当は使えるんだろ」
手をぼんやり見る。
私の能力は治癒。
前の人生ではかなりの使い手だった。
本当は妹は生まれるまで命が保たなかったので、生まれてきたのは治癒による力。
その後も妹は病弱というものなので、ちょくちょく治癒でコーティングをしていたが、私が居ない家族達のその後を考えると仄暗い未来が頭に過ぎる。
「調べたと言っただろ。お前の義理の父親の腕、綺麗に治ったな」
父は手を痛めた。
でも、位置情報を知らないと力を分けられない。
ということは、彼の手は前よりは……。
となると、病弱になった妹に余裕はないだろう。
「一家離散。よくある結末だな」
「自業自得なのは分かってるよ。でも、義理の妹は無関係だよ」
「まるで大切にされる予定が掻き消える前提だな」
「無理無理。心が弱いのは母だけじゃなくて、父もそのタイプ。お姫様ってやつ?自分を憐れんで優越感を感じるみたい。私が鞭のある言葉を浴びせると、悲しんでいるのに、目にありありと自分が不幸な目にあっていることに酔ってるのが分かりやすく滲み出ちゃってるんだよ」
「2人とも。類ともだなルイ友」
「ルイ友?」
地球歴11年の子供の知識では、まだまだ知らないことの方が多い。
ナオキは、実は心根が優しすぎる回復役の幼女の手を強く握る。
「おれの設立した組織の本拠地に連れてってやる。まるで大企業のオフィスみたいで驚くぞ」
「そんなバカな」
「実は裕福な奴らを何人か助けて、色々後ろ盾になってもらってる。当然だけどな?なんせ、おれは強い」
「はいはい、強い強い」
姉は妹のお気に入りのカピバラのぬいぐるみに発信機を付けている。
ぬいぐるみを伝って治癒が流れるようにしているが、手放す年齢になる頃には、妹と両親がやることになるのだが、結果は自分にも分からない。
義父については己で踏ん張ってろ、と応援してないけど、心の中から伝えておく。
勿論、伝わることは一生ない。
己より大人を、大人気なく置いていった相手をいつまでも助ける真似は流石の少女もしない。
小さな足がさらに大きな足に連れられ、2人分の陰が揺れる。
それはまるで男の怒りがホムラのようにじわりとなったよう。
「オフィスに飲み放題のブースある?」
「ない。仕方ないな。付けてやるよ」