第3話-1
翌日の放課後。
結莉は航、椿姫と一緒に『漫画アニメ同好会』に入部届を提出した。
椿姫を誘うのに躊躇が無かったと言えば嘘になるが、三人入らないと同好会は存続できないし、そもそも誘わなくても椿姫は結莉にくっついて来るだろうし。
「入部ありがとう! これでこの『オタ研』も存続できる」
「え? オタ研?」
入る同好会を間違えたか?
「『漫画アニメ同好会』、略して『オタク文化研究会』、通称『オタ研』さ」
「いえ、全然略になってないですけど……」
「OBに聞いた話では、本当は『オタク文化研究会』で同好会申請しようとしたけど通らなくて仕方なく『漫画アニメ同好会』にしたそうです」
「そんな歴史が……」
て言うか、さっきから結莉ばかりツッコミしてないか?
椿姫はともかく航もつっこめよ。
「ところで辻蔵くん、これはやってるかい?」
熊坂部長が航にスススッと近寄って自分のスマホの画面を見せた。
「あ! は、はい、サービス開始からやってます」
ああ、やっぱりソシャゲの話か。
「ほぅ、じゃあフレンド登録してもらっていいかい? 僕のIDは──」
相手が三年生と言うのが微妙なところではあるけど、話し相手ができて良かったじゃないか、航。
一方、瀬戸副部長はと言うと──
「このタブレットで動画も観られるので、自由に使っていいですよ。専用の校内回線を貰っているので」
「おっと、そうだった。ナイス瀬戸くん。皆にもオタ研のWiFi-IDを教えておくから、部室に居る時は遠慮無く使ってくれたまえ」
授業用のタブレット端末以外でWiFiが自由に使えるのは校内では食堂だけなので、それはありがたいな。
「では、すみませんが私と結莉ちゃんは用事があるので、今日はこれで帰りますね」
「初耳なんだけど?」
空気を読まずに椿姫が言ったのに一応ツッコミはしたけど、今日は入部届を出しに来ただけだし、帰ってもいいかな。
「ああ、活動は自由だから、気が向いたら来てくれたまえ。いつでも待ってるよ」
「霧山さん、桜庭さん、じゃあまたね」
「はい、お先に失礼します」
「おつかれさまでーす」
航はと言うと、引き続き部長とスマホで何かやっているようなので置いて来たし、そもそも同好会の活動以外でつるむつもりも無い。
人の好さそうな部長と副部長に見送られて結莉と椿姫は部室を後にした。
「それで用事って?」
廊下に出てすぐ結莉は聞いた。
「結莉ちゃんと寄り道して帰るからに決まってるじゃん♪ 結莉ちゃん昨日はさっさと帰っちゃったし~」
あぁ、昨日はブラのキツさに耐えられなくなって椿姫の誘いも断って速攻で帰ったんだった。
ちなみに今日も今日とてブラの締め付けは容赦無いのだが、まぁ、昨日より少しは慣れ…………慣れないよ!
でも二日連続で椿姫を邪剣にするのも気が引けるし、今日は仕方ない。ちょっとだけ付き合うか……。
◇ ◇ ◇ ◇
いつもは最寄りの停留所からバスに乗るのをパスして、歩いて少しの所にある『春のデザートフェア』をやっていたファミレスに入った結莉と椿姫。
「それで、話って何?」
ドリンクバーでアイスコーヒーを取ってきた結莉はまるで「議題を見せて」と言うように切り出した。
「結莉ちゃんて時々おじさん臭いよね」
うおっ! いきなり致命的な急所を突かれた!
さすがにバレてはいないだろうって言うか、むしろ「実は中味は33歳のおじさんが人生やり直すために転生しました」なんて信じてもらえるわけもないだろうけど、核心に迫り始めたのはマズい……なんとか誤魔化さねば……。
「だって学校だとクラスが違うから全然話せないし、同好会で普通にお喋りするのもなんか違うでしょ?」
あれ? 『おじさん臭い』のが話題ではなかったのね。ホッとした……。
そう言えば椿姫は休み時間になってもウチのクラスには来ないし、昼休みも美香たちといるところにわざわざ割り込んでは来なかったな。
意外と分別があるのか。
いや、俺が意外と思うだけであって、美香たちの言い方を見るに、ちょっと変わってるってだけで性格自体は良いみたいだし、ちゃんと空気は読めるのだろう。
なぜか結莉に対してだけは、あまり空気を読んでくれないんだけどな。
「えーと、つまり、特に何を話したいってことではなく、ただなんとなく駄弁りたいってことね?」
「そゆこと♪ だから結莉ちゃん最近悩んでることとか無い?」
「いきなり私に振るのか!」
今目の前にいる椿姫に悩んでるよと返しそうになったが、ツッコミしまくりもなんなので、ちょっと考えてみるか。
「んー……悩みと言われても……」
無いと言うか逆に有り過ぎるとも言うか……。
「あっ!」
「なになに?」
「悩みって言うか、ブラがキツくてつらい」
目下一番の悩みって言えばこれしか無いよな。
「それってサイズが合ってないだけじゃない?」
「えっ?」
椿姫はちょっとつまらなさそうにそう返したけど、いやだって、買ってあったのを着けててるんだから、合ってないわけが……。
「今着けてるブラ買ったのっていつ?」
「え、えーと……いつだったかなぁ?」
用意されてたから、いつ買ったかなんて俺も知らん。新品ではなかったけど……。
「ちなみにサイズは?」
「G60」
「えっ、そんなに?」
あっ、しまった。
つい流れで自然と答えてしまったけど、これって女子同士で簡単にやり取りしていい情報なのか?
「私はE60。これでも大きい方なんだけど、さすが結莉ちゃんだね」
いや、そんなこと褒められても……なるほど椿姫はEカップなのか。意外とあるんだな。憶えておこう。
「とにかく一度ちゃんとお店で測り直して貰った方が良いと思うな」
「そ、そうだよね」
「なのでー、私の行きつけの専門店を紹介してあげる」
お、そう言う情報共有はありがたいな。
何より店探しから始めなくていいのは大きい。
結莉は椿姫からLINEで送られて来た店を確認する。
「ホントは私が一緒について行きたいんだけど、そのお店、車じゃないと行くの大変だから」
ん? どう言うことだ?
べつに下着購入に関してはむしろ色々と教えて貰える方がありがたいから付き添ってくれるのもウェルカムなんだが。
「私、土日は東京に行かなきゃならないし」
あぁ、なるほど。
椿姫はレッスンのために上京してて土日は長野にいないんだったな。
それじゃ仕方ない。
「でも助かったよ。ありがとう、椿姫」
「うん、だから新しいの買ったら着けてるとこ見せてね♪」
「どうしてそうなる……」
そんな男子高生の妄想のような文化はさすがに無いだろ……。
とにかくひとまずこれでブラの話は終わり、結莉たちはその後も、とりとめなくしょうもない話を続け、なんだかんだ言いつつ椿姫との会話を楽しむ結莉がいた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ、お母さん」
夕飯を食べ終わった結莉は思い切って母親に切り出した。
「何?」
ちなみに今日も帰って速攻でブラを外してゆるいフリース姿なので解放と重力とを同時に感じている。
そんなのさっさとタンクトップでも着ればいいのにとも思うが、風呂入る前に着るのはなんか忌避感がね……。
「あ、あのね、実は、その、ブ、ブラのサイズが合ってないみたいなの。だから……」
言い出しづらい話題を必死にひねり出す結莉。
ブラって安い物でもないから買って貰うとなると家計の問題にもなるし。
「そうなの? じゃあ週末に買いに行くといいわ」
だが母親はさも当たり前のようにそう返したのだった。
どうやら経済的な余裕はそれなりにある家庭のようだ。
「うん、友達からお店も教えて貰ったから」
「それはよかったわね」
「それで、もし、買うことになったら、何枚買えばいいかな?」
これ意外と大事なポイントだから、事前に決めておかないと。
「とりあえずは三枚あれば良いけど、欲しかったらもっと買ってもいいわよ」
「う、うん、わかった」
欲しかったらってどんな状況だ。
わぁ~、このブラも可愛い~、欲しい~、とかか?
無いだろ、そんなの……。
「ただ、結莉に合うサイズが、そんなに置いてあるかしら?」
「ど、どうだろ……」
あはは……やっぱり母親も結莉はデカパイと言う認識なのね……。
とにかく結莉のこの苦しみは週末までの辛抱と言うことが確定した。
こんなに週末が楽しみなのは何年ぶりだろうか。
前世?では週末なんて力尽きて倒れてるだけで終わってたもんな……。
あぁ、早く週末になぁれ。