第2話-2
「いやー……、体力測定は散々だったよ……」
美香&綾乃と食堂で昼食をとりながら、結莉は、しみじみとそう吐き出した。
デカ乳のデバフも確かにあったけど、それが影響したのは多分50m走くらいで、それどころか、ことごとく平均以下だったのだ。
要するに、この結莉、予想以上に運動能力が低かったと言うことで。
「まぁ、運痴なのもチャームポイントってことで」
「運痴言うな」
全く慰めになってない美香の言葉に俺は即つっこんだ。
「それより結莉ってば『姫』とペア組んでたでしょ? いつ美少女マウント合戦が始まるかとハラハラしたよ」
「姫? ……って、もしかして霧山さんのこと?」
「そう。私たちとは中学が一緒だったから知ってるの」
俺の疑問に綾乃が答えた。
「えっ? もしかして、ヤバい子なの?」
「中学の時からヤバいくらい美人でモテモテさんだよ」
「私は小学校から知ってるけど、既にその時からだったね」
ああ、ヤバいって、そっちの話なのね。
「そうなんだ。でもそれって、見た目の話だよね?」
「そうそう、あれで性格も良いから叩きようが無いんだよねぇ」
「無理に叩かなくていいから……」
思わず苦笑しながらつっこむ結莉。
勿論、美香も冗談で言ったのはわかる。
「ただ、あの子、ちょーっと変わってるから結莉も気をつけなよ」
「え? どんな風に?」
なんとなくそんな予感はしてたけど、やっぱり『不思議ちゃん』系なのか?
「先入観を与えたくないから、それは結莉自身で確かめて」
「うー、綾乃ってば、勿体つけてー」
笑い合いながら、和やかに昼食をとる結莉たち。
「ところで二人は、もう部活は決めたの?」
たまには結莉からも話題を振ってみた。
「私は料理部にするよ。バイトにも役立ちそうだし」
「美香、バイトするんだ」
「そりゃするよー。買いたい物いっぱいあるし」
制服が可愛い系の店で美香がバイトしたら、愛されキャラになりそうだな。
「私は、一応今日は運動系の部も見てみようかなって。結莉も行く?」
「いやぁ、私は運動系は、ちょっと……」
「うん、知ってた」
「知ってて聞かないでよ!」
綾乃は運動系も興味があるようだ。
確かに綾乃は運動神経も良さそうだもんな。羨ましい。
ちなみに元々の航の運動能力は『普通』だったので、結莉の運動能力が低めなのは航のせいじゃないからな! ……多分。
「じゃあ結莉は、どうするの?」
「んー……昨日見て回らなかった部も一応見てみようかな」
さすがに部活に入らないのは気が引けるというか、航のこと後押しした手前も、それは無いよなぁ。
「じゃあ、今日の放課後、私と一緒に見て回ろうよ」
突然の背後からの声に振り返ると、いつの間にかそこには椿姫が立っていたのだった。
椿姫は結莉の返事も待たずに、背後からの結莉の両肩に軽く手を置いて、続ける。
「ね、美香ちゃん、綾乃ちゃん。結莉ちゃん、貰っていいでしょ?」
椿姫は、ふわっと制汗剤の良い匂いをさせながら、しかし、とんでもないことを言い出した。
「いや、結莉はウチらのモノじゃないし、結莉が嫌じゃないなら好きにしたら?」
「結莉が霧山さんに貰われたいのなら止めはしないけど」
美香と綾乃の返答から明らかに『面倒臭い奴に絡まれちゃったよ』感が出ていて、なんだか『結莉がどうにかしろ』と突き放されたような気分だ。
しかし椿姫は、そんなことなど全く気にした風も無く言う。
「じゃあ、私が貰うってことで決定だね♪」
「なんでや!」
結莉は思わず本日二度目のツッコミをしてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
放課後。
並んで廊下を歩く結莉と椿姫。
本当に6時限目が終わってすぐに椿姫はB組にやって来て、突然の美少女の来訪にクラスの男子たちはざわめいた。
しかも、まるで自分のクラスのような自然な足取りで俺の席までやって来たもんだから、隣りの席の航もビックリさ。
お陰で結莉は美香たちや航との挨拶もそこそこに、椿姫を押し出すように教室を後にする羽目になったのだ。
「それで、霧山さんは、どこの部を見たいの?」
「姫ちゃん」
「え?」
「私のことは『姫ちゃん』って呼ぶこと。これは命令」
「命令なんだ……」
しかし、そんな言葉が全く嫌味に感じないのが、卓越した美少女っぷりを際立たせてる。
「部は結莉ちゃんが入りたいところでいいよ。私もそこに入るから」
「いや、意味分かんないし」
「私、結莉ちゃんに一目惚れしちゃったから、一緒にいたいの」
「突然、何言いだしてるの、この子っ!?」
そもそも『一目惚れ』とか都市伝説だろ……。
いや、それはともかく、どう言うこと?
もしかして椿姫って『女の子が好きな女の子』ってことなの!?
だとしたら美香たちの微妙な反応にも納得がいくかも知れないが……。
「結莉ちゃんの見た目、ちょー好みなんだ。今すぐ持って帰ってしまっちゃいたいくらい」
「拉致監禁宣言しないで!」
頼むからヤンデレとかは勘弁してくれよ?
「結莉ちゃんってツッコミに忙しいね」
「姫ちゃんがボケまくるからだよ!」
これもう意図的じゃなくてナチュラルの、正に『天然ボケ』だろ。
「そんなことより、どこの部を見に行くか早く決めたら?」
「うわ、ボケな人にまともなこと指摘されると腹立つ」
とは言え、これ以上つっこむのも疲れるので、結莉はスマホで校内SNSを見る。
新入生向けに入部見学チェックリストが用意されてるのだ。
「えーと、まだ見学してない部は……」
「ねぇ、コスプレ部って無いの?」
「え? ……無いみたいだけど、コスプレしたいの?」
まぁ、確かに、椿姫ならめちゃくちゃ似合うとは思うけど、そもそも、そんな部がある高校なんて存在するのか?
コスプレがしたいのなら趣味でやればいいことだし。
「結莉ちゃんが可愛いコスプレしたの見たいなって」
「自分でしなよ! 私はしないよ!」
確かに俺自身、結莉の見た目は可愛いと思ってるから、コスプレ姿も正直見てみたくはあるが、それはあくまでも第三者視点であって、俺自身がコスプレするのはナシだ。
そろそろ忘れられがちなので改めて言うが、俺は33歳のおっさんなんだよ。
「そ、それ言ったら私だって、姫ちゃんがコスプレしたの見たいな」
「いいよ。じゃあ一緒に入って二人でコスプレしよ♪」
俺の反撃は速攻で打ち砕かれた。
「だから、そんな部は無いし、あってもしないってば!」
「無いなら作ればいいでしょ?」
「いくら美少女だからって何も考えず無邪気に正論言えば許されると思うなよ」
「んーっ、やっぱり結莉ちゃん大好き♡」
「脈絡が無さ過ぎる!」
抱きついて来た椿姫を必死に押し戻そうとする結莉。
そんな結莉たちの姿は通りすがりの生徒からしたら美少女同士がきゃっきゃとジャレあってるだけにしか見えなかったのかも知れない……。
◇ ◇ ◇ ◇
「どこもピンとこないねー」
なぜか楽しそうに椿姫が言った。
でも確かにそれは結莉も同意だ。
「ここでもいいかな」レベルならいくつかあるにはあったけど、その程度で入ると後悔しそうだし。
でも椿姫の方は単純に椿姫に『釣り合う』部が無いからな気もする。
「姫ちゃん、演劇部なんてどう?」
椿姫なら正に演劇部の姫になれそうだし。
「結莉ちゃん中学では演劇部なんだっけ?」
え? それ自己紹介で言って以来、椿姫に教えた憶えは無いんだけど、どこから聞いた? ちょっと怖いわ。
「そうだけど、私は高校ではもういいかなって」
「なんか高校の演劇部ってパッとしないもんね」
こらこら! 演劇やってる高校生に失礼だぞ!
「それに私、事務所に所属してるから、芸能関係はマズいかなって」
「えっ?」
「中学の時から毎週末、レッスンで東京に通ってるの」
まぁ、長野から東京まで新幹線なら一時間半くらいだから週末に通うのもそんなに苦にはならないだろうけど。
「そうなんだ。それじゃあ演劇部はパス、と」
「え? それだけ?」
「えっ?」
「私のこと、興味無い?」
ああ、そういうことか。
何を目指してるのかわからないけど、椿姫くらいの美少女なら芸能人になれるかもね、としか思わなかったよ。
そもそもが芸能人とかあんまり興味無いし。
……いや、待てよ。
俺の記憶を遡っても、椿姫が芸能人になったって噂は聞いて無かったよな?
てことは、もしかして……。
「将来そっち方面がダメだった時の保険も用意しておいた方が良いよ」
「そんなヒドいこと言われたの初めてだよっ!」
あっ、ヤバ。親心のつもだったんだけど余計なお節介で怒らせちゃったかな。
「そんなこと言うの結莉ちゃんだけだよ。もう……大好き♡」
あ、やっぱり椿姫《この子》って、おかしいわ。
これはちょっと距離を置いた方が良いかも知れない。
しかし、ガッシリと腕にしがみつかれて、むしろ物理的な距離は縮まってしまったのだが……。