第8話-3
さて、たまにはオタク視点で今の俺の状況を検証してみよう。
オタクとは言っても前回の俺はもうそんな趣味に手を出せないほどブラック企業で精神すり潰されてたので、『元オタク』と言った方が正しいが、とりあえずそれは置いておく。
まず、人生やり直しの件。
これ、その手の作品だと、前回の知識を使ってドヤる展開がお約束なんだろうけど、今のところそんな機会は訪れていないどころか、先日なんてテストで苦戦したほどだ。
まだ入学して一ヶ月なんだし、もしかしたらいずれそんな機会が訪れるのかも知れないけど、もう正直どうでもいいかな。
なんかそう言う意欲が全然湧いてこない。
これは枯れたおじさんソウルを引きずっているのかも知れないな。
航そのもの、もしくは男子でやり直せてたら彼女くらいは作りたいとか頑張ったかも知れないけど、女子だもんなぁ。
彼氏とかホントいらないんで。
てことでお次は女子になってしまったこと、要はTSしたしまった件だ。
これについても、周りは結莉の中味が男だと知らないし、男に戻れるわけでもないので、ただ女子として生きていくために必死で頑張ってるってだけで、なんのうま味も無い。
いや、無いは言い過ぎだけど、今のところその苦労に見合うだけの価値を見出せていない。
うん、ここまで考えると今後の結莉の課題が見えて来たな。
つまりは、女子であるが故の価値を見出せばいいわけだ。
でも、それってなんだ?
イケメン彼氏ゲットとかは勘弁してくれよ? マジ要らんと言うか、男に頼りたいと言う気がさっぱり起きない。
ただ、これを考え出すと結局は、だったらこの容姿をどうにか活用できないかって方向に行ってしまって、それはそれでなぁ……。
だって美少女とは言ってもせいぜい良くて学校で一、二くらいのレベルで芸能人になれるほどの美少女ではないだろ?
幸いにも?いきなり上位存在の椿姫が身近に居るが故に甘くない現実を叩きつけられている。
だとしたらアレだ。
何か一芸がある+美少女。
これか?
でも一芸かぁ……一芸なんて今の結莉には無いよなぁ……。
「ねぇ結莉ちゃん、ちょっと折り入って相談があるんだけど」
いきなり結莉の思考を遮って椿姫にそう切り出され、嫌な予感がしないわけがない。
むしろ結莉の胸中で警報アラートがけたたましく鳴り始めていた。
ちなみに今は放課後で、部活に向かってる途中の廊下だ。
「……な、何かな?」
すると椿姫は結莉の手を取って強引に空き教室に連れ込み、続けた。
「来週、一緒に東京に行くでしょ? そのことで」
ああ、東京で開催されるゲームイベントに同好会の皆で行くって話か。
何故か結莉だけ椿姫と一緒に前日入りするってことになってたから、そのことかな?
まぁ、それなら大したことではないだろうと安堵して聞き返した。
「何? ただ行って帰って来るだけだし、そんなに準備していく物って無いよね?」
「うん、実は、結莉ちゃんのコスプレ動画、事務所のマネージャーに見せちゃったんだ」
「……はい?」
初手いきなり予想外のパンチを食らってしまって軽く意識が飛んだぞ?
「そうしたら、ぜひ私と一緒にイベントに出て欲しいって言われて。あ、イベントってのはゲームイベントにコスプレしてってことね」
「はいぃ?」
すかさずガードする間もなく腹に重いのをぶち込まれた。
それってもしかして企業ブースにコンパニオン的にいるレイヤーのことか?
「で、勝手にOKしちゃったんで、よろしくね♪」
「はいぃぃぃっっっ!?」
そこにトドメの一撃を入れられて瞬殺KO。
「ギャラはちゃんと出るから心配しないでね」
「そこじゃないっ!」
いやKOされてる場合じゃない。
「衣装のことならもう典子ちゃんに頼んであるよ」
「そこでもないっ!」
多分、ブラッシュアップと言うか、企業ブースに出しても耐えられるクオリティにしてくれるようにって典子に頼んだんだろうけど、違うそれじゃない。
「え? じゃあ何が問題なの?」
「何がって……」
この女、これを素で言ってるのが恐ろしい……。
「だから今週は私と合わせのポーズ練習ね」
「……」
ここで駄々をこねることは出来るだろう。
だが結莉の中味である俺が、それを許してはくれなかった。
既に決まってしまった段取りを直前で引っ繰り返すのが如何に関係者に迷惑をかけるかわかってしまうし、結果的に椿姫の事務所にだって迷惑をかけ、椿姫自身の評判だって落としかねない。
結莉がそこまで考えると計算したわけじゃないんだろうけど、結莉が断らないと思ってたのは間違い無い。
でもそれは多分、結莉の大人的な分別を見越してではなく、結莉なら喜んで付き合ってくれると確信してるからだ。
椿姫にとって結莉はそう言う存在にされてしまっているのだ。
「あっ……結莉ちゃん、もしかして……」
だが、さすがに結莉が困っていることに気づいたか?
「……サイズ測り直した方がいいとか?」
「太ってないよっ!」
……ないと思う。
なんか最近またブラがきつくなって来たような気がしないでもないけど、さすがにこれ以上は育たないだろう。きっと洗濯で縮んだだけに違いない。
ただ一応念のため新しいブラを買う時に店員さんに相談した方が良いかも知れないな。
「なら大丈夫。恥ずかしいのなんて一瞬で慣れるから、一緒に頑張ろうね♪」
それは確かにあるけど、それ以前の問題なんだけど、椿姫が理解してくれそうにないことはもうわかりきっている。
はぁ……ここは大人として結莉が折れるしか無いようだ。
もう結莉の心はやる方向に舵を切っていた。あくまでも渋々とだが。
「……ちなみにギャラっていくら?」
とりあえず結莉はそう返すのが精一杯だった。
余談だが、そもそもなんで椿姫がそんな仕事を引き請けたのかと言うと、以前アイドルユニットを断った件があったので、今回の話を断れなかったんだってさ。
まぁ、それなら、その件でアドバイスした結莉にもちょっとは責任があるし、仕方ないか……。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日はGW前の祝日。
結莉はクラスの女子たちと買い物に来ていた。
今回のメンツは結莉、クラスの世話役・美香、お子ちゃまな希美、そして小林奈緒の四人。
奈緒は文芸部で、おっとりほんわかした子だ。
あと結構乳がデカい。おそらくFカップくらいあるので、そう言う話題になった時に結莉の被弾率を落とせるかも知れない。
「希美、最初に言っとくけど、あんた勝手にどっか行ったらそのまま置いてくから」
「なんで私が名指しっ!?」
集合して早々に美香が希美にそう言ったけど、そりゃ今回は希美の保護者役な優花がいないから釘を刺しておく必要があるのはわかるので、結莉と奈緒はうんうんとうなずいた。
「じゃ、行こっか」
希美の抗議は無視して歩き出す美香と、続く結莉たち。
希美も渋々それに続き、ピタッと奈緒に寄り添う。
うん、このメンツの中では奈緒が一番ママ味あるもんな。
そこでふと結莉は自分のことについて気になった。
結莉ってどんなキャラとして周りから認識されてるんだ?
男は多分乳しか見てないからどうでもいいけど、同性からどう見られてるかは気になるな。
「ねぇ、美香」
「何?」
買い物が一段落して軽喫茶で一休みしている時に結莉は美香に話を振った。
「私ってどんなキャラ?」
その意図をすぐ汲んだのだろう、美香はしばし考え込んでから言った。
「見た目可愛いけど中味がおじさん」
「うえっ!?」
それって、まんまじゃないか!
えぇっ!? そこまで見透かされてたのかっ!?
「そ、そうかな? そんなにおじさんぽかった?」
「なんか気の遣い方がそんな感じする。私たちに対して腫れ物を触るみたいな」
「えぇ~っ……そっかぁ……そうなのかぁ……」
そりゃおっさんに女子高生との距離感なんてわからないから慎重にならざるを得ないからなぁ……。
「気にするな結莉。男は結莉のおっぱいしか見てないぞ」
割り込んで来た希美には無言で頭にチョップを入れる。
ついでにチラッと視線を送ると奈緒が言った。
「結莉ちゃんは少年漫画のヒロインタイプかな」
「あー、それわかる」
美香が同意する。
そうか、わかるのか。
それってつまり、如何にも男作者が考えた美少女だなって感じか?
そう言われてしまうと反論のしようが無い。
正におじさんがなんとか必死に結莉の見た目に合う女子高生を演じてるわけだからな。
「でも私、結莉のこと好きだし、キャラがどうとかべつにいいんじゃない?」
結莉の表情が少し沈んでいたのか、美香がすかさずそう言った。
「わたしも好きだからおっぱい揉ませろ」
とりあえず希美には二発目のチョップを入れた。
「結莉ちゃんって意外と心配性なんだね」
「そ、そうかも……」
あぁ、そうだよな。
そう言うところがおっさん臭いのかもなぁ……。
でもだからってそれはそう簡単には変えられないし、もうそう言うキャラでいくのが無難なのかもなぁ。
最初から楽勝だとは思ってなかったけど、このやり直し人生、課題が多いなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日の放課後。
「……え? これって……?」
椿姫に連れられて服飾部に行ったら新衣装が用意されてた。
何を言っているのかわからないと思うが、結莉も何が起きたのかわからなかった。
てっきり前に着た衣装の調整かと思っていたのに、どう言うことだ!?
いや、理由と言うか流れはわかる。
結莉がコスプレすることになってるソシャゲでは今『メイド服ガチャ』をやっていて、結莉と椿姫の担当キャラは、しっかりそれに入っていたのだ。
「いやだからって作るの早過ぎるでしょ!?」
もしかして事前に椿姫の事務所経由で情報を貰っていたとかなのか?
「早過ぎるとは言っても、メイドガチャ自体は一ヶ月前の公式生配信で告知されていましたから」
典子がそう言ったけど、それにしたって立ち絵一枚公開された程度だよね!?
そう思っていると続いて部長が言う。
「それに服飾部、メイド服を作るのには慣れてるから」
「あ……そ、そうですか……」
うん、なんとなく察して、もういいやってなった。
いや、ちゃんと聞いた話では、コスプレ以外にも文化祭用で頼まれたりするんだってさ。
とにかくそんなわけで早速、新衣装なメイド服を着用する結莉と椿姫。
「さすが椿姫ね。よく似合ってる」
典子が褒める通り、椿姫が演じるキャラは、エプロンドレス風のクラシカルなメイド服で、品があってかつ華やかで可愛らしくて、よく似合っている。
対して結莉は──
「この胸の所の不自然な穴もしっかり再現したのね……」
そう、結莉の演じるキャラのメイド衣装は、鎖骨から下がキャラのトレードマークでもあるウサギ頭の形に空いていて、胸の谷間がしっかりガッツリと見えているタイプだった。
「結莉ちゃんセクシー過ぎてヤバい!」
興奮する椿姫。
「いや、谷間が見えただけでセクシーってわけじゃないし」
むしろ冷静になる結莉。
そもそもこれはセクシーって言うよりはエロってやつだろ。
微妙に品が無いと言うか、まぁ、キャラには合ってるんだけど。
ただ、谷間をタダで見せるのはなんか抵抗があるな。
いやギャラが出るからタダではないのか。いやそれにしてもだ。
ちなみにスカート丈も椿姫のは膝下なのに対して結莉のは膝上どころか太ももも見えてるくらいに短い。
「二人ともポーズつけてみて問題無いか確認させてちょうだい」
部長に言われて、結莉は夜中に動画を見て特訓していたポーズを早速披露されられる羽目になった。
「おー、結莉ちゃん、練習バッチリだね♪」
余裕でポーズをする椿姫がそう言ったけど、結莉は椿姫に合わせるので精一杯だ。
「動画を撮っておきますから最後の仕上げの参考にしてください」
「はーい♪」
「はい……」
こんなんで本当にやれるのかなぁ?
急に不安になってきたと言うか、正直言うともう逃げたい。
でも、おっさんマインド的に逃げられない悲しい現実。
あぁ、本当に美香に言われた通り、結莉は泣きたいほどに中味おっさんの美少女だよ……。
「あっ、いけない。忘れていました。桜庭さん、念のためそのキャラ専用のパンツも作っておきましたので穿いてみてください」
と典子が言って差し出したのはブラジリアン水着風の際どいパンツだった。
「え……それ、穿くの……?」
「はい、もし万が一に見えてしまった時、『解釈違い』と言われては困ると思いますから」
「み、見えないし、見えても困らないと思うけどなぁ……」
さすがにそのTバックに近い尻に食い込むのを穿くのは抵抗ありまくるぞ?
「結莉ちゃん、見えない所から気合を入れるのもコスプレには必要だよ!」
あ、これどう断っても穿かされる流れだ。うん、結莉、知ってる。
「い……いやぁ~……」
結莉のその力無い抵抗の嘆きが無視されたのは言うまでも無かった。
【人生やり直しついでに『おれ』も育成します】 第8話 終わり
 




