第8話-2
結莉の通う高校は一応地元でもトップの進学校なのでGW前にも学力テストがある。
さて、そこで問題が発生する。
当時の航ならまだしも、元33歳おっさん会社員が中味の結莉は高校の頃の勉強なんてすっかり忘れているわけで、つまり、テストは非常にマズいと言う問題だ。
社会人なら、なぜか高校時代に戻ってしかもテストで全然わからんと言うトラウマのような夢を見たことがあるんじゃないか?
それが今、現実として結莉の目の前に立ち塞がっていた。
これはマズい。本気でマズい。
もう誰かを頼って勉強を教わるしか無い。
しかしその人選は重要だ。
勉強が出来ない子だと言うことが周りにバレたくはないし、敢えて誰とは言わないが下手に借りを作ってはいけない奴もいる。
勉強が出来て他人に教えられる余裕があって、かつ口が固そうで、かつ結莉の頼みを聞いてくれそうな奴となると……。
「……ねぇ、辻蔵くん。ちょっと内緒の相談があるんだけど、いい?」
潜めた声で隣りの航に話しかける。
「えっ? うん?」
「じゃあ、ちょっとついて来て」
さすがに教室で相談するわけにはいかないので、そう言って結莉は場所を変えた。
とは言っても、廊下の端に来ただけだが。
「実は、私、今度の学力テストに自信が無くて、勉強を教えて欲しいなって」
「ぼ、僕も教えられるほどの自信は無いけど……」
そう謙遜するけど、当時の航がそこそこ成績良かったのは知ってるんだよ。
むしろ成績だけは良かったんだよ。ぼっちだったから。
「それならそれで、一緒に勉強して、わからない所を相談に乗ってもらうだけでもいいんだけど」
「そ、それなら、まぁ……。でも、どうして僕に?」
おっと。それを聞くか。まぁ、そりゃ聞くよな。
でもここはハッキリさせておかないとな。
「言っておくけど恋愛的な意図は全くないから」
「う、うん、それはわかってるけど……」
「ただ、辻蔵くんが一番頼りやすそうかなってだけ」
「そ、そうなんだ……」
んー? 微妙に納得してないような感じだな。仕方ない。奥の手だ。
「悪い言い方をすると、辻蔵くんなら私の言うこと聞いてくれそうだから」
「あっ、そ、そう言うことか、あははっ、そうかもね」
航は苦笑して、そして続けた。
「うん、わかった。僕でよければ」
「ありがと♪」
こうして結莉専用の先生は確保した。
後は、いつどこでどう教わるかだが……。
◇ ◇ ◇ ◇
「はーい」
玄関の防犯カメラで来訪には気づいていたので、呼び鈴が鳴った瞬間に結莉はドアを開けた。
「あっ、ど、ども、辻蔵です」
「両親はいないから遠慮しないで上がって」
結莉は家へと航を招き入れた。
週末の土曜日。そのお昼過ぎ。
結局、結莉の家で勉強を教えて貰うことになったのだ。
勉強を教えてもらうのなんて教室や図書室でいいのでは?
いやいや、それでは結莉が勉強ダメダメなのがバレてしまうし、変な噂をされかねない。
だったらもうファミレスとかで長居するより、どっちかの家ですればいいんじゃね? と言うことで航に来て貰ったって流れだ。
航の家と結莉の家とが自転車だと割と近い距離なことは把握済だし。
本音を言えば俺の実家でもある航の家にしたかったけど、やっぱり女子が男子の家に行って二人っきりってのは万一のことを考えるとよろしくないだろ?
どうせ二人っきりなら正にホームである自分の家の方が安全ってわけだ。
いやべつに航に対してそれほど貞操の危機を感じてるわけではないんだけどさ。
本当にいざとなったら必殺の呪文『結莉は航だ!』を使えばいいんだし。
そんなこと言われたら絶対萎えるだろ?
……ん? 自分の正体を明かしてしまうのって、やっていいのか? 禁則事項だったりしないのか?
そう言えばちゃんと確認して無かったな。
こりゃ後で、最近すっかりその存在を忘れている神さまに質問してみた方がいいな。
「飲み物持って来るから待っててね」
航を二階の自室に招き入れて一階へと降りる。
べつに航に見られて困るような物は部屋に無いので心配も無い。
ちなみに本日の結莉の服装はと言うと、上はVネックのTシャツ、下はデニムのハーフパンツと言うシンプルなものと言うか、要は部屋着だ。
航相手に下手におしゃれするのも変だしな。
そうそう、両親はたまたま用事で揃って出かけてるけど、勿論その間に航が来ることは伝えてある。
と言うか、先に勉強会のことを伝えてたら昨日になって出かけると言われた。
まさか、変な気を回したんじゃないだろうな? ……まぁ、いいか。
「お待たせ。じゃあ早速だけど始めよっか」
「う、うん……」
飲み物を持って来てテーブルに置いてそう言うと、航はなんだか気不味そうな返事をした。
「ん? どうしたの?」
部屋に変な物は少なくとも見える所には無い筈だけど?
「あ、いや、女子の部屋に来るのなんて初めてだから、なんか、こう……」
「はぁ……そんな緊張しないでよ。私と辻蔵くんの仲でしょ」
と自分で言ってから「いやどんな仲だよ!」と内心ツッコミ発生。
「ほ、ほら、なんて言うか、姉と弟みたいな?」
「あ、そ、そうだね」
ちょっと苦しかったか、お互いに苦笑。
でも結莉がこの結莉ではなく、例えば航の双子の姉としてやり直し転生してたらって考えると、すごくしっくり来るだろ?
だから当たらずとも遠からずってやつだ。多分。
◇ ◇ ◇ ◇
勉強の方は順調に進んだ。
まぁ、自分で言うのもなんだが俺は頭が悪いわけではなく単に高校の時の勉強なんて忘れてしまっていただけだから、思い出してしまえば早いもんだ。
「よし! これでとりあえず終わったかな。ありがと♪」
「う、うん、役に立てたのなら良かったよ」
時計を見ると16時になろうかと言うところだった。
両親、本気で気を遣って長々と外出してるつもりか?
航が帰ったかどうかは外出先からでも防犯カメラで確認出来るしな。
「あ、ちょっとトイレ」
このまま終わりな流れで航は帰り仕度を始めていたので、トイレなんて航が帰ってからにすれば良かったのにと今にして思うが後の祭りだ。
そう言って立ち上がった時に、それは起こってしまった。
「ふあっ!?」
足が痺れていたことに気づかず急に立ち上がったせいでよろけた結莉は、まだ座っていた航に向かって倒れ込んでしまったのだ。
──衝撃。
そしてしばらくして──
「っ…………だ、大丈夫?」
どうやら航も足が痺れていたのか咄嗟に避けられず結莉の下敷きになってしまっていて、結莉が航を押し倒したような形になってしまっていた。
「あ、あわわわわわっ、ご、ごごごごご、ごめっ」
「? 今どくからそんなに慌てなくても…………あ」
多分航は結莉を受け止めようとして胸の前に手を出していたのであろう。
しかしその手が今、がっつりと結莉のデカ乳を下から掴んでいた。
いや、結莉のデカ乳が航の両掌に乗せ当てられて潰れていた、と言う方が正しいか。
勿論、それで性的に感じてしまうとかは無い。
ベッドの上でうつ伏せになっているのと変わらず、ただデカ乳の下にあるのがマットレスか航の手かの違いに過ぎないのに感じるわけも無い。
「ちょっと待って……よっ! と」
結莉は両腕を床に突いて上半身を起こし航からデカ乳を離し、そのまま座り姿勢へと移行。
結莉がどいたので航も起き上がった。
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
すかさず土下座する航。
「いやー、どっちかって言うと私が胸を押しつけた形だし辻蔵くんは全然悪く無いよー」
てへへ♪ って感じにちょっと恥ずかしそうに言ってみる結莉。
て言うか、もしかして今回の航ってラッキースケベ属性でもあるのか? これで三度目だぞ? けしからんな。羨ましい。
……いや、違うな。
結莉がラッキースケベを発生させてるんだよ!
たまたま今までは航相手にしか発動してなかったってだけだよ!
この身体、見た目がスケベなだけでなくラッキースケベ発生属性まで持ってるのかよ。恐ろしい……。
おっと、そんなことより航への念押しを忘れていた。
「けど、私の胸を触ったってこと絶対誰にも言っちゃダメだからね」
「い、言わないよ。絶対言わない!」
「なら今のは私のせいってことで、ごめんなさい。どこかぶつけたりしてない?」
「あ、それは大丈夫」
と言いつつ、立ち上がる航。
「じゃ、じゃあ、そろそろ帰るね」
結莉も合わせて立ち上がって言う。
「うん、今日は本当にありがとう」
そして続ける。
「だからって、さっきのがお礼ってわけじゃないからね」
「わ、わかってるよっ」
苦笑し合う結莉たち。
これにて勉強会は終わり、航が帰ってから30分もしない内に両親も帰って来たのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
その夜。
結莉は考え込んでいた。
今日の航とのラッキースケベをなんとか自慰に活かせないものかと。
しかし……。
「やっぱり、相手が航なのは、さすがに萎えるか……」
例えるなら弟に乳を触られてしまった姉みたいな感情だろう。
かと言って、じゃあ小津とか熊坂部長ならイケるかと言うとそんなことも無い。
他のクラスメイト男子にしても全然ダメなことは既に試行済みだ。
「となると、誰をオカズにしたらいいのやら……」
いや、そもそもその発想が男のそれであって、女性はそんなものは必要無いのでは?
まず恋愛ありきなのでは?
でも女性用の『大人のおもちゃ』とか売ってるしなぁ……。
わからない。
わからないが周りに聞くわけにもいかない。
少なくとも同級生に自慰のやり方とか聞いたらドン引きされること確実どころか痴女のレッテルを貼られてしまうかも知れない。
そう言うことを相談出来る『悪い大人』な女性の知り合いが欲しいなぁ……。
……ん? ちょっと待った。
ふと閃いてしまったのだが、結莉の中味は俺なんだから、男の俺が男をオカズに出来ないのは当たり前では?
だとしたら、むしろ女ならオカズに出来るのでは?
男の時と同じ要領でイケるのでは? 試して見る価値はあるのでは?
……だが、それはそれで選定に困るな。
椿姫ならイケそうな気がしないでも無いけど、安易に身近な子を使うのは後々危険な気がする……。
ならば漁るしか無いか? エロ画像やエロ動画を!
そう思い立ち、結莉は早速スマホでその手の検索をしてみた。
してみたが……。
「んー……なんかイマイチなんだよなぁ……おかしいなぁ……」
エロ画像や動画をいくつも見たが全然滾って来ない。
と言うか、こんなの見るくらいなら鏡に映った結莉を見た方がまだマシなのでは?
二次元キャラみたいなデカ乳美少女だし。
そう思い、全てを脱ぎ捨てて全身鏡の前に立ってみる。
「……う~ん、マシかもってだけで、滾らないのは同じだな」
もう何度も風呂入る度に見てるし触ってるわけだし、さすがに無理だった。
ションボリいそいそと服を着る結莉。
もしかして、もう一ヶ月近く女体での生活をしていたせいで女の裸への耐性が付いてしまったか、もしくは完全に『同族』として認識してしまったのかも知れない。
じゃなきゃ女風呂とか入ったら興奮しっぱなしでヤバいもんな。
でもやり直し当初から女子の着替えの中にいても性欲は湧かなかったし、つまりこれは、元々枯れかけてたおっさんソウル+女体化の影響なのかも知れないな。
実はこれ、何気にとてもよくない状況だ。
なぜなら身体は本能的に快楽を求めてしまうので、将来的に愛の無いセックスに溺れてしまいかねない。
男と付き合うなんてイヤ。でも気持ちイイことはシたい。
それって、とてもよろしくないぞ……。
「……まぁ、でも、今から焦っても仕方ないか」
そう、将来を気に病むにはまだ結莉は若い。
とんでもない間違いをやらかさない限り方向修正はいくらでも効く。
だからこの懸念は一旦、頭のすみっこの『後で見る』フォルダにでも入れとこう。
俺はやれやれと深いため息をついて、それはそれとしてヤることはヤっとくかとベッドの中で身を丸くしつつショートパンツの中へと指をすべり込ませて行った。
今頃は航も今日のことを思い出してヌいてるのかも知れないな、と苦笑しつつ……。
ちなみに週明けのテストは、この勉強会のお陰でなんとかそこそこの点を採れたことを補足しておこう。




