第6話「もう一人のタカマツさん」
大書さんから『本社常駐に異動させる』と言われている秋が近づいているからか、掃除以外にも本社でやる俺の仕事がお盆休み以降増えた。浜松町第二オフィス間の行き来が少し面倒なところもあるが、やる気は変わらずだ。そのやる気の源は、本社異動という会社における大きな評価点に対する目標意識と、いちいち荷物を持って本社に移動するのが面倒という気持ち、それに喬松さんといつも一緒のオフィスにいられるようになるという楽しみな気持ちで、ちょうど三等分されているといった具合だ。
そんなこんなで9月。俺はいつものように朝礼の後本社に移動する。相変わらずパソコンを持ちながらの移動が面倒だ。
光綺(早く本社異動になりたいなぁ…)
いつものように空席を見つけて席に座る俺。今日の本社での仕事は荷物の受け取りや、本社に届いた郵便物の仕分け作業がメインだ。2つとも7月頃から追加された仕事で、前者はともかく後者がめちゃくちゃ時間がかかる。
光綺「では、郵便の受け取りに行って参ります。」
玲慈「お願いします。」
集荷用エレベーターで地下の集荷場に荷物を取りに行く俺。この仕事を新しく任されるようになって2カ月弱。時間のかかり具合は届いた荷物の数にもよるが、手順もだいぶ自分の中で定着した。今日の荷物の数は3つだ。
オフィスに戻り、相手に荷物を届ける俺。その途中、営業部の区画近くのベンチスペースで仕事をしている喬松さんたちがいるのを見た。何か会議をしている様子だから、あいさつはしないでおいた。
荷物を渡し終えてしばらくしたら昼休みになった。郵便物の仕分け作業は昼休みの後13時から。
光綺(よっし行くか。)
13時。俺はメールルームへの入室権限のあるカードを持って地下のメールルームに行く。ポストのロック解除番号も覚えられてからしばらくが経つ。しかしポストを開けると…
光綺(うげ今日こんなにあるのかよ。)
俺にとっては2時間くらいかかることが予想されるくらいの多さだった。月初だから当たり前であることは重々承知だが。
郵便を持ってオフィスに戻り、席に着く俺。机が非常に狭く思える程の分量。仕分け先リストを元に対応するファイルに郵便物を入れていく。ブック状の仕分けファイル。下手にかさばらずに便利といえば便利なのだが、マニュアルを見比べる必要があるので相変わらず時間がかかる。
郵便を仕分けている中、「その他個人宛て」のファイルに仕分ける郵便物を取り出していると…
光綺(!?)
その個人宛の郵便物の中に、なんと「喬松紫織 様」と宛名に書かれていたものが2つあったのである。
光綺(マジか。)
びっくりはするが仕事。緊張感が少し高まった。「その他個人宛て」のファイルに仕分ける郵便物は、その喬松さん宛ての郵便物2つだけだった。
光綺(よっしこれで全部だ…)
届いた郵便物を全部ファイルに仕分け終えた俺。時間はかれこれ14時近くになっていた。栖崎さんに最終チェックを頼んで戻って来た後は、郵便物を記録する。その記録作業もめちゃくちゃ時間がかかる。
光綺(今日も15時跨ぎ確定かな…)
なんてことを思いながら記録作業を進める俺。慣れてきてはいるものの、郵便の送り主の長さによっては1件あたりに4分くらいかかることもある。特にダイレクトメールは送付先の名前も書く必要があるからなおさらだ。またさらに別に必要のある書留や特定記録がないだけまだいいのかもしれないが。
郵便を記録し、相手先の人や部署ごとにファイルに入れ、部署の棚に入れたり相手個人に直接渡したりという工程を繰り返す。そんなこんなで時間は14時40分。これでもその仕事を任された当初と比べると早く片付いている方なのである。
そして、「その他個人宛て」のファイルと”対峙”する俺。「本社常駐のうち、人事・経理・社長室の人以外の個人宛という郵便物は、可能であれば本人に直接お渡しすること」というルールがあるのだ。つまり、喬松さん宛ての郵便物を俺が直々にお渡しするということになる。
意を決して、喬松さんに郵便物を渡しに行こうと席を立つ俺。
すると…
玲慈「鷲造さん。」
光綺「はい。」
突然栖崎さんに呼ばれた俺。急に別でお願いしたい優先順位高めの仕事かと思って栖崎さんの席に行くと…
玲慈「今喬松さんに郵便物私に行こうとしましたよね?」
光綺「はい。」
玲慈「それについてなんですが、タカマツさんって名前の人が本社に2人いるので、紛らわしいことにならないよう気をつけて下さい。」
光綺「は、はい…」
『本社にタカマツさんって名前の人が本社に2人いる』ということを聞かされた俺。嘘だろと思って席に戻り、会社で使っているチャットソフトで「Takamatsu」と検索すると…
光綺
喬松さんの他にもう1人、「高待 美世さん」という営業部の人がヒットした。そういえば9月1日にシーノクリエイティブに何人か中途入社した人がいたっけ。
光綺(もう一人の「タカマツさん」ってことか…)
営業部の席は今喬松さんがいるベンチスペースのすぐ側。紛らわしいことにならないように下の名前を加えて呼ぶ必要になるやつだ。
光綺(喬松さんを… 下の名前も入れて呼べってことかよ…!)
当然っちゃ当然な話かもしれないが、まだ喬松さんを下の名前(も込み)で呼んだことのない俺。一気に緊張が高まる。好きな人の下の名前を呼ぶのは本当に何年ぶりだろうか。かなり緊張する。
しかし仕事を止める訳にもいかないし、俺も俺でこの後も仕事がある。俺は意を決して喬松さんたちのいるベンチスペースに、喬松さん宛ての郵便が入ったクリアファイルを持って向かう。
光綺「すいませーん…」
紫織「はい。」
光綺「たかま…」
「喬松さん」と言いかけたところで言葉が止まってしまった俺。やはり緊張しているのが自分でもはっきり分かる。
光綺「喬松… 紫織さん。」
紫織「私ですか?」
光綺「あはい… ゆ、郵便です…」
紫織「ありがとうございます。石幡さんやっと届きました~!」
日菜里「よかったですね~!今日来なかったら連絡しようって言ってたけど。」
紫織「はい。余計な手間省けました―」
郵便物を渡すのもそこそこに、俺は足早に喬松さんたちの席を後にした。
光綺(やっべめっちゃ緊張したぁ…)
何年かぶりに好きな人の下の名前を呼んだ俺。
光綺(緊張してるのバレたよな多分…)
かなり緊張していたからか、終わった後の達成感も凄い。俺は仕事に戻った。
それから数日喬松さんはテレワークという日が続き、次の喬松さんの出勤日のこと。
光綺「あ、お、お疲れ様です。」
紫織「お疲れ様です。」
本社に到着してオフィスに入ろうしたところ、従業員用出入口で喬松さんとバッタリ会った。挨拶を返してくれた喬松さんの笑顔は、心なしかなんだかいつも以上に明るいというか、眩しくも見えた。
緊張しているのが内心では察されていた可能性は否めないが、変な風には受け取られてはいなかったようだ。
-今回初登場の登場人物-
高待 美世
シーノクリエイティブに中途入社で入社した31歳女性。営業部に所属している。長崎県出身。性格:話し好きな性格。
趣味:ライブ鑑賞
特技:ピアノ・ギター
誕生日:10月8日
好きな食べ物:から揚げ




