第5話「後輩、できたんですね。」
喬松さんの誕生日からしばらくが経った4月。シーノクリエイティブにも70人くらいの新入社員が入った。シーノピースもその新入社員の社員証や名刺の発行などで慌ただしい日々が続き、しばらく本社に行けない日が続いた。それらが一段落ついたのはゴールデンウィーク直前のことだ。
光綺「―では、本社に行って参ります。」
俺も入社3年目になったということで本社でやる仕事も増え、その分本社にいる時間も増えた。大書さんは今後の俺の働きぶり次第では早くても秋には俺を本社常駐に異動させると言っていたからあらゆる意味でやる気はあるのだが、喬松さんにはしばらく直接会えない日々が続いていた。
それからさらにしばらくが経った6月。
光綺「―では、本社に行って参ります。」
今日も朝礼を終えたらそこそこに本社に移動する。そういえば今日から新入社員の人が研修を終え、各部署に配属される。
光綺(俺も早く本社に異動してーなー…)
なんてことを移動中に思う俺。喬松さんに会えるからどうとかというよりも、いちいち本社に荷物を持って移動するのが面倒というのもあるからだ。
いつものように本社に着き、席を確保する。新入社員の人が配属される日ゆえに人は先週と比べると多いが、席が満杯という訳でもない。シーノピースの人が座る区画にも余裕がある。
光綺「お疲れ様です。」
玲慈「お疲れ様です。」
栖崎さんの隣の席が空いていたからそこに座る。今日は月曜日。新入社員が配属される日だから可能性はさらに高いが、そもそも月曜日は喬松さんが本社にいる確率は高い曜日だ。
光綺(今日は新入社員の人が配属される日。きっとミーティングでもしてるんだろ。)
と思うのもそこそこにパソコンを立ち上げ、請求書のデータ整理を始める。請求書のデータ整理。PDFデータ化された請求書のファイル名に相手先の会社のコード(ちなみに数字3桁)をつけたり、ファイル名は別でも重複して保存されているもののファイル名の末尾に「(2)」という文字列をつけて書き換えるというものだ。日によって事前に作業フォルダが指定されていて「今日はこのフォルダ」という指示が来るのだが、これがその日の分量によっては結構時間がかかることもある。(ちなみに「(2)」という文字列をつけたものについては、本社の経理担当の人の改めてのチェックを経たら削除されるという)
今日指定されたフォルダを見てみる俺。朝礼後から本社にいるということで量は今まで以上に多かった。計算してみたところその数なんと280以上。仮に退勤間際まで作業したとしても明日以降に持ち越す可能性もあるやつだろう。
作業を始める俺。PDFファイルを開く→別添えの相手先の会社コードのリストを開いて会社コードを調べる→重複しているものがあったらそれを見つけるという感じの作業を繰り返す俺。去年3月くらいに初めて依頼されたその作業。最初は50ファイルやるのに1時間はかかっていた俺だが、しばらく繰り返す中でだいぶその時間も短くなっていった。この間は50ファイルのフォルダの分を(幸いファイルの中身の重複がなかったからとはいえ)わずか30分足らずで終わらせて大書さんがびっくりしたことがあったほどだ。
慣れつつある仕事も始めればあっという間なもので、280ファイル中42ファイルを終わらせることができたところで昼休みになった。1時間弱で42ファイル。ファイルの中身の重複もいくつかあったのを考えたらまあ十分な作業量かなと俺は思う。
昼休みに入るとともに、会議室で会議をしていた人たちも次々オフィスに出てくる。家で作ってきたお弁当を食べる人、コンビニで買ったお弁当などを食べる人、外に食べに行く人などさまざまだ。
すると…
幾里「―どう?新人さんの配属先のデータ入ってきてる?」
紫織「全然です木曜日までは手元に揃ってて欲しいのに(苦笑)」
喬松さんと葉村さんも会議室から出てきた。「きっとミーティングでもしてるんだろ」という俺の読みは合っていたようだ。
光綺「お疲れ様です。」
紫織・幾里「お疲れ様です。」
2人にあいさつをした後に食事を始める俺。2人はどこか外に食事をしに行ったようで、しばらくオフィスにはいなかった。
食事を終えた後はコーヒーを飲むなどして、午後の仕事開始に備える。食後の眠気には非常に弱い俺だから、午後の仕事前のコーヒーは必須だ。
そして午後1時になり、また仕事を始めよう。
と思った矢先…
石幡さん、葉村さん、喬松さん、それにあと一人初めて見る男の人が俺たちの席の近くにやってきた。その男の人はおそらく新入社員の人だろうか。
日菜里「すいませんシーノピースの皆さん。」
玲慈「はい。」
日菜里「ちょっと広報チームに配属された新入社員の紹介と挨拶をしてもよろしいでしょうか?」
玲慈「大丈夫です。」
席を立つ俺たち。
朔「4月に入社して本日広報チームに配属されました蒲掛 朔です。よろしくお願いいたします。」
光綺・玲慈・嘉子・希望「よろしくお願いいたします。」
新入社員の紹介と挨拶をするという俺の読みは当たった。その後4人は本社の他の部署の人たちの元へ次々と同じような挨拶をしに行った。経理・営業・人事・採用・総務・社長室…
その後はまたしばらく仕事を続ける。仕事に集中はできているが、どうも途中時々喬松さんたちが通りがかる際にその声が少し気になる。蒲掛さんという新入社員と話しているからか今日は余計にだからだろうか。それがしばらく続くにつれ、俺の心の中である感情が湧いていた。
光綺(なんだこの感覚…?もしかして嫉妬か…?いやいかんって新入社員の人にそんな感情持っちゃ。)
嫉妬にも似たこの感情。俺は「新入社員の人にそんな感情を持ってはいけない」と自分に言い聞かせながら、仕事を続ける。
そうこうしている間にだいぶ作業対象のPDFファイルも片付き、時刻は午後2時半頃になった。だいぶトイレにも行きたくなったので、気分転換も兼ねてトイレに行った。
そのトイレから戻る最中のこと。
紫織「お疲れ様です。」
俺と全く同じタイミングで喬松さんとが女子トイレの入口から出てきた。
光綺「お疲れ様です。」
と返す俺。しかしそこで俺は何か話すべきかなと思い、こう続けた。
光綺「後輩、できたんですね。」
言い終わった直後俺は「いや話題としてはまあ適切かもしれないけど今言う事か?」と思った。
すると…
紫織「後輩って、蒲掛さんのことですか?」
と喬松さんは返した。
光綺「はい。」
とさらにそれに返す俺。すると一瞬喬松さんの表情がさらに明るくなった。
紫織「ありがとうございます!『後輩』って言ってくれて嬉しいです!」
光綺「いえいえ(苦笑)」
紫織「私たちのところ去年新入社員が配属されなかったので、私にとっても念願の後輩です!」
光綺「そうでしたね。確か今までは喬松さんが最年少だった気がしますが。」
紫織「はい!なので後輩が出来て本当に嬉しいです!この感じいつぶりだろう。」
光綺「改めてになりますが、よろしくお願いいたします。」
紫織「伝えておきます(笑)蒲掛さん結構話し好きな人なので、もしかしたらお話しできる機会あるんじゃないかと思います。」
光綺「楽しみです(笑)」
自分に社会人として初めて直属の後輩ができた喬松さんはどこか嬉しそうだった。そんな喬松さんの後輩に一瞬嫉妬にも似た感情を持ってしまった俺。申し訳ないとも思いつつも、嬉しそうな喬松さんの表情が見られたならいいかと俺は思うのだった。
-今回初登場の登場人物-
蒲掛 朔
紫織の後輩の新入社員。男性。23歳。
岐阜県出身で大学進学を機に上京。毎週金曜日に社員に向けて送付される社内メルマガの編集を紫織とともに行う予定であるという。
性格:話し好きな性格。
趣味:ドライブ・社員ブログの閲覧
特技:肉を焼くこと
誕生日:4月19日
好きな食べ物:ステーキ