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まほろく短編集  作者:
3/23

書いてみた3 (ちょっとした心臓に悪い諸々)

書いてみた3


 森のなか。そのかしこで叫び声やら雄叫びやら時折歓声が聞こえてくる。ジャスラはゆっくりとその背中を見つめながらターゲットに近付いていった。彼の持つ“シード“を手に入れば課題達成で一足早く授業が終わるのだ。

 そう、授業。これはここの魔法学校で一番人気の野外演習の授業なのだ。なので、聞こえてくる様々な声の合間には爆発音だったり、炎だったりが見える。

 あと、少し。

 ターゲットは級こそはA級Tとジャスラよりも低いもの、力はT級に勝るとも劣らない。しかも性格が荒めなので、制裁会のブラックリストにのっているほどだ。彼は何かに気をとられているのか、全くこちらに気付く気配さえない。

 あと、少し。

 ジャスラは完全に背中をとった。今まさに炎を喚ぶ呪文を唱えようとした、その時に。彼に相対しているのがキサラであると知った。

 キサラもバカじゃない。よほどの勝算がない限りあいつに喧嘩を売らないはず。

 見つかったか。

 A級Tのストメスは性格がすこぶる悪いことで知られていた。弱いもの虐めまがいのできるこの野外演習は彼の格好のストレス発散場所だ。力を抑える道具・目隠し(制裁会が発行している首輪のようなもの、学園生活に支障がでない程度に力をおさえている。)は、高クラスであるストメスにも配られてるものの、彼はその解除法を知っているのかいつもそれが働いている様子がない。レオなどはアイリが大事なので野外演習中は先ず、そういった輩を先に潰しに回る。その時のレオはとても怖い。今回はレオの露払いには引っ掛からなかったらしい。

 やはり、力の強いものから“シード“ を捕ればやはり、点数は多く付くので低クラスのものが力を合わせて狩りにくることもある。なので、キサラが狙われるのも道理なのだ。キサラとて、A級T。とても強い力の持ち主だ。

「おいおいおーい。おせぇなぁ!もっとびりびりしようぜ、キサラぁ!」

「く、ぁあ!」

 ストメスの属性は地だった。頑丈な土壁に、鋭利な石の刃、砂ぼこりの目隠し。力のみでみれば彼は一級品だ。キサラはそれに流石に手を焼いているのだろう。だが、それにしても。

「具合でも悪いのか………?」

 動きに切れがない。地の力の弱点はその生成の遅さにある。その力の重量はピカ一で、一つ一つの力に破壊力があるのだが、その重さのせいかスピードは遅い。体に自信のあるものであれば、簡単に避けきれるものだ。ユーリなどは地と金のちからなので、遅いもの同士なのだが比較的金の生成スピードが速いのでそちらをメインに、地を一撃必殺に使う癖がある。

「水刃!」

「頑丈なる土壁よ!」

 いつもならどんなものでも水の厚さを調節してぱっさりと切り裂いていた水の刃が、今は精彩を欠いていた。

「ばか!そんな潜り込んだら……」

 水の刃が壊されたのが頭にきたのか、手に水の剣を持ちストメスの懐に潜り込んでいく。ストメスは体術がうまい。接近戦、肉弾戦でキサラに勝ち目はない。

「ようこそ、おじょーさん」

 突っ込んでくるキサラの足に足をかけ、腕をやにわに掴んで引きずり落とした。

「ぅあぁ!」

 倒れてうつ伏せになったキサラの背中に股がる。手には地の力でできた刃があった。

「どうする?大人しく俺にシードくれんの?それとも、」

 愉しいことでもする?

 にやり、とストメスの口の口角が上がった。

 後ろ手に束ねたキサラの腕を引き上げ、背中を反らせ顔をあげさせる。睨み付けているキサラの顔を覗きこむ。

 ストメスのその顔を見て、頬がかぁっと熱くなり、頭に血がのぼっていくのがわかった。

「業火よ!彼の者を地獄へ導け!!!」

 黒い業火をストメスの背後に放ち、それと同時に走り出す。呪文の詠唱をきき、体を浮かせた頃にはもう炎はストメスに向かって一直線に走っていた。

「頑丈な、る!!くっ!」

 呪文を唱えようとしたが、横から回り込んできたジャスラに阻まれる。キサラをストメスを殴り飛ばすことで助け起こし、炎から逃れる。

「じゃ、すら!てめぇ、邪魔すんじゃ」

「黙ってろ!このばか!」

 ストメスが炎の直撃を受け、のけぞる。もちろん致命傷になるほどのものではない。しかし、戦闘不能になったのがわかったのか、“シード“がふより、とストメスの胸ポケットから出てきた。

「T級、Tともあろうもんが、ごほっ、卑怯な手を使うもんだなぁ」

 炎により少し焦げができた体を起こし、ストメスはあぐらをかきながらジャスラを見上げた。

 キサラの腕を握りしめて、ジャスラはストメスを睨み付けている。冷たいものが、ストメスの背中を伝った。4年最強の男が、キレている。ぞくぞくと背筋が泡立ち、ある種の興奮がうまれてくる。彼の強さに魅せられたのがわかった。

「お前ほどじゃねぇよ。」

 ジャスラはシードを握ると、キサラを引き連れ、歩いていった。

「ち、………あんなんじゃ、勝てねぇじゃねぇか」

 いつか、やっつけてやるからな。

 嫌な色の瞳を、二人が去ったあとに送り、ひとまず、動けるまでその場でじっとしていた。

 野外演習が終わる金の音がした。


 野外演習が終わる金の音がしたので、二人は校舎に向かう、塔の陰の小路を歩いていた。森の終わりと学生塔に挟まれた近道である。二人は、と、いうよりもジャスラがキサラを引っ張って、が正しいのだが。

「おい、………おい!ジャスラ!!なんで邪魔してくんの!!ふざけんな!あたしの勝負に首突っ込まないでくれるる!?」

「はぁ?!お前危なかっただろうが!あのまま襲われてもよかったのかよ!!」

「勝てたよ!」

「そんなふらふらの体で勝てるわけがないだろうが!」

「うるさい!あんたには関係ないだろ!あたしが負けるはず、ない!あんたに助けてもらう義理なんてないだろ!」

「…………あぁ、そうかよ」

 ぴたり、とジャスラが立ち止まる。彼に引っ張られて歩いていたので、その背中にぶつかりそうになる。

「急に止まるんじゃ、」

 どん、と背中に衝撃がきたので、言葉が詰まった。瞑った目を開くとそこに、ジャスラの顔があって、壁ができていた。

「…………どいてくんない。」

「退かせれば」

 もぞもぞと、壁とジャスラの間でもがくがびくともしない。ジャスラの広い胸を押してみても、動かない。頭が痛い。そうだ、あたし具合が悪いんだった。次第に息が上がってくる。どん、とジャスラ胸を叩くと、ほらな、と声がかけられる。

「勝てないだろ」

「ば、かやろ……」

 はぁ、と荒く吐いた息が近付いてきたジャスラの顔にあたる。漏れる声が濡れている。

「……………っ」

 ごくり、とジャスラの喉がなる。わかってて、やってんのかこの女。

「はなせよ、くそやろー………」

 ずる、とキサラの体が壁を伝いうずくまる。

「ちょ、おい!キサラ?!」

 慌ててジャスラはその体を助け起こして、肩を支えて医務室へ向かった。その体の熱さが、自分の熱さなのかキサラの熱さなのかわからくなっていた。


 医務室の大きな扉は、茶塗りの方扉で、蝶番が黒い鋼でできている。それが扉の中程まで延びていて、淡い茶の扉に重々しい締まりをみせていた。ジャスラはそれを肩で開き、体を滑りこませる。

「リッツァ先生、いますか!」

「なんだよ、騒々しい。男はみねぇぞ!見てほしいならレッツァがいてるときにしてくれ」

 奥から、白衣を翻してやって来たのは、無精髭を伸ばした派手なシャツを着た男。

「女だよ!」

「よし、なら入れ」

 このリッツァという保険医、男は絶対に見ない。たとえ、死にかけていたとしても、がモットー。美青年の部類にはいるスッキリとした顔立ちに、ジャスラより頭ひとつぶんは高い痩躯。その体に白衣をまとっていてそれがまた色気を誘う。言動がそれに伴わないのがたまに傷だ。

「あぁ、男女のキサラじゃねぇか。なんだ、野外演習で怪我でもしたのか」

「それもあるけど、具合悪いみたいなんだ」

「しゃーねぇなぁー。お前の顔に免じて見てやるよ。次来るときはもっと色気だした顔になれ。」

「変態教師!意味わかんねぇ事いってないでさっさとしろ!」

 リッツァはキサラを奥のベッドに寝かすように指示する。キサラの首筋にふれ、目を閉じる。

「ちょっと熱がありそうだけど、まぁただの風邪だろう。お前な、ヤったあとはちゃんと服着せてやれよ」

 前者の言葉を聞いて、ほっと一息ついたが、次の瞬間沸騰したように髪が逆立つ。ちらり、と炎が見えた。

「ば、っか、んなこと!!!」

「あとそれと、胸苦しいだろうからブラとってやれば?」

 にやり、と口角をあげて意味ありげに笑う。彼がそんなことできないことをわかった上での言動なのだろう。

「クソ変態教師!どっかいけぇ!!」

 はっはっは、と満足げに高笑いしながら自分の机に戻った。まだ赤い顔をしながらジャスラはキサラの隣に座った。そうすると、見えるのは熱で赤らんだ顔。擽られるような感覚。汗ばんだ首筋。伸ばした腕。

 顔と頭に体全部の血が上っているようだ。手は、緊張で冷たかった。首筋を一撫でしてから、頬のラインをなぞり、耳まで。すると、冷たくて気持ちがいいのか、すり、とジャスラの手に頬をすり寄せてくる。それがまるで甘えられているようで、体の裾がぴくりと反応する。少しだけ、前屈みになると、キサラの顔に自分の影が落ちる。

「キサラ……」

 小さくその名を呼び、額に貼り付いた髪を分けてやる。白い肌が黒髪の間から垣間見えた。そしてまるで、答えるように、キサラの吐息が漏れる。

 少しずつ、キサラに落ちる影が濃くなっていく。

 耳元で、心臓がうるさい。飛び出てきて、耳の横でがなっているようだ。

「……じゃ、すら………」

「…………っっ!!」

 寝言か譫言か。どちらにせよ、急に飛び出てきた自分の名前に、どきりとする。少し乾いた唇から、荒い息とともに。

「っ、ばか」

 急いで体を起こし、キサラのベッドから離れた。俺は今、何をしようとしていた。そして、退室することをリッツァに告げる。

「ヌくなら、ベッドとティッシュいるか?」

「……ば!っ……っうるさい!!!」

 キサラのベッドから遠いことを幸いに、ジャスラは足音荒く医務室を出ていった。

「ヘタレやろうだなぁ」

 ぷか、とタバコをふかして奥のベッドに目をやる。今日は平和だったのか、誰も怪我も病気もしていない。だからベッドらがら空きだった。

「せっかく、一番目立たない場所にしてやったのによ」

 その一番遠くて目立たないそのベッドでキサラは寝返りをうった。眉をしかめながら、寝息をたてる。

「このぉ、…………くそやろ………ぅ」

 何も知らぬは本人ばかり。

 時刻はもう、夕方に差し掛かろうとしたその刻の出来事。


 追記

 ジャスラはため息をついて、自分の塔の談話室に戻った。頬の赤みが消えたことを確認してから。

「あれ、ジャスラ。キサラと一緒じゃなかったのかよ?」

 ソファで本を読んでいたユーリが顔をあげてジャスラを迎え入れた。ラディオはちらりとそれを見て、また本に興味を戻す。

「風邪引いたみたいだ。医務室に運んだ」

 アイリとレオは、と探すとその奥のソファで何やら向かい合って話をしていた。アイリがこちらに気付いて手を降るが、レオがその顎をつかんで再び向かい合わせる。何やら少しもめているようだった。

「あぁ、あいつ、最近頑張ってたからな」

「?そうなのか」

「お前と並びたいんだと。守ってもらうのは嫌なんだと。」

 あ、言っちまった。黙っててな。

 しっ、と人差し指を唇に当てる。

「ばか、ちくしょ」

 また赤くなった頬を手で隠した。


END

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