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まほろく短編集  作者:
22/23

書いてみた 現代パロ③


 朝、通学通勤でごった返す電車のなか。人口密度は既に100%なんて軽々と飛び越して、200にも300にもなってるんじゃないかなんて考えてしまう。なんでこんな日に他の線で人身なんて起こるんだ。ほんと、自殺とかだったら許しがたいな。自分が日直であることが恨めしい。そうじゃなかったら、二本も早い電車に乗ることもなかったし、こんなぎゅうぎゅう詰めになることもなかった。

 周りは高い壁のようで、ところ構わず押されているので胸が、息が苦しい。顔を上にして、なんとか空気を取り込んでいる状態だ。

 まほう学園、高等部一年マツリカは、つりそうになる指をなんとかつり革に捕まらせて、揺れる度に軋む腕に唇を噛む。やってらんない。

 あと2駅の辛抱だ。

 目をつむった。視界が真っ暗になる。痛みをごまかしてみる。

 ぎゃぎゃぎゃぎゃ、と電車がカーブを曲がった。人の壁が押し寄せてくる。

「ぅぐぅ!」

 しばらくすると、電車ももとに戻って、ふたたび呼吸が楽になる。ここでほっとして息を整える。小さく呼吸しないと他人の体臭がくるので、辛い。

 圧死するかと思った。素直な感想だ。

 一呼吸ついたとこらで、何か違和感を感じた。

 え、マジで?

 お尻に紛れもない暖かい違和感。手だと分かったのは、指が形をなぞってくるから。

 うそ、やだ。気持ち悪い。

 抵抗できないし、逃げられない空間でそんな行為に及ぶそいつに吐き気がする。されるがままになってやるもんかと少しでも逃げようとするのだが、どうにもこの密度では逃げてもあとを追われる。こえをあげようにもやはり、人の視線が集まるのは恥ずかしいので憚られる。

 きも、ほんと、きもい。

 唇を先程とは違う意味で噛み締めて、行為に耐える。あと少しの辛抱なのだ、大丈夫。ほら、あと一駅。たった、5分かそこらの辛抱。この区間が極端に短くてよかった。気持ち悪さに吐きそうになるのを、なんとか堪えながら、腕の痺れに意識を戻した。

 ほら、あと少し。

「その手、離してもらっていいか。」

 凛とした声とともに、その手が離れていく。マツリカは嫌悪感から滲み出ていた涙で瞳を潤ませながらその声の主を見つめる。

 この混雑のなか、人混みを掻き分けてきてくれたのだろうか、制服が所々、シワになっている。だけどその眼光は、鋭い光を孕んでしっかりとマツリカの真後ろを睨み付けいた。

「ユーリ、先輩」

 思わずポツリと呟いた言葉は、駅に到着したというアナウンスでかきけされてしまう。人の流れが扉に向かってでき、やがてそれに抗えなかったマツリカは痴漢野郎の腕を握ったままのユーリから離れていった。


 まほう学園、高等部2年のユーリ。通称王子様系イケメン女子。

 ビジュアルだけで言うならば、かわいいが似合う女の子なのだが昨年の文化祭で演じた男女逆転劇にて王子様に抜擢され、そのナチュラル王子様っぷりが高等部のみならず中等部にまでしれわたり、そんなあだ名がついた。

 それを自覚しているのかいないのか、以前に比べて女尊男卑がいたにつき、それが校内のみならず校外でもナチュラル王子の名をしらしめていた。

「お手柄じゃないか」

 投げ掛けられた言葉に、かちん、ときた。

 お昼休み時間になってようやく登校できた。遅くなったのは言うまでもない、朝の一件があったからだ。

 窓側の一番後ろの席に腰を下ろしたユーリは、じろとその声の主に視線を送る。前の席からかけられる声だけで誰か分かるぐらい低くて色気のある低音。このマンモス私立校であるまほう学園高等部2年女生徒の人気を欲しいままにしている男子生徒の一人だ。

「あ?ナンのことだよ」

「今朝の痴漢のことだが」

「……………………………。」

 嫌な記憶が蘇る。せっかく掴んだ腕だったのに、降りきられた腕の力にどうにもならずに、引きずり倒されてしまった。そうして顔をあげたところですでにそいつは人混みの中に消えて、姿をくらましていた。

 むす、と黙っていると振り向いたラディオがユーリをのぞきこんでくる。

「とうした?」

「逃がした」

「そうか、それは、ザンネンだったな」

 なにかを含んだようなそんな間に、頭にきて言い返そうとしたら、後ろからの衝突に息がぐっと詰まって言葉にならなかった。

「ユーリユーリィザンネンだったねぇ」

「なんでラディオがしってんのかとおもったら、やっぱりお前か、アイリ」

 姿は見えなくても、その香りや重さ、声の調子から分かる。

「今日早く出たはずなのになんでまだいないのかなって思って調べたの。ユーリ目立つからすぐに網に引っ掛かってくれて楽だよね」

 改造制服のレースとフリルがふわりとひるがえされて、アイリの動きに従った。

「捕まえられなかったのに、駅員とお巡りさんに報告してて、遅くなったんだよねぇ。あ、でもそれだけじゃないのか、行きしにも不良吹っ飛ばしてきてるもんねぇ」

 今さらだがどうしてそんなことまで知っているのか、そんなことは聞いても仕方がない。企業秘密だよ、と教えてくれないことは百も承知だ。

「なんかそれバカにしてンだろ」

「バカになんてしてないよぉ、ただもうちょっと自分を客観的に見るべきじゃない?って言ってるの。」

 さらにユーリにしなだれかかる、ぐぇ、とつぶれた蛙のような鳴き声をあげて机に突っ伏してしまう。

「ね、ラディオもそう思うよね?」

「そうだな」

「なんだそれ」

 訳がわからんという顔をするユーリに、ラディオはため息混じりに応えた。

「お前、一応仮にでも女なんだぞ」

「そりゃそうだろ」

「この前も西高のヤンキーぶっとばしてただろ」

 女生徒が、男子ばりに喧嘩していたら、それは目立つ。そんな情報がチラホラ入ってきていることも、噂に疎いユーリは知らない。

「あぁ………………あん時のことかな?」

 うぅん、と顎に手をあてながら考え込む。いや、それともあのときのやつか………と呟くその台詞を聞くに、敵も分からずに正義漢をしていたのだとしる。日頃から女の子を苛めるやつは全員悪だと豪語しているのだ、恐らく目についたらぶっ飛ばす、それを繰り返していたのだろう。

「っひゃー、想像はしてたけど、本当にユーリちゃん調子乗ってるよねぇ」

「なんだそれ、アイリてめぇケンカ売ってんの?」

「素直な感想だよ」

 アイリがゆっくりと身体を起こす。それに従ってユーリも姿勢をただした。が、

「っぐふっ?!」

 再び強い力で机につき倒されてしまう。痛くはなかった、当たる瞬間、アイリが少し力を緩めたのだろう。だけど、1度机に身体をつけてしまうと、どうにも起き上がることが出来ない。

「冗談よせ、怒るぞ」

「怒りたいのはこっちだっての。僕ごときにでもこんな風に押さえ込まれちゃったら抗えないんだよ、そこんとこ分かってる?」

「ちょ、ラディオ手伝え」

「知らん。お前が悪い。」

「ちょっと王子さまって呼ばれてちやほやされてカンチガイしてるんじゃない」

 いつになくアイリがキレている。周りの生徒もそれを見てざわめき始める。

「だからって、絡まれてる子みたら見捨てろって言うのかよ!」

「前から何度も言ってるようだけど、見つけた時点で連絡くれたらボクか、無理ならコイツら送るに決まってるだろ!考えろよ」

「間に合わなかったらどうすんだよ」

「逃げろよ」

「できる分けねぇだろ、そんなかっこわるいこと!っ、もう放せ、チャイムなった。」

「続きは放課後、みっちり話するからね、待ってなよ」

 周りのざわめきが息を飲む静けさになる頃に調度、授業を知らせるチャイムがなった。

「なんなんだ、あいつ」

「俺も同意見だ」

「……………………」

「お前は自分がどれだけのもンだかしらんが、自分が思ってるより全然弱い」

「んだと」

「それがわからないうちはケンカなんかやるんじゃない」

 教師が来たので、前に向き直る。ユーリは悔しそうな顔で、その背中を睨み付けていた。


「ユーリ!ちゃんと残ってる?!」

 がらがら、と勢いよく開かれた教室の引戸。その向こうではアイリが仁王立ちしていた。

「ユーリ!」

 声をあげながらも教室を見渡すが、あの目立つ男女はいない。状況を理解する。可愛らしい顔貌を歪めながら、ラディオに近付く。彼ははぁ、とため息をついてから、読んでいた本に視線を落とした。

「あいつなら、帰ったぞー」

「もぅ!なんで止めないのさラディオ」

「止まれって言っても止まらないのが奴だろ」

「今日という今日こそ分からせないと!報復とか待ってたらどうすんのさ!」

「……………………」

「なに、その間」

「いや、なんでも」

「なくないね。」

 読んでいた本を取り上げて、ラディオの顔を覗きこむ。

「あるのね」

「さぁ、あんたがなんもつかんでない分けないだろ」

「それが、分かればこんな風に問い詰めたりしないの」

「………………………」

「ユーリはあんたのもンじゃないんだからね、なんかやっこしいことに使おうとしてたらぶっ飛ばすよ」

 音にすれば、ズルズル、だろうか。そんな感じで周りの風景の色が抜けていく。生徒たちは恐怖したようにその教室校庭側の一番日当たりがよくて気持ちがよいはずの区画から離れていった。

「………………………いく場所は、分かっている」

「…………………」

「まだ時間が早いから、様子見していたんだが、行こうか」

「さっさと案内しなよ」

 取り上げられた本をパタンと閉じて、ラディオは席を立ち上がった。

「あぁ、そうだ。」

「何」

「俺は痛い目みないと分からないと思ってるんだが、どうだ」

「安全が確実なら、許す」

「確実じゃなかったら、こんなこと言わない」

「なら、任せる」

 主語もなく、端的に言葉を交わしていく二人。そのまま、教室を出ていった。

 残された生徒たちは、ようやく冷戦状態のにらみ合いから解放されて、顔を見合わせて息をついたのだった。


 女の子が危機に陥っているのをみたら、内容がなんであれ、助けるべきだと思う。それがたとえ無茶な正義感だとしてもそうせざるを得なかった。幸いにも腕には少し覚えがある。そこらの女子高生とはちょっと違うのだ。

 だから今回もそうしたのだが。

「これは、はめられたのかなぁー」

 ぐるりと何十人も囲まれて、さすがにこれは。たらりと嫌な汗がこめかみをじんわりと刺激してくる。

 暗がりで女の子だと思っていたのは女装した野郎で、そいつはそいつでこの団体のどこかにいるのか、逃げてしまったのかわからない。

「おぅおぅ、てめぇか?女の癖に俺ら西高マジックゴッドに手ぇだしてるっつうのは!」

 柄の悪そうな団体が、ざっと割れてその向こうにさらに柄の悪い、ついでに頭もあまりよろしくなさそうな男が現れた。話し方をみるに、この集団の主格のようだ。

「だったらなんだって言うんだよ」

「さんざん俺の子分どもを可愛がってくれたんでな、お礼をしてやろうとわざわざ来てやったんだよぉ」

「律儀なことで。ってか、こんな人数に頼らないとダメだったのかよ」

「ま、お前の実力を評価してのことだ。光栄に思えよ」

「光栄光栄、もうちょっと連れてきたほうがよかったかもしんないぜ」

 なるべく平然を装っての返答だったが、出した声が少し緊張をはらんでいるのが自分でもわかった。いくら自分でも、こんな大人数に囲まれては成す術もない。なんとか脱出しようと回りに視線を送るが、背後は壁、半円状にみっちりと人壁、逃げ場は無さそうだった。

 どうにかして、脆そうなところを見つけるしかないのか。だが、背中を見せたとたんに倒されてしまえば女の自分は起き上がることなく袋にされてしまうのだろう。朝、おっさんとの力比べに負けたことを思い出した。

 ならば、背中を壁にあて、なんとか対面で戦っていくしかないのか。

 たら、と背中に汗をかいている。

 頭にアイリの台詞がよぎった。なるほど自分は今、後悔しているのか。あの子の助言を聞かなかったばかりに。

「ちょっと、A。なんだっていいからはやくしなよ、人が集まってきたら、厄介だろ。せっかく僕が考えた計画なんだから、完璧に終わらせてよね」

 Aと呼ばれた恐らく総長なのだろう生徒の後ろから、少し険を孕んだ神経質そうな男子の声がする。Aにそんな口調をきけるのだから、恐らくそいつは副総長というところだろうか。

 突破口を探していただけに、なんとか会話を長引かせていたのだが、失敗だ。しかもこちらを隙なく観察してくる。おそらくこいつがこの不良集団のブレーンなのだろう。

「わぁったよ、B!それじゃ、お前ら!ちょっと、遊んでやんな!」

「おぉ!」

 わぁ!と喚声があがり学ランに身を包んだ柄の悪そうな、ついでに頭も悪そうなやつらが飛びかかってくる。ユーリは拳を握りしめて、振りかざした。


「始まったよ」

 アイリが路地の向こうから学ランのか塊が恐らくその中心にいるであろうユーリに向かって凝集していくのを見ていた。時おり吹き飛ばされる学ランの生徒は、恐らくユーリが投げているのだろう。だがそれでも多勢に無勢とみえた。

「ちょっと、はやくして!」

「まだだ。」

「ユーリが怪我したらどうするの?!」

「お前は本当にあいつらのことになると我を無くすな。」

「それは責めてんの?あぁ!なんでもいいから、はやく。」

「あの手のじゃじゃ馬には少しお仕置きした方がいいと思うのだが。」

「この、むっつりドSスケベ!お仕置きとか、いってんじゃねぇよ!この早漏!」

 アイリが捨て台詞をラディオに投げつけながら、隠れている路地から出ていこうとする。

 視線の先には、黒い塊が。

 ユーリに投げ出された生徒もまたもとに戻っていく。人垣が少し割れて、隙間が見えた。

「ユーリ!!!」

 何人かの生徒に腕を捕らえられたユーリが見えた。

 ゆる、せない!!

 何処から取り出したのか、スタンガンを両手にかまえ走り出した。

「はっはっは。ちょっと、落ち着きたまえよ」

「ひゃんっ!!」

 走り出したその腹を捕らえられて、息がつまる。だれ、と見上げたその顔に見覚えがあった。

「っ、あんたは、クラウス…………先輩。」

「血気盛んな君もいいんだけどねぇ、僕らのボスがまだgoを出してないんだよ。だから、子猫ちゃんはここでもう少し待てしてくれないかい?」

 アイリの身体を後ろから包み込みながら、クラウスは耳元で息を吹き掛けるように囁いてくる。

 変態変人が他校に比べて圧倒的に大多数を占めるまほう学校でも上位10本の指に入るであろう生徒、クラウス。殴られようが蹴られようが罵られようが、全てを快感にかえる、真正のドMを自称している。今の調教相手にユーリを指定しているのか、ちょくちょく視界に入ってくるのが目障りだ、と常々思っていた。

「でも、俺はアイリに賛成しますよ。そろそろgoを出してくださいよ、ワカ。」

 腕を組んだラディオの後ろからも声が聞こえる。

「ケイン?!」

「よぉ、アイリ!さっきぶりー。そのスタンガンそろそろなおしたほうがいいぜ。クラウス先輩が興奮するからさぁ。」

 同じクラスのケイン。そのさらに後ろにも見知った顔がある。

 クラスは違うが同じ学年のイザーク、さらにクラウスの弟であるユリウス。彼は先程からバチバチとした視線をイザークに投げ掛けていた。さらに学年が上のアガフォン、無口な美女としてファンも多いトリシャ。その背後にも何人か潜んでいるようだった。

 学校では全く接点がない面子だった。ケインとイザークなんて、お互いキライなんじゃないかとさえ思っていたのに。

「ちょっと、わかぁ。なんもしないんなら、俺帰ってもいいスかね?イトマ先輩に亀甲縛りしてる途中だったんスけど。」

「あぁ、ユリウス。それなら俺がもうほどいておいた。」

「はぁ?何してくれてんスか、イザーク!このやろう!」

「まぁまぁ落ち着けよ!」

 ユリウスとイザークが火花を散らすその間に入るケイン。

「ケイン先輩………ってか、毎回思うんですけど、なんでクロード先輩は来ないんスか?」

「んー、なんでも」

「はぁ?そんなの理由になってないでしょ!」

「俺があいつの分まで頑張ったらいいことでしょー。」

「ずっこいッスよ!俺だって、来たくなかったッス!」

「あぁー、そろそろ黙れ?」

 ケインが鋭い視線をユリウスに送る。思わずアイリがすくんでしまうほどの。彼が、こんな顔をするなんて、知らない。

「ってか、アイリくんあんまり驚かないんだね」

「驚いてますよ、クラウス先輩。」

「そうか、やっぱり知ってたんだね。そのスタンガンで一発殴られるくらいは覚悟してたんだけどなぁ、残念だよ。」

 クラウスがアイリを抱き抱えながら、はぁ、とため息をつく。

 アイリはその腕から逃れようともがくが、離してくれない。ラディオの、バックに何かあるとは常々感じていた。だが、こんなにこの学校の生徒がまさかラディオの仲間だったとは思わなかった。それに、自分の回りの人間もそれに加わっていたとは。

「こんなに手の内明かしていいわけ?」

 クラウスの腕にぶら下がりながら、ラディオをみる。赤裸々とも言えるほどの情報を明かされて、狼狽える素振りのないラディオ。

「俺とお前は対立でもするのか?」

 暗に、お前では相手にならないだろ、と込められた意味に唇をかむ。囲まれた『敵』に身体がすくむ。

「さぁ、そろそろやろう。」

 ラディオは前方を指差す。その先はユーリの姿。

「あの目障りな奴らを粛清してこい。」


 ユーリは、腕を後ろに組まれた状態で、地面に突っ伏していた。

 ちきしょう。途中までは何とか凌いでいたのだが、やはり体力が持たなかった。腕を捕まれて、引き倒された。体勢さえ崩せば人数で勝っている彼らにあれよという間に自由を奪われる。肩で息をする。唇を噛み締める。こんなにあっさりと捕まってしまう自分が恨めしかった。

 周りを取り囲む人たちの目が、怖かった。

 鼻先に、立ちはだかる人に目をやる。

「さぁ、私刑の時間だ。」

 Aが、ユーリを見下しながら、親指を立て、下に降り下ろす。

 訪れる痛みに、恐怖する。ぎゅっと目をつむった。

「うわぁぁぁ!!」

 叫び声が聞こえて、肩をすくめる。そして、いつまでも訪れない痛みに、恐る恐る目を開けた。

 Aが焦ったように、声を張り上げている、それを守るように何人かの生徒が囲みをつくっているが、それも新たな登場人物によりなぎ倒された。見知った顔だったことに、驚きを隠せない。

「ケイン、イザーク?!」

「よぉ!大丈夫かよ、ユーリ!」

 一人また一人と不良どもを薙ぎ倒しながら、猛進するケイン。溢れたやつはイザークやユリウスがばこばこ殴っていく。

 鳩が豆鉄砲くらったように、突然のことに目を白黒させる不良ども。ユーリを押さえ込んでいる生徒の手も、緩んでいた。

「ユーリ!!!」

 名前を呼ばれて、重い打撲音がして上に乗っていた重さが消える。はっと目をやると、そこに見知ったかおがあった。

「ラディ…………オ」

 なんでこんなところに、と呆然とするユーリを助け起こして、抱える。突然の展開についてこれないのか、ぽっかりと口が開いているのが分かる。

「ラディオ、ラディオ……………」

「大丈夫か?どこか怪我は………」

 肩に手をかけて、腕を撫でる。乱れた制服を整えて、膝の擦り傷の泥をはたく。優しいその一連の動作に、鼻の奥がつぅん、とした。

「ラディオ……………」

 ユーリはラディオのブレザーの上着を引き寄せて、胸に顔を埋めた。肩が少し震えている。ラディオは驚いたようだったが、ほっと息をつくと、その肩を抱き寄せた。

「痛いところはないか?」

 ふるふると首だけ横にふる。その返答にそうか、とだけ呟く。

 ユーリは、すり、と額を胸に擦り付けた。

「………………ごめん………………」

「無事なら、いい。」

 しばらく続いた戦闘音も、終息の気配をみせはじめていた。


「最悪だよ、こんなにあんたらの仲間が僕たちのそばにいたなんて。」

 しばらく暴れていたのだが、此方からでもユーリ嬢の安否が確認できたからだろう、おとなしくなった小柄な身体を包み込んで、クラウスはその台詞ににっこりと笑みをかえす。

「驚いたかい?」

「最悪の予想としてはしていたから、別に。」

 クラウスはなぁんだ、と残念そうにその身体に体重を乗せる。腰のラインを手のひらで擦り、反対側の手で顎に手をかけた。

「もっと、驚愕と絶望に満ちた表情が見たかったのだが」

「あんた、ホントにM?」

 されるがままになるアイリの首筋に唇をあてる。

「人によって変わるのさ」

 ふ、と息を吹き掛けられてぴく、と震える。鬱陶しそうに顔を払われる。ははは、と乾いた笑いをあげると、アイリの身体を離した。

 あちらの方をみると、多少の喧嘩の後の余韻はあるものの、和やかな雰囲気だ。ケインがユーリに何かちょっかいを出している。ユリウスとイザークはすでにいなくなっていた。

「あの不良集団ね、こっちの駒なんだ」

 クラウスが一緒にその光景を眺めながら話しかけてくる。

「ここら一帯は、我らがワカが今後の領地拡大のために色々と下積みしてた所でね。その流れをより円滑にするために治安をわざと悪くしてたんだ。アイツらには色々してもらったよ。便利でね。罪さえ犯さなければ、何でもしてもらっているんだ。今回は、彼女の動きを封じるために動かしたけど。まぁ、お芝居だったのさ。」

 くすくす、と形のよい唇が、笑みの形をとる。アイリは慄然とした。背後が振り返れない。ぼくは聞いてはいけないことを、聞いているのではないだろうか。耳を塞ぎたくなるが、それさえも腕が動こうとしないので、できない。無防備な聴覚に、言葉が滑り込んでくる。ラディオの顔が、脳裏によぎる。だが、それはいつでも仮初めの姿だったのだろうか。

「あれは、うそなわけ?」

 あごを軽くしゃくった、その視線の先には、優しくユーリの身体を抱き締める男の姿が。先程までの、冷たく待機を命じていた男だとは到底思えない。

「あれは、ラディオくん、だよ。」

 君がよく知るね。

「あれはってことは、」

「ほかにもあるってことさ。」

「多重人格じゃあるまいに」

「近いかもね、そうすることで、きっと彼は自分のなかで折り合いをつけているんだろう。」

「そう。」

 冷たくはいた言葉、唇の形、視線。クラウスはそれを見て笑みを隠せない。さぁ、彼は自分の家族を彼から守るために、どんな手を繰り出すのかな。

「まぁ、今回はよしとするけど。ユーリに怪我もなくすんだのなら。あの子は一度痛い目を見ないと分からないから。」

 全部を自分の手で守れるのだと信じている彼女には、とてもいい薬だったと思うから。

「じゃあね、ぼくはもういくよ」

「会ってかないの?」

「あんな弱ってかわいいユーリみたら、ぼく、嫉妬の炎でやきつくされちゃう。あんたらのワカをやきつくしたくなっちゃう。」

「それは困るな」

「ユーリにあまり触れないでよね」

 ユーリ自身に、ユーリの中に。

 それだけを言い捨てると、彼は踵を返して大通りに向かって歩いていった。

「それは、保証できないんじゃないかな?」

 クラウスは、にこりとわらって、その背中を見送る。その背後の光景、ユーリがラディオの隣にたっている姿を視界のはしにしながら。


 相変わらず、朝の通勤時間というのは、乗車率何てのを軽く無視して、ぎゅうぎゅうに込み合っている。マツリカは息苦しさにあっぷあっぷしながら、目的の駅まで我慢する。

 息をすることに必死で、やはり背後がおろそかになる。

 そんな隙を、痴漢というのは見逃さない。

 ひっそりと近寄って、手を這わせてくる。

「っひ!」

 声もあげられないし、手も払えない。無抵抗を強いられていて、されるがまま。優越感に浸るのには、もってこいの行為。

「さいってーだな。」

 痴漢は、すぐとなりから聞こえてきた声に、はっと身体を固くする。

「あ、先輩!」

 悔しくて、少し涙目になっていた目尻に、喜色が浮かぶ。ユーリは慰めるように口角を少しあげて笑うと、しかしすぐにきつい視線を痴漢に送った。

「あたしと来てもらおうか」

「おれは、なんもしてないけど?」

 痴漢はしれっと、両手をあげる。

「な、にいってんの、あんた…………!」

「君も少し自意識過剰なんじゃないかな?まぁ、見た目かわいいからよくあるのかもだけど、ちょっと手が当たったくらいで痴漢だなんだと騒ぎ立てられたら迷惑だよ。」

 マツリカはあまりの言葉の羅列に、唇を噛み締めた。だがユーリは、それを聞いてにっこりと笑う。

「言いたいことはそれだけでいいのか?」

「は?」

「聞こえねぇの?言い訳はその程度でいいのか?って聞いたんだ」

 余裕ぶる様子にじわりと焦りが込み上げてきた。どうして、このまま何時ものように言い逃れすればいいのに、目の前の女が自意識過剰なんだといいつのればいいのに、言葉が出てこない。

 固まっていると、人混みがもぞりと動いた。ちょっとごめん!通して!と声がする。遠巻きに、声がかけられた。

「ちゃんと証拠の映像もあるよー。ほら、これみてー?」

 回りの視線が集まりつつある電車内に、ぼっかりと当事者たちだけが浮かぶ。アイリは手に何か掲げながら人混みから身体をぬ、と出してくると、注目を浴びつつあったマツリカの手を引き、背後に隠した。

「ほらー、これこれ。これって、あんたのその腕時計だよね?この、汚ならしいさわり方、これでちょっと触れただけなんて、言い訳できるの?」

 スマホの画面には、動画が流れていた。制服姿の少女の後ろ姿に、手を這わせる男の手。キラリと光るのは、その人物の腕時計と酷似する。この動画のうまいところは、ちゃんと胸の高さから撮っているところだろうか。足の高さから撮っていると、さすがに他の人間に盗撮を疑われてしまう。

「……………………」

「どう?」

 痴漢は背後にユーリを、前面にアイリに囲まれて、固まる。人混はみはその成り行きを見守る。電車は、そんな一車両で起こっている事象なんて気にもせずに、駅に着いたので扉を開いた。チャンスは一瞬だった。

「あ、逃げた。」

 何て言っても女なのだ、払いのけて、降りてしまったらあとはひたすら走って逃げ切ればいい。人混みに紛れて逃げ切れる。

 そうだ!そうしよう。そこまで考えると、固まりになっていた人混みに飛び付いた。そして、ものすごい力で人を押し退けて押し退けて、扉の外に出た。あと、全力疾走。通勤途中の人間で溢れているが、紛れ込めてしまえば思ったよりもはやく落ち着けてしまうだろう。今後しばらくはこの線は使えないな。いい狩り場だったのだが。だが、いい。ほとぼりが覚めたら、また、

「あ、駅長室はこっちですよ。」

 がし、と走り去ろうとしていた腕を捕まれて、身体が反る。ばっと振り替えると、学生らしき男が自分の腕をつかんでいた。

「どけ、はなせ!」

「いや、逆に逃げない方がいいぞ。あそこで待ち構えている赤髪の男とその隣にたっている一見美少女は容赦がないからな。どうしても逃げたいなら骨の一本二本犠牲にする覚悟ができてからを奨める。」

 青い髪のその男子生徒は、さらにぐっと力をこめた。片手なのに、どうにも動くことができない。なんて力だ。

「捕まえたぁ?」

 電車の扉がしまった音がして、そちらに目を向けると先程の女生徒が二人いた。ショートカットの方の女生徒がスマホをふりふりしながら、話しかけてくる。

「観念しよっか」

「許してくれよ!初めてなんだ、ちょっと魔が差しただけなんだ!」

「はじめてぇ?うそぉ」

 アイリがくすくすと笑う。そして、男の耳元に唇を寄せて何事かささやいた。顔をあげたアイリの頬を、何処からか現れたレオがハンカチで拭いている。むぎゅ、と潰れた声をだしされるがままになる。

「く、くそぉぉお!!」

 しばらく固まっていたかと思うと、脱力して項垂れる。何を囁いたかはそれはアイリの勝ち誇った表情をみて、推して知るべしだろうか。

「これで、よかっただろ?」

 ラディオが、連行されていく痴漢を見送りながら、ユーリのとなりにたつ。ユーリはちら、とその顔を見上げると、何事か呟く。

「ん?今何か………」

「あんがとって言ったんだよ、何度も言わせんなよな!」

 赤面したユーリが、ラディオの襟首をつかんで引き寄せた。自然と顔が近くなる。綺麗な肌だ。傷も、この時期に欠かせないはずのニキビなんて何一つないキメの細かい白い肌。それに、朱が差していて、ある種の色気が追加され、かつ上目遣いで見上げられてしまえば、男なんてものは。

「ユーリ、お前このあと、」

「あはははは、さぁ、このあとは学校に行こうかぁ!ねぇ、ユーリぃ?」

「おぅ、そうだな、何度も遅刻するわけにはいかないからな!はやく事情をはなしてこよう。」

 二人の間に割ってはいって、アイリはユーリの肩をおす。その背後に向かって舌を出しながら。

 ユーリは、そんな二人を見ながら、声をだし笑っていた。



そんな、和やかな、朝の風景。






追記


「あ、そうなんだ。そんな子達まで仲間だったんだねぇ。けっこういるねぇ」

「みたいですよ、先輩。どうします?一応全員の顔と学年は覚えてるんでいつでも摘発できますけど」

「いや、彼は君を敵だと思ってないからそんな手の内をばっればれにしたんでしょ?なら、そのとおりにしてあげようよ。きみはまだ、彼のそばにいてさも友達面、しててよ。」

「了解しましたー。油断したところで、ぶすり作戦ですね。ほんと、先輩って性格わるいですよねぇ」

「僕たちの領域に入ってきた彼らが悪いんだよー。あ、でも大丈夫?君と僕のつながりは今は絶対隠しとかないとね」

「あの兄弟が仲直りしない限りは自然な接触できないですから注意しないとですね」

「そういうことだからー、よろしくねー」

「はぁい、がんばりまぁす」



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