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まほろく短編集  作者:
21/23

書いてみた現代パロ②


 真冬の夜の公園。昼間は天気がよく、日向はとても暖かかったのだが夜はもちろんそんなわけはなく、天気予報は完全に外れて雪さえちらついていた。はぁ、とぼんやりとため息をついた息が白い。吸い込んだ冷気が喉を襲う。鼻腔の粘膜が凍ってしまったかのように感覚がない。スマホをいじる為に脱いだ手袋が、ベンチの端に転がっている。それを眺めながら、すん、と鼻をすする。冷たい。

 画面は発信ボタンの受話器マークで停止していた。画面上部には名前が表示されている。その名前が視界に入って小さく胸が跳ねる。それに気がついて、首もとを温めてくれる赤いマフラーに顔を埋めた。冷たくなって赤くなっていた鼻に少しだけ暖かさが戻った。

 アウターのポケットに手を突っ込んだ。

 かさりと音がなった。あ、と手をひっこめる。

 ぐちゃぐちゃにしないようにそろっと手をいれて、それが無事かどうかを確認した。それを緩慢な動作で取り出すと、公園の仄かな街灯の下でシワを伸ばした。二枚ある。

「あー………ちくしょう。さみぃなぁ」

 赤い髪の青年、ジャスラは反対側のポケットに小銭があることを確認すると、立ち上がった。



「なんだそれ」

「遊園地のチケットですわ。みてわかりませんこと?」

 ガヤガヤとした昼休みで、顔に似合わないイチゴミルクを飲んでいる時だった。別に好きで飲んでいる訳じゃない。二学年上の先輩でクラブの部長であるオカマから押し付けられたのだ。なんでも間違って出ちゃったから飲みなさい、だとかで。そんな女っぽいかつ子供っぽいものを飲んでいるなんていつもの仲間内に知られたくなくてこうやって廊下で一気飲みしていたのだが。

「だから、要らなくなったからあげます、と言っています。」

「や、わかったけどさ」

 隣のクラスの高飛車美少女レベッカ。なんでも財閥のお嬢様だそうだ。いつもはお付きの二学年上の先輩がそばに付かず離れずなのだが今は見当たらない。戸惑いながら受けとると、彼女は艶やかな茶色の巻き毛をばさっと後ろに流し、用はすんだとばかりにその場を立ち去ろうとする。

「待てよ、なんで俺に?」

 仲間内の女子ども(性別詐称あり)ならまだ彼女との交流はあるようだからこれを彼女からもらう理由も分かるのだが、自分はあまり彼女との関わりはない、なぜ急にこんな一日アトラクションフリーパスなんて彼女からもらえるのか皆目検討もつかない。

「要らないのですか?」

「くれんならもらうけどさ」

「じれったいですわね!それでも男ですか?わたくしはそれが要らなくなったから差し上げるといっているのです。今度の日曜日にお誘いした殿方がいたのですが、今日になって急に断ってきまして!もぅ、激怒ですわ。」

「ほう。」

 思わず遠い目をしてしまうのは許してほしい。義兄の友達から聞いたのだが、彼女のそのお付きというのがなかなかの過保護で、影から彼女に言い寄る男全てを切って捨てていると言うのだ。

 今回だって何かしら干渉があったのだろう。

「信じられませんわ!せっかく人がチケットをとって差し上げたと言うのに!」

「あー、そうなんだー。…………ならなんでキサラとかにあげないんだよ」

「アイリに言われましたの。貴方に差し上げたらどうかと。なんでも貴方、慕っている人がいるそうじゃないですか」

「げ、あいつ!」

「なので、優しいわたくしはそれをきっかけに出来れば、と考えたのです」

 ふんっ!と斜め上の角度から言われる。確か前にキサラがいってたなぁ。あんなに高飛車で我が儘に見えて、負けず嫌いで努力家で純粋なのだと。いじめるとさ、うるうるしてさ、すっごくかわいいんだよねぇ、なんて言っていたけれど。

「うぅん。わからん」

「何がですの?」

「なんでもねぇよ、…………………もらっとくよ、ありがと」

「よろしくってよ!あ、キサラですわ」

「そうだなぁ。今日はアイツ、テニス部の助っ人行ってるから」

 イチゴミルクの紙パックを手で潰すと、近くのゴミ箱に放り投げる。ゴール。

「ここからだと、テニスコートよく見えますね。」

 どき、と動きが一瞬止まる。

「貴方、キサラのこと……………」

「な、なにかな?!」

「よく知ってるのね」

「……………………うん、まぁ同じクラスだしな」

「テニスも上手いのですね」

「助っ人に呼ばれるくらいだしな」

 ぎりっと歯軋りの音がして、ぎょっとして隣を見る。窓のさんを握りしめて、顔を真っ赤にさせいる。

「ま、負けませんことよ!」

「よくわかんないけど、何?!」

「あ、すまんな、お嬢がなんか世話かけた?」

 二人の肩口から顔が生えてくる。ぎょっとジャスラは体を仰け反らしたが、レベッカはため息をついて、その顔に向き直った。

「いいところに来ましたわね、アベル。話はどうせ聞いていたのでしょう。」

「お嬢が大好きなキサラちゃんに負けまいと真っ赤な顔してるところなら見たぜ」

「してませんわ!」

「してるしてる。ほら。目尻とかうるうるだぜ?」

 ナチュラルにレベッカの顔に手を伸ばして、目尻の赤みを手の甲で捕らえる。自然と女の子の顔に手を伸ばせるアベルにも驚きだが、抵抗しない信じきっている様子のレベッカにも驚きだ。

「う、うるさいですわ!今日は早速プロのテニスコーチに来ていただいて特訓しますわ!手配をしてください」

「お嬢の命令とあれば」

「では、ジャスラ、これに失礼させていただきますわ!」

「あ、これ……………!」

 背の高いお付きの者を従えて彼女は颯爽と去っていく。

 彼の手元には遊園地のチケットだけが二枚、残った。



 吐いた息が白い。何度目かのため息をこぼして、安い缶コーヒーを携えて同じベンチに座る。考え事をしていると、どうやらぼんやりしてしまっていたらしい。ブラック無糖を選んだつもりがカフェオレだ。だが、アイスを選ばなかっただけマシかと思ってそれで暖をとりながらスマホを覗く。

 いい加減、連絡しろよ、俺。

 バイトの帰り道、寮に帰れば暖かいのだが人の目がある。部屋に入ってしまえばプライベートは守れるのだが、どうにも誰かに聞かれているかもと思うと落ち着かない。

 缶コーヒーのタブをあけて、暖かいそれを喉に押し込んだ。

「あっ………………ま。」

 昼間に飲んだイチゴミルクなんかよりは飲めるけれど、ブラックの口だったからどうも違和感がある。

 体もすっかり冷えきってきたので、仕方がない、もう帰るかと脇においていたスマホを手に取る。かじかんだ手が、とちくるって画面をすっと撫でた。

「げ!」

 とぅるるる、と呼び出し音が漏れ聞こえてくる。早く切ろうとした。

『もしもし、なに?』

 だが、一足早く相手が出てしまっていた。いつもなら何度呼び出してもなかなかでないくせに、こういうときだけ素直に出るんだから。なにか彼女にはセンサーのようなものでもついているのだろか?

「お、ぅキサラ。」

 クラスでも指折りの美少女でそのクールな性格から女子の支持率が圧倒的に高く、この前の文化祭では男女逆転劇で王女様付の執事役をこなしてからは中等部等の低学年からも御姉様と呼ばれていた。

 電話の向こうの口調はいつも通りで、強いて言うなら少しだけ訝しんでいるのだろう。声が若干だけとがっていた。

『また、なんかあったの?』

 彼女がこう言うのも無理はない。なんだって少し前は義兄との仲がすこぶる悪いせいで風紀委員と少しもめたのだから。その時巻き込まれかつ、助けてくれのは他でもない彼女だ。

「そんなんじゃない!大丈夫だ。……………あのときは、その…………悪かったな」

『んー、別にどってことないでしょ』

 電話の向こうから、ユーリの声が聞こえた。何か聞いているようだ。

『あー、もうでたからはいっていーよー』

「なんかしてたのか?」

『おふろ』

「………………………………っっ!す、すま」

『大丈夫、今出たところだったから』

 なおまずい。

 冷えきっていた体がかぁっと熱くなった。風呂上がりの想い人の姿を想像するなんて、なんて破廉恥な。深呼吸をして冷気を取り込んでなんとかそんな妄想を頭から消し去る。

『で、何だよ』

「あー………………、あのさ」

『んん?』

「今週の日曜って、」

『アイリ!てめぇ、あたしのプリン食ったな?!』

『食べてないよぉ、夢見てんじゃない?』

 電話の向こうが騒がしい。ユーリとアイリが騒いでいるのだ。彼女たちは同郷で、シェアハウスしているのだ。この学校では寮もあるのになんでかと聞いたこともあるが、三人の方が楽でいいのだ、だそうだ。

「プリン……………」

『あ?食べたいんか』

「……………………いや、まったく」

『んー、ちょっと待ってろ、あいつらうるさい』

 扉が開く音がする。

 キサラの微かな息づかいが聞こえてくる。その間がなんとなく手持ち無沙汰で手元の缶コーヒーをいじくります。甘い甘い、カフェオレ。

 日曜、空いてる?

 それだけがなぜ言えないのだろうか。

 これだから、アイリにもへたれと言われてしまうのだろう。いや、そんなことはない。俺がへたれなんてことはない。ちょっとばかり、勇気がないだけだ。

 日曜、空いてる?

『あー、んで、なんだっけ?』

「日曜、空いてる?」

 つい口をついて出てきてしまった。焦りから言葉にならない息が夜に白い。

「わり、なんでも…………」

『空いてるよ』

「ふぇ?!」

『たから、空いてるって。それだけ?』

「う、ん。」

『なんかあったっけ?』

「遊園地のチケットもらった。」

『フリーパス?』

「あ、まぁそう」

『絶対いく』

 まだ今聞かれたことに淡々と答えていく。実感がわかない。キサラは本当に承諾してくれたのだろうか。

 遊園地だ。

 分かっているのだろうか。

 デートだってこと。

『二人?』

「2枚しかない」

『なら…………………まぁ、いわゆるデートってやつだな。』

「はひ?!」

『楽しみだね。じゃあおやすみ』

 ぷ、と電話が途切れる。ゆっくりと耳元からはずすと、スマホは待受画面に戻っていた。

「………………………………。」

 いつのまにか、体が強張っていたのだろう。弛緩してベンチに深く座る。

 キサラが、デートって、自分から、言ってきた。

 たったそれだけのことなのに、何でだろう、嬉しい。キサラもそう、思っていてくれたことが何よりも。

 空を仰ぐと真っ暗で。雪がまるで白抜きのようだ。口を開くと、ひらひらと舞い降りてきた。緊張して、興奮して体温が上昇した体にはちょうどいい。

「……………………っし!帰るか!」

 カフェオレを一気飲みする。喉を下る暖かさ。

 その甘さは、この胸が抱く気持ちと同じだ。

  甘くて、暖かくて、愛おしい。

「やっほぉーい」

 マフラーに顔を埋めて小さくガッツポーズ。

 ポケットに手をいれて、チケットに優しく触れながら逸る気持ちを押さえて、ようやく帰路についた。

 日曜日に、何を着ていくかどんな話をしようかそんなことを考えながら。



END

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