書いてみた2 (それはちょっとした事故だった)
書いてみた。
読んでいた本から顔をあげると、視線の先にユーリがいた。にやり、と人の悪そうな顔をしているのを見ると、何か企んでいるのだろうかと心配してしまう。見た目だけなら可愛いのに性格がちょっと難あり、と言うのがまわりの彼女の評価だった。だけどその実、彼女が誰よりも二人の親友思いだと知ったのはあの事件からだろう。
その事件に関わって、彼女と関わってから彼女を視界に入れることが多くなった。その理由は分かっている。戦っている彼女をそばで見て、その力を感じて、綺麗だなと、思ったのだ。
「ユーリ」
「あーん?」
「なに見てるのかな?」
「アイリから聞いた今日のゴシップの検証中」
「………金に、なるんだな」
「わかってるじゃーん」
窓の外に視線を流しながら、唇に親指をあててくつくつと小さな笑い声をあげる。その出窓はすごく日当たりのいい場所で、その日溜まりのなかでユーリの黒髪の黒さが目立つ。漆黒と称するに値する髪は彼女のいる空間に一点の締まりを醸し出す。不覚にも少し見とれてしまった。
アイリのようにふわふわした黒ではなく、キサラのように透き通った黒ではない。濃い黒。
「お前なぁ………」
「性だよ、性!仕方ないの」
その日溜まりの出窓から身を起こすと、軽い足取りでラディオに近づいていった。ラディオの腰かけるソファに片膝をのせて、開いていた本を盗んだ。
「ちょっとさ、手伝ってほしいんだけど」
「いやだ、ろくなことがないからな」
「ろくなことなかったことなんて無かっただろ?」
毎回だけど?とユーリの手から本を奪い返す。どこまで読んだか分からなくなってしまったので、ページをぱらぱらめくる。しばらくすると見慣れたところに行きついたので隣のユーリを意識しないように読み始めた。
珍しく、ユーリがスカートをはいているからか少し気になってしまう。いつもは(この前はじめて知ったのだけど)男であるはずのアイリよりも男前な性格のユーリが、今日はスカート。目の行き場に困るという事態よりもむしろ風邪引くぞなんて心配してしまうことに、ユーリという女を女として見ているのかわからなくなってしまう。
「ある意味超越してしまってんのかもな」
あの日、二人背中合わせで共闘して以来何かしらの信頼関係が生まれたのは確かだ。ただ、それがレオとアイリのように恋人関係かと言われるとちょっと違う気がする。
好きは好きなんだけどな。
「なんか言った?」
「いや、独り言だ」
しばらく隣に座ってぶらぶらと足を泳がしていたと思ったら、しびれをきらしたように立ち上がった。しかも、ソファの上に。短すぎず、長すぎないスカートの端はちょうどラディオの目の高さにくる。ぼよん、とクッションのいいソファが上下するからその端が揺れる。白いほどよい肉付きの太ももが垣間見える。
「なぁ!あそこに金づるのネタが隠れたんだよ!!暴きにいこうぜ!!」
「ユーリ、見えるから」
なるべくそちらに視線を送らないように手元の本に集中するが、
「てーつーだーえーよー」
耳にスカートの裾が掠めたとき、ぷちんと何かが切れる。
「ユー、」
「どわ!」
悲鳴と共に、ユーリの体が跳ね落ちてくる。思わず本を放り出して、ユーリの体を受け止めた。勢いあまってそのままのけ反って倒れる。
「いっ、て………」
ソファの肘掛けで打った頭を抱えることもできず、ラディオは身もだえる。
「この、ばか……」
「わ、ふ、ごごめ、ラディ………うひゃ!」
震える声に、痛みに堪えて瞑っていた目をうっすらと開けた。そして、その現状にピタリと思考が停止する。
ユーリの両腕がラディオの顔の横にたつ。その先にユーリの真っ赤な顔があった。頭の痛さなんて、吹っ飛んでしまった。思わずからだに力が入る。
「うひゃー!う、腕放してくんない?!こそばい、こそばいからぁ!」
ラディオの腕は、ユーリの腰を知らずに支えていたらしい。お陰でユーリはどこもぶつけることなく無事だったのだ。だけど、この状態ラディオにとっては無事ではない。かぁ、と熱くなる体を理性で圧し殺し、急いでユーリを解放する。急に放してしまったからかかくん、とユーリの体が崩れる。ラディオの頬に、ユーリの頬が触れる。ヤバイ、ふりきれてしまう。
「わ、」
「ば、ばか!暴れるから……っ」
暖かい頬の柔らかさを感じながら、手のひらに収まってしまう肩を手で包み込み体を起こさせる。心のなかで落ち着け落ち着けと唱え、ふりきれそうな本能のバロメーターを無理矢理に下げた。珍しくおとなしくされるがままに両足を揃えてお行儀よくしていた。
ちらりと、辺りをを見回し誰も見ていなかったことを確認する。幸いにもラディオがいつも愛用しているソファは談話室の階段下の死角にあったお陰か、ここが見える範囲には誰もいなかった。
「…………ごめんなさいは」
放り出した本を拾い上げるために立ち上がり、拾いながらユーリを振り向いた。なるべく、声を低くすることで少し怒りを含んでいるように見せかける。その実、胸中はまだ本能を押さえ込むために理性が総動員して、嵐が吹き荒れていた。頭はまだ冷静でいられない。
「…………ごめんなさい」
少し不貞腐れたようなごめんなさいに、また少しくすぐられてしまう。唇を少し尖らせて、わめいたからだろうか頬に赤みをさして。そんな、ごめんなさいにやられてしまいそうになる。
「わかれば、よし」
ラディオはそれだけ言うとその場を去っていった。
内心で吹き荒れる本能と理性の嵐をなんとか表に出さないように努めながら。
「………あいつ、何にも言ってくれなかったな」
スカートの裾をつまみながら、ラディオが消えた方向を少し睨みながら呟いた。せっかくラディオが女の子らしくしろといったので、単純にスカートをはくことでそれを示したのに。
「別に、いいんだけどね」
胸のモヤモヤに気が付かないふりをして、ユーリはお昼の日光のなかふて寝を始めた。
まだラディオがいた温かさが残るソファに寝転びながら。
ゆっくりと瞳を閉じた。
END
追記
ユーリが眠っているソファがよく見える位置のカーテン。そこが不自然に揺れた。カーテンそのものが揺れた訳ではなく空間がぐにゃりと歪んだのだ。
「ありゃ、ユーリ寝ちゃった?」
「いやー面白いもんが見れたな!まさかあのラディオがあんな表情になるとは」
「でも、ラディオって本当にヘタレ。せっかくカモがネギしょって目の前にいるのに、普通美味しくいただいちゃうでしょ。せめてキスくらいしろよ。ユーリがあんなに可愛く頑張ったのに。ラディオって本当にばか!本当に男?!」
「アイリ落ち着け落ち着け」
「レオだってそう思うでしょ!?あたし、レオがあんなことしてきたら食べちゃうもん」
「いただく?食べるって何のこと?」
「お、お前はわかんなくていい!!」
「なんだよそれ!バカにしてる?!」
「ちょっとうるさいんだけど!痴話喧嘩ならどっか他所でやってくんない」
「「痴話喧嘩じゃない!!」」
聞こえてくる雑音に耳を澄ませる。見られていたのか、と現のなかぼやいて。うるさいなぁなんて寝返りをうって、日溜まりの毛布を堪能することにした。