書いてみた13 (花よ蝶よと愛でませう)
午後一の座学は国の歴史を学ぶ「国史」。黒板に板書したままこちらに一切向かない、そして低くて抑揚がなくまるで呪文のような講師の低い声。窓際の一番後ろの席。薄く開いた窓からは、まるで愛しい人の吐息のような、ささやかな風が吹き込んでいる。ここまで条件が揃っていてはもはや寝てくださいと言わんばかりの絶好のシチュエーションに、しかしその男子生徒は、ある一点をガン見したまま、違う意味で思考停止していた。
「女の子がさぁ」
食堂の4人掛けのボックス席。今は食事時間ではないのでいつもは取り合いのその席も今は疎らにうまっている。その1つでアイリはなかなか終わらない課題と戦っていた。口のなかでぶつぶつとその課題を出した講師を呪いながら、レオに助けを求めることなくなんとか半分ほどまで埋めたのだが、あと少しが終わらない。
「女の子がだな」
「なに、ケイン。うるさいんだけど」
「まぁ、ちょっと聞いてくれよ」
いつになく必死の様子のアイリに、ケインは苦笑いする。この見た目で上目遣いで睨まれてもそんなに怖くはない。
「女の子が、脚を組み替えるときって、なんであぁも色っぽいのかな」
「…………………うん。それ、思ってた」
暫くの沈黙のあと、アイリは筆記具を置いて肘をつき、組んだ手の甲に顎をのせる。そして、少し前のめりになる。
「こう、ここって基本制服はスカートだろ?しかもわりと短めだろ。」
「動きやすさが重視されてるからね」
「そのスカートから見え隠れする白い太ももがだな、なんであぁもぐっとくるんだろうな?黒っぽいスカートから覗く白い太もも。コントラストがたまんないんだよな」
「それが美脚だとなおさらだよね。ちなみにそれ、誰の脚」
「キサラ」
「見えてないよね」
「見えてたらあの時間トイレに走り込んでいたな」
「ならよし」
「危なかったけどな」
「………………」
アイリは無言で筆記具を逆手にもつ。ケインはそれをゆっくりとした動作で脇にずらしてから、その手をテーブルに押し付ける。
「見えてなくても、あれは目に毒だぜ」
「否定はしないけどね。ぼくだって、隠してほしいんだけど、隠されたらぼくが見れないってゆうね」
「ジレンマだな」
思い出しても、艶かしい。授業中。白い形よい柔らかそうな太ももが、ゆっくりとした動作で組み替えられるのだ。したにしていた方の太ももは、少し赤く染まっていて、外股から見えるか見えないかくらいでスカートがずれていて、組み替えることで、角度ができ、さらにスカートが手繰れる。内腿は神秘の影ができていて、その先を妄想させる。秘められた、その先。
「女の子って、何であんなに素敵な生き物なんかな」
「確かに。それは思うね。まぁ、可愛くないのもいるけどね。思い上がり系女子は本当に潰したくなる」
「お前、怖いな」
「体した顔もしてないくせに、男子に媚びうるやつらね。それで性格かわいければ許してあげられるんだけど、性格まで歪んでちゃ、もう目も当てられない」
「明確に誰かのことを言っているな」
「そんなことないよ、一般論だよ。ぼくの男の部分が言ってるんだよ」
まぁなー性格は大事だよなー。なんてケインはアイリの腕をしっかりと押さえつけながら、呟く。各言う彼だって、明確な誰かのことを指しているように聞こえる。
「まぁ、そんなことはなんでもいいんだけどさ、やっぱり、女の子の仕種って大事だよな!」
「そんなの、当たり前でしょ。仕草があってこその女の子の愛らしさっていっても過言じゃない!」
「成る程」
「それをわざとらしくするんじゃなくて、いかに自然にさりげなく、かつタイミングよくするかが胆ね。」
「女ってスゲーんだな……」
「そーなのよ、大変なんだから女の子って」
「あのさ!あれ、あれあるじゃん?こうやって」
ケインは唐突にアイリのホットコーヒーが入っていたマグカップを手に取り、両手で持つ。そして、ふぅふぅと息を吹き掛けるとマグカップに口をつける。
「これ、めっちゃ可愛くない?」
「ちょっと、口つけないでよ」
「えーいーじゃん。で、これどうよ可愛いじゃん?」
「あんたがしなかったらなんでもかわいいって!それするならねぇ、こうやって袖をだなぁ」
少し冷えるのでカーディガンを着ていた。ちょうどいいとばかりにその袖を引っ張り、指先だけだす。そしてマグカップを奪い取り、同じしぐさをした。ぐっ、と意味不明な音を出して胸を押さえて顔を反らした。
「男だと分かっていてもぐっとくる。しかもさりげなくお前上目遣いしただろ。あざといやつめ!」
「ふふふふふ。これはだなぁ。かの男女のユーリちゃんがだなぁ。この前の寒い日にだなぁ。熱いマグカップを直接持てなかったんだろう、そして両手で持たないと落とすと思ったんだろう、そうして出来上がった天然の萌え仕草なんだよ」
「な!なんとそれはまさに」
「そう!ギャップ萌えだよギャップ萌え!その時ぼくがタイミング良く声かけちゃったもんだから自然と視線は上を向く!さぁ、これであざと可愛い萌え仕草の出来上がりだ!」
「ぐぁぁぁ!いつもはあーだこーだ男勝りの口調でそのイケメンさから女子からも人気の高いユーリが!まさかの!」
「かわいいだろーかわいいだろ!!」
「可愛いよ!想像しただけでこんだけ興奮すんだから、実物なんてそらもう」
「…………………………………………ねぇ。」
「大丈夫、圏外」
しばしの沈黙のあと、アイリはとても低い声をだした。それを察知したケインの返答。
その返答にもなんだか釈然としないものを感じながら、アイリはまた課題との戦いに挑む。
「この前はさぁ。」
「まだ続くんだね。うん、それで」
「まんざらでもないんじゃん」
「女の子の話はぼくの十八番だもん」
「まぁそんでさ、この前ルシアンちゃんがだなぁ。マッカーサのやつと一緒に居たときだったかな。あいつ、たまに天然のタラシじゃん?へたれのくせに」
「確かに、へたれのくせに」
「なんかまたルシアンちゃんにタラシたんだろうな、あの子さぁ急にぼふって真っ赤になって俯いちゃったんだよ。マッカーサが慌ててなんか訊ねて、そしたら、こうやって」
ケインがまた実演を始める。
うるっと潤んだ瞳に、もじっと身体をくねらせて唇を尖らせるように微かに前につき出しながら上目遣い。
「あぁ。あんたがしなけりゃ!」
「俺だってしたかねぇがな!でも、わかるだろ?こう」
「やめて、笑えないから」
「笑えよ」
「あぁ!やっぱり上目遣いってほんと大事だよね!女の子の最大の武器だよ!あとさあとさ、こうやってくくってる髪を下ろしたあとの髪の乱れ具合とかさ」
「いー、それ、いーよなー!女の子の髪型が変わる瞬間ってえろいよな?」
「エロいエロい。」
「髪型といえばさ、うなじとかもさ大事だよな」
「分かってるじゃない!そうそう、髪を全部まとめあげてるとさ自然とうなじ見えるでしょ?その時の白い首筋ってほんともう、痕つけたくなるよね!後れ毛とか少しあったらもう、」
「初雪を汚す感じですな!」
「あんたそれ、変態っぽいけど、わかるー」
「わかるだろわかるだろ。ならお前も変態だ」
ケインがにやにやとアイリのでこを指で弾く。あいた!と声を上げた彼はでこを押さえながら睨み付けた。
「……………………………お前もけっこうあざといよな」
「専売特許ですからね。いたいんですけど、これ」
「嘘だー」
「嘘じゃないよ、赤くなってるよこれきっと」
「 見せてみろよ」
アイリが目をつむって、前髪をあげ前につきだした。
「大丈夫じゃん」
「嘘だー」
「今、思ったんだけどさ。目をつむってる時もいいよな。無防備に見えて。長い睫毛とかがさ影になるの。」
「マニアックだなぁ。でもそれわからんでもないや」
「相手の男からしたら、なんかもう全部預けられてるって言う感じスッゴいするだろうな。」
「かーわーいーいーってなるよね」
「でもきっと女の子はその気持ちは分かんないから、可愛いよっていったらこうやって、」
口元に手を持っていってきょとんと首を傾げる。
「あぁ!あんたがしなけりゃ!」
「そのセリフ何回目」
「何回でも言うよ」
「いやーこんな話してたらほんともう、彼女欲しくなってきたー。どっかにいい子はおらんかいのー!」
テーブルに突っ伏しながら、ケインが叫ぶ。長い腕がアイリの課題に当たって、シワになりそうだったからその手をぱし!と叩く。いてっ、と言って身体を起こしてアイリを睨み付けた。
「心が傷ついた。慰謝料として女の子紹介しろ。」
「生憎だけど、今ぼくが知ってる子は相手がいるか、どっかのファンクラブに入ってるかで空いてる子がいない」
「なんだよぅ、お前だけ幸せになりやがって」
「愛されてるもん。………………あーもぅ!ケインが邪魔するから全然課題進まないじゃん。もぅいーよ、レオに聞こーっと」
「あ、次俺にも写させてよ」
「えー別にいーけど、きっと終わったら部屋にこもるよ?」
「…………………………」
「勇気があったら取りに来て」
「…………………………リア充め。いーよ、クロードに聞くから」
すっかりすねた口調になったケインは、てきぱきと課題を片付けてその場を去ろうとするアイリを、突っ伏した姿勢から睨み付けている。
「仕草の話なんだけどさー。」
「なんだよ、もう行くんだろ?」
胸に課題のレポートと専門書を抱えたまま、アイリは振り返った。
「クロードにしてみなよ」
「はぁ?」
「案外と面白い顔が見れるかもしんないね」
「バカにされるだけだろ、やだよ俺」
「やってみたら教えてねー」
健闘をいのるよーと去っていくアイリの背中を睨み付けながら、ケインは唇を尖らせていた。眠い、あくびが出てくる。
と、そこに。
「ケイン、何してるんだ」
「お、クロードー」
学年最強の男に次ぐ剣技の持ち主クロードは腕を組んで相棒を睨み付けている。
「お前、課題はすんだのか」
「すんでるわけないじゃん」
ふぁ、とあくびをして、クロードを睨み付ける。唇を尖らせる。
「だから、お前写させろよ」
「……………………………」
「……………クロード?」
「……………………考えておく。」
行くぞ、と歩き出すクロードの背中を追いながら、何だったんだ、あの間はと一人首を傾げるケインだった。
END




