SFの作戦会議みたいな文体の鏡開き
一月十一日 正午
「これより、仮称・ミラーオープニング会議をはじめる」
父が厳かに開会を告げた。
「家族が一丸とならないといけないわ」
母の顔にも緊張が浮かんでいる。
「いちがん!」
「それは父さんの高いやつだからしまっとこうね」
妹がどこからか取り出してきたニコンのカメラを、兄がそっと棚に戻した。
「まずは状況を整理しよう」
父はホワイトボードへ素早く図を描いた。
大小の平たい楕円が上下に重なった図だ。
「鏡餅ね」
母がその図そっくりの白い餅を取り出した。
「実物があるなら描かなくてよかったんじゃない」
兄のツッコミにめげず、父は厳かな表情を保っている。
「本日午前十時、起床した私は鏡開きに挑んだ」
「十時までねてたの」と、妹。
「夜ふかししてたから……」
「まだ正月気分なの?」
「それは本件とは関係ない」
「話を進めて」
母が続きを促した。
「鏡開きは武士の行事だ。切腹を連想させるから、刃物ではなく木槌を使うのが伝統だ。我が家でもそれにならってみた」
「お餅を作るときはマシーンを使ったけど」
母はこの家の調理主任といえる。だが、年末年始の調理は父と協働していた(兄は調理を、妹は味見を手伝った)。
「武士はマシーンを禁止していない」
「そりゃね」
「とにかく、私は目標をハンマーで割ろうとした」
「餅のこと目標って呼んでるの?」
父は兄の言葉を意図的に無視した。
「だが、結果は……見ての通りだ」
“目標”は家族の食卓の上に、この場の支配者のごとく居座っている。
いっぽう、木槌は見るも無惨な姿だ。柄が折れ、真っ二つになっている。その姿はみずからの境遇を嘆いているかのようだった。ほんとうか?
「新しいハンマーを買えばいいんじゃない」
「こんなこともあろうかと、換えは準備してある」
「真田志郎ね」
母の言葉の意味を、他の家族は理解できなかった。読者もわからなかったら読み飛ばしていただきたい。
「だが、道具を換えたところで結果はおなじだろう。それほどに……ターゲットは硬く、強かった」
父の手には、餅を叩いたときの衝撃がその手になまなましく残っていた。
「それで、家族会議? お餅が硬かったから?」
「すでにお雑煮の準備ができているんだ。餅以外は!」
「なんで倒置法まで使って語気を強めるの」
家族は皆、まじめな顔をしていた。兄以外は。(倒置法)
「どんな対策が考えられる?」
「物理学的アプローチと、熱力学的アプローチが考えられるわ」
母がやはり真剣な顔で言った。ずいぶん本格的な物言いだ。
「物理学的には、餅の主成分であるデンプンは乾燥状態にあるはずよ。デンプンは水分を含んでいるときには軟らかいけど、水分が蒸発して離れると硬化する。木槌も通用しないほどにね」
「へー」
「単に乾いてるってだけでしょ」
感心する妹とは反対に、兄は冷ややかだ。
「熱力学的アプローチとは?」
「デンプンには熱に反応する性質があるわ。熱を与えると、やはり水分と反応して粘度が増すの」
「角切りの餅も焼くと軟らかくなるもんね」
「だが、我が家のキッチンではこれほど大きな餅を焼いたり煮たりする設備がない。おおきいお鍋はお雑煮が入ってるし」
「お雑煮にこのまま入れるのはナシよ。食べにくいもの」
家族が顔を見合わせる。
「カギは水分、か……」
「要するに、お餅を濡らせばいいんでしょ? 水をかけて置いといたら?」
兄は会議に対して、明らかに面倒がっていた。だが、それをとがめるものはいない。
「ダメだ。表面が軟らかくなるだけで、根本的な解決にならない」
「加湿器の上に置いとくのは?」
「なんか汚くない?」
母の提案に、今度は兄が反対した。家族会議は全会一致が原則だ。反対者がひとりでもいれば実行できない。
「水分、熱、そして清潔さか。第三のファクターだな」
「おもちをきれいにするの?」
しばらくうとうとしていた妹がぱっと顔を上げた。
まったく会議に参加していなかった彼女の提案が会議を大きく動かすことになった。歴史の皮肉である。ほんとうか?
「これをつかえばいいよ!」
妹がどこからか取り出したもの……それは、ハンディタイプのスチームクリーナーだった。年末の大掃除で、母がこれを使って油汚れをとっていたことを、妹は覚えていたのだった。
「そ……そうか! 蒸気を噴出するスチームクリーナーなら、ターゲットに水分と熱を同時に伝えられる!」
「しかも、高温による殺菌効果も期待できるし、圧力によってただ水をかけるよりも深部まで水分を伝えられるわ!」
会議は興奮に包まれた。
「それでは、議決を採る。スチームクリーナー作戦に賛成のものは、手を挙げろ」
まず父が手を挙げた。それから母がゆっくりと、兄は面倒そうに、妹は堂々と手を挙げた。
「決定だ! それでは、十二時十五分をもって作戦を決行する!」
こうして一家は割った餅を入れ、雑煮を食べることができたのだった。
分散型SNS「ノベルスキー」の2024年お正月短編小説大会のために書いた短編です。