依頼でラクマカから北へ
一匹の胸をぐしゃっと踏み潰したが、その横を抜かれたっ。
「そっち行ったぞ!」
「任せろオラァッ!」
トヨがコンパクトな振りで叩きつけた戈の棘が、直上から野犬の背中を貫通し、悲痛な哭き声が響き渡る。
片膝付いた前衛のマサは、背中まで犬に集られながら、引きずり倒されないように踏ん張る。
両手の石斧で上半身に食らいついてる犬だけでも大雑把に払い除け、前脚や顎を切り飛ばしている。
「ちっとばかし、多いなッ!」
「へッ、余裕だぜッ!」
マサから後衛へ流れて来るのをぼくが食い止めている。
棘棒二刀流で引っ掛けては踏み潰し、叩き殺す。
トモとエコはそれぞれマサとぼくの楯を貸してあるから、両手に一枚ずつ構えて、防御に専念している。
その護衛に就いたトヨが、エコの盾に跳びかかる野犬を打ち殺す。
ぼくの足首を覆う骨片に犬が大口開けて噛みつくが、すぐに砕かれたりはしない。
落ち着いて狙いを定めて、棘棒を振り下ろして肋骨を打ち砕き、棘を心臓へ届かせる。
二十匹以上の瀕死の犬や屍骸とともに、争闘が終わった。
「どうやら、犬の群の位置も変化していたみたいね」
トモが呟いたのが耳に入ったトヨが、
「あァ、ちゃんと確かめておいたのに、こういう事もあるんだなァ」
「この分だと、小鬼もどうなってるのか、分らないわね」
「うん、気をつけて行こう」
と腕の鎧に残された犬の折れた牙を引き抜きながら、マサが言う。
辺りに積み重なった屍骸を見回しながらエコが、
「ところで、これはど~するの?」
「そりゃ、捨てるのは勿体ねーから、バラして持ってくさ」
と周辺からの接近を警戒しつつ、トヨが即答する。
防具の状態を確かめて問題なかったので、ぼくは抛り出しておいた長い杭と襤褸布で担架を作り始めた。
「戦利品が山積みで、『切通し』で転げ落ちそう」
とおどけて言うと、マサが
「鈎と縄は今度も持って来てるんだよね?」
「そりゃ当然。縄も切れかかってたのを補修してあるし、大丈夫さ」
というが、トヨが
「いや、これだけの大群をやったンだから、一旦ラクマカに戻ろうぜ」
「そうね、戻りましょうよ」
「ここじゃゆっくりやれないもんね」
そう言いながらトモが地面にぞろぞろ零れ落ちた虫を焼き払っていて、エコが早くも一匹の皮を切り裂き始めているので、手伝いに行く。
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26匹の犬の皮を集め、肉塊を棒網で包んで積めるだけ二台の担架に積み込む。
下駄を取り付けた担架の脚で、荒野を南東へ、ラクマカまで出戻りだ。
今は風が穏やかなので、赤い砂埃があまり立たない。
警戒しながらラクマカ郊外の農地が広がる処まで戻って来ると、道を横切る小川で処理を始める。
「ここでやってて良いのかな?」
「農家の人とか?」
「まあ、咎められたら謝ろうぜ」
既に固まっている血に苦労する。
鎧にも血がこびりついてるので、できるだけ洗い落としておく。
「くそ、もう固まっちまってやがる」
「腐って臭くならなきゃそれでいいさ」
関節のところだけは動かなくなるとマズいけど、道々歩きながら動かして来ているから、支障は出ていない。
流れの下手で、穴を空けて紐を通した皮を流れに浸して晒しておく。
「これ、放置しておいて、帰りに拾って行くんだろ?」
「ああ。無くなってるかもしれないけど、駄目で元々で」
「じゃあ、道から見えない所でやった方が良いね」
「頼んだ」
手を洗い、小川と街道の交差点脇で焚火を熾し、血抜きが粗方済んだ肉塊を切り裂き、肉片を炙り焼く。
「もう、今日はここで野営でいいね?」
「オレ達で見張りしようぜ」
「そうだね、トモとエコにはゆっくり休んでもらおう」
まだ全然陽が傾いてもいないが、肉塊や骨片の処理をする心算だから、今日はもうこの場所に腰を落ち着けてしまう。
たまに街道をやってくる人達が居るので、会釈して挨拶したり、相手が兵士の場合には旅券と依頼札をトモコが見せて説明する。
大箆と鋤を取り出し、マサと二人でとても小さいが壕と土塁を備えた簡易な野営地を築くうちに、さすがにお日様も傾いた。
その間にトモエコは肉を捌いて塩を振って炙ってくれて、
「はい、あ~ん♪」
「ああ~……もぐもぐ」
「美味しい?」
「うん」
働きながら少しずつ咥えて、土方を終えてからまた食べる。
「そろそろ見張り代われよォ」
「おっと、すまん」
ぼくがトヨの次に見張りに立った。
マサはまだ土方道具を洗って片づけてる。
肉塊処理は夜中まで続いた。
多すぎるので、良い肉質のとこだけ切り取ったら、あとは燃料にしてしまっている。
薪があまり無いし、炭を初日から使い切るのもなんなので。
マサの燻し器を利用して、一晩中交代で作業して、可能な限りは燻製にした。
合間に三度仮眠をとった。