おやつの時間です。
ゲームの配信日、メーカーはおおわらわだろうが、打ち合わせは予定通り行われている。その日は避けたほうがと思うのだが、いわく、『息抜き』。慎も絵を描く合間に息抜きに落書きする。傍目には同じことをしているように見えるが、気合や気の使い方が違うのだ。当人としては別物なのである。
『今のところ大きな問題は起きていませんから、このイベントの素材も予定通り進めてください』
問題があったとして、その問題をメインで扱うのは画像・動画を扱うチームではない。
「はい、わかりました。順次進捗お伝えしますので、よろしくお願いします」
打ち合わせは滞りなく終わった。
『そっちでの生活はどうですか? 完全リモートワークもうまくいってるみたいですね』
雑談モードに入った。おおわらわの現場に戻りたくないのかも知れない。
「おかげさまでどうにかやれてますよ。急なことを言ってすみませんでした」
『いやいや、おうちの事情でやめますにならなくてよかったと思ってたくらいですよ。シンさんは引っ越しでバタバタしてたときも遅延なく進めてくれていましたから、むしろ信頼感マシマシです』
「恐縮です」
出られない打ち合わせもあったため、“雲英”という名前と、勝手に慎が思っていた声優が、そのまま進んでいるとなかなか知れなかったのだが。
なお、“シン”は慎のペンネームだ。
と。ごんごんと強めのノック音がした。
「慎、加代たちがおやつの時間で集まっておるぞ。休めるなら顔を出せ」
「わかった。キリのいいところで行くよ」
返事をして画面に向き直る。
『……今の誰? 加代って、アタシというものがありながら!』
『そうよそうよ! 今の人、めっちゃいい声!』
『めちゃくちゃ安元洋貴さんだったわ!』
画面の向こうでアートディレクター他スタッフの小芝居が繰り広げられていた。
「居候です。声があんげんなのは否定しません。加代は母です。すみませんね、子供部屋おじさんなもので。田舎のジジババはおやつの時間に集まってお茶するものなんですよ。じゃあ、時間もいいころですし、切りますね。そちらは配信当日のお仕事頑張ってください。失礼します」
通話終了のボタンをかちりクリックした。
子供部屋おじさんと言ったものの、慎は空き家を借りて鬼羅と住んでいた。こうやっておやつ時に溜まり場になりがちだ。ただでいいとは言われたが、いくらか払っている。二束三文しか受け取ってもらえないのが現状なのだが。
台所に通じる勝手口はそのために一時開放されていた。持ち寄られたお茶請けが広げられている。加代が茶を注いでいた。
「あら、お仕事は終わり?」
「休憩。お茶もらったら戻るよ」
「頭使うお仕事なんだから、甘いもの食べていきなさいね」
「うん、ありがと」
母は慎の仕事をよく理解してくれていた。村のネット回線の整備を主導してくれたらしい。たどり着いたところがちょっと考えものだが、リテラシー教育までしっかりと行われている。
この村は老若男女問わず(大部分は老だ)、スマートフォンやタブレットを使いこなしているように見えた。もしかすると、母はコンピューターおばあちゃんなのではないだろうか? 慎にとっては母だが、兄と姉も都市部で家族を持っており、加代はおばあちゃんでもある。
「さつきさん、次のお茶係ね」
「はぁい」
加代は“お茶係”キーホルダーを渡していた。キーホルダーは以前に慎がデザインしたキャラクターグッズである。気づいた時はいたたまれなかったが、母を始めとする村の人達は慎の仕事を応援してくれている。慣れた。慣れなければやってられない。
「みんな雲英様出してもらった?」
鬼羅は今朝の康史と同じようにガシャ画面をタップしていた。
「出たわよ~」
「慎ちゃん、いい仕事してるわぁ」
「単発でも出た」
「絵アドが高い」
「インターネットやめ……こほん」
みな、SSR雲英を引いた画面を見せてくれた。
「ちょっと絵面が面白いから撮らせてもらっていい? そこに集めて並べて、ピースで星作る?」