今日もお米がおいしいです。
「まとめると。キラサマの存在はもともと人と交わらない別のところにあったから、人と交流するためには、人に認識され続けなきゃいけない。そのために嫁とセットになって観測・認識してもらう。ってこですか?」
「そうだ。慎は物わかりがいい」
「ただの中二病解釈……まあ、それはいいです。問題と疑問点があります。疑問なんですけど、キラサマは“人が愛しい”という理由で僕たちのそばにいようとしているわけですけど、僕たちの方にはなにかメリットはあるんですか? 守り神的なとは言ってましたけど。というのも、僕、突発的に帰省しただけで、別のところに住んでいます。回線も電波もあるから、帰ってこれますけど、いくらかお金も時間もかかります。ひょいひょいUターンとはいかないですよ」
「ふむ。最大限、慎の事情も考慮しよう。まず、メリットについてだが。その握り飯はうまいか?」
「はい、とても」
「もっと当世風に」
「えぇ……? でらうまぁ……あ、ちがうこれ最近見た名古屋系Vtuberだ。どちゃくそうまい、おにうまい、ばかうまい。とか?」
「酒は?」
「同じく超絶ばかうまいですよ。僕はお酒に強いほうですけど、ここのお酒の味を知っているとあまり進まないんですよね。水がいいんでしょう。水もおいしいと思います」
村の水は澄んでいた。“無”に味はないはずのだが、おいしいのだ。村の外に出てから知ったことだが。
「それは我に起因する」
「えっ。キラサマに嫁ぎます帰ってきます少し時間をください」
「手のひらを返しおったな」
「この米と酒のためなら何でも!」
慎は食べかけていたおにぎりの残りを大きくかじった。ほどよい塩味はうまみと香りを最大限に引き出す。噛みしめると広がる甘み。すべてが幸せの味で、慎はこれ以上うまい米を食べたことがない。
「この米が一生保証されるなら、もうそれでいいです。童貞ではないけど、なんかもうそれ以上望めそうにないままアラフォーにも足突っ込みそうだし。無理ならこの身を米と酒に捧げてもいい。でも、なんで?」
「ずっと握り飯を食うておったが、そうかそうか、かわいいな」
頭をわしゃわしゃなでられた。
「慎はわかりがいいから話しておこうか」
キラサマは酒の注がれたコップを傾ける。
「我はもともと少し向こう側のものだった。ほんの少しだけ、人の世からすれば感じられるがそこにはいないくらいの、そういう向こうにおった。今も社を介してこちらに出てきておるだけで、向こう側の存在ではあるがな」
手が重ねられた。長身に見合った大きな手だ。
「こちらとあちら、重なるだけでなく交わるところがある。それが社の役目だ」
少し手が浮いて離れたが、もう片手の指で押さえるようにもう一度触れた。“交わるところ”ということらしい。
「 我は我ではなく、現象、あるいは装置だった。淀みを解き、汚れを清めるもの。人はそれに名をつけ、敬った。我は我となった。だから、人が我の名を呼び、敬うことで、我なのだ。人が我を忘れてしまえば、我はまた向こう側で淀みを解き、汚れを清めるものに戻るだけ。人格、感情と言われるものは、人によって作られておる。戻ってしまえば、それもなくなってしまう。我は人に寄り添いたいと思っておるが、戻ってしまえばそれも感じなくなってしまうのだろうな。わかるか?」
「えぇ、はい。幸い、僕の中には中二病回路もありますので。現象に名前が付けば妖怪になる。それを絵に、キャラクタにまで落とし込んだのが、水木しげる先生だって。不思議現象が人の形をとったのが、キラサマなんですね。前は犬の形だったみたいですけど」
白い柴犬。それほど記憶は多くないが、思い出すだけで口元がゆるむ。
「どのような形になるのかは、好みの問題だな」
「好みじゃないです、仕事の問題です」
今回はたまたま乙女ゲームのキャラクタデザインにうなっているところだった。女の子のキャラクタデザインでうなっていれば、女の子が出てきただろう。鬼キャラがしっくりしすぎて、もうそれ以外は考えられなくなっているが。
「仕事……あぁ、帰ってくるには金がいるんだったな。浄銭だ。使え」
わさりと、手に紙片が押し付けられた。
「聖徳太子の一万円札!? 昭和ぁ~!」
急な引っ越しに対応できそうな枚数はあった。古い紙幣とはいっても破損していない限りは使用できる。機械が読み込んでくれるかは怪しいので、銀行で交換してもらう必要はありそうだが。
「いいんですか? これ出どころどこです?」
「淀みを解き、汚れを清めるのが我だ。そういう物も溜まっておる。きれいになったものは世間に戻したいのだが、なかなか出せん。使ってくれたほうが我には都合がいい」
「溜まってるって、それなんていう王の財宝。じゃあ、ありがたくいただきます」
銀行行きを流通と言わない気がするが、使いづらい紙幣なのでしかたあるまい。せっかくの資金を回収されないように口をつぐんでおく。
「今から最低限仕事と各種連絡して、明日にでも自宅にもどって手続きいろいろしてきます。すみません、しばらく遠隔嫁で。じゃあ、ちょっと戻って、描くもの描いて、出すもの出してきます。キラサマは宴会の主役なんですから、ここでこのままどうぞ!」