村人は知っていました。
社は田んぼの真ん中にあった。周囲より少し高くなっており、こんもりと手つかずの木々が茂っている。鎮守の森のようで、神社でもありそうな佇まいだが、鳥居はない。ただ社がある。
数十段の石段をぽてぽて降りていく。キラサマが勝手に草むしりを免除した。それよりも村に顔を出す方が先なのだと主張されたのだ。
「ずいぶんフランクですね。まだ聞けてませんけど、キラサマって何なんです?」
「伝わっておらんのか? おいおい話す。我のことを憶えておる者もまだいるだろう」
「白い柴犬の前回はいつなんですか?」
「30年前だ」
「近っ! ギリ平成ですけど、最近だと昭和に飲み込まれてるくらいですよ。白い柴犬……あっ、あかねおばあちゃんとこだ!」
慎は現在34歳だ。30年前は引き算をしたとおり4歳。小学生より以前の記憶の中に、どうにか白い犬を見つけた。近所のあかねという老女にずっと寄り添っていた白い犬を。
「あかねおばあちゃんが前の嫁ですか?」
「あぁ。死んでしまったから、しばらく社にこもっていたが、そろそろかと思って出てきた」
「30年のスパンて短くないですか?」
「それくらいが人の記憶を引き継げていいのだ」
「伊勢神宮の遷宮かな?」
数十段の階段はあっという間だった。
「ヤスさん!」
通りがかりの軽トラに手を振る。村の住人は全員顔見知りである。
「おう、おはよう。どうした?」
とまった軽トラに駆け寄る。
「どうしたっていうか、ヤスさん、キラサマわかる?」
「キラサマ? あぁ! キラサマ!」
「おぉ、康史か。おっさんはすっかりジジイだな」
早速キラサマの言う“憶えている者”だ。康史は嬉しそうに軽トラから降りてくる。
「30年もすればおっさんはジジイになりますよ。今後はずいぶん美人さんですなあ。慎くんが嫁さんってことですか?」
慎には伝わっていないが、村民には知られていることらしい。そして、嫁(男)に何の疑問も持っていない。
「あぁ、そうなる」
康史は慎の母と同じくらいの年令だ。30年前は十分に記憶に残せているのだろう。当たり前のように対応している。
「あのー、キラサマって何なんですか?」
「さあ? たぶん、村の守り神的なやつだ」
「えぇ……。ヤスさん、雑……」
「ちょっと待ってな……、と」
トトトとスマートフォンを操作した。
「グループラインに投げた。今日は仕事は休みだな。集会場にいくぞ。慎くんはここまで何できた?」
「あの原付きで」
「全部乗せていこう」
「なんで集会場?」
「こういうときは宴会するもんだろ」
「なるほど、でもフィクションの話じゃない?」
原付きごと軽トラでドナドナされ、飲酒運転は免れた。軽トラの助手席に座るキラサマはなかなか似つかわしくなかったのは余談である。